ママの古い常連客のひとりに連れられて辰雄は初めて店に来た。
「よう、ママ。彼はね最近ぐっと力をつけてるんだ、よろしく頼むよ」
「まぁ素敵な方ね、スーツがお似合いよ。もしかしてダンヒルかしら?
ちょっと拝見してもいい?」
そう言ってスーツのタグを見る。ママの良くやるスキンシップのテクニックだ。
「ほら当たった。最近はアルマーニばっかり流行って
子どもの制服にもアルマーニって騒いでるけど、
渋い紳士は昔からダンヒルなのよ」
「おいおい、悪かったな、俺はアルマーニだぞ」
すぐに私が呼ばれた。
「この子、留美子。私の妹なのよ~、いい子だからいじめちゃダメよ」
「おいおい、俺がいじめたことなんかないだろ。妹?顔似てないしな」
何度か連れだって来たが、そのうち辰雄はひとりでも来るようになった。
辰雄はいつでも紳士だった。店の客の多くがそうであるように、
下卑た下ネタで無理矢理盛り上げようとすることも無かったし、
ITミュージック業界で大成功した業績を自慢することも無かった。
そんな辰雄に初対面の時から留美子は惹かれていった。
ひとりの辰雄は週に2度来店する時もあったし、1ヶ月来ない時もあった。
来店した時は必ず留美子を指名したし、他の客に付いている時は
ママがそれとなく気を遣って2人にしてくれたりもした。
レストルームから戻る辰雄におしぼりを渡す時、
さりげなくプライベートに誘われた時もさして驚かなかった。
いつかそうしてくれるだろうと期待していたし、
そうなるのが自然な気がしていた。
つづく
※画像はwebからお借りしたものです