敬愛する我等がRun太郎さんから昨日のテーマに土下座をしてコメントをいただいたので
で「いい加減なことはかけないのでチョット待ってね
」と連絡を入れておいたのですが、まじめな問いかけにはきちんとお応えしなければと思って、夜ランの時間を少しカットして準備をしました。
それに引き換え〇〇さん・・・「何もない」と言っているのに「何かあるはず・・・」と疑り深い・・・書いてないのだから「何もない」と信じればいいのに・・・本当に何かあったら書ける訳ないし・・・こうやって書くと何かあったみたいにも・・・
で、Run太郎さんのリクエストにお応えして、(ドカベンさんやDSPさんレベルだとチョットレベルが高くて無理、似たような年齢の私の練習方法なら何らかの参考になるでしょうから、参考に見てください)過去の記録を調べてみました・・・と言ってもジョグノートの走行距離だけですけど
2008年の2月から記録があり毎月の走行距離は2-414、3-413、4-305、5-515、6-351、7-424、8-425、9-402、10-617、11-641、12-780、1-660・・・で、9月までは取り立てて特別な距離を走っているわけでもないですが、10月から一気に距離が伸びているのは朝ランだけだったのに夜も走るようになったからですね。
08年の九頭龍フルで5分台が出て、そのまま走り込む練習を継続、2月1日が口熊野でしたから10-1月の4ヶ月の走行距離が2698k・・・まずこれが一つ
次に、体重・・・記録は取っていませんが、40才の時の記録は67~8kgで出しています。身長が172cmですからずいぶん重いですね・・・この頃は66kg台まで落とすとめまいがしてふらついたので、適正体重は67kg台と信じてずっとこの体重を目安に調整をしていました。口熊野は62~3kgまで体重が落ちていました。走り込む過程でまずいかなと思ったときも有りましたが、懸念しためまいなども起こらずに練習が出来たのでそのまま62kg台まで落としてのレースでした。・・・このときはこんな軽い体重で本番に臨んだことがなかったので、逆にこの体重が不安材料でした。
スピード練習が嫌いと公言していますが、フルで記録を狙うのにとりあえずはサブスリーが一つの目標・・・5k19分台のスピードがあれば後は持久力で何とかなる・・・という考えですから、インターバル、ヤッソ800と言った1本ごとの負荷が高い練習は必要性を感じません。
昨日も書きましたが、スピード練習と言えるものはペース走にビルドアップ・・霞緑地の記録会コースを使って4分30秒から10秒くらいまでの設定で20kか30kを何度か行います。シーズン序盤は5kを22分程度から最終的には20分半程度までを目標に行います。この練習がどのくらい余裕を持って行えるかで大体の仕上がり具合をつかんでいます。
しっかり仕上がっているときのラスト5kは20分を切って上がりますね。
次に実際のレースですが、何年前かは記憶にないですが、初サブスリーは河口湖・・・2時間58分45秒でした。レース展開は、そのときはいていた靴はターサー・・・1周目の途中から足裏が痛くて2周目に入る前に靴を履き替えようかと思ったほど痛みを感じていましたがいつの間にか痛みを感じなくなりそのまま・・・途中のタイムは覚えていないのですが30kが2時間7分・・・残りを53分を切って走る必要がある・・・今までしっかりと練習はしてきたという自負はあったので、そこから潰れても良いという覚悟でのスピードアップ・・・給水も取らずにひたすらゴールを目指した結果でした。・・・このときは、いの一番に先代会長に電話を入れていました。
口熊野の展開ですが、10k通過が42分41秒、中間点で91分ちょうど・・・ここでこれ以上遅れてはと考え、折返しとなる23k付近から河口湖同様に潰れてもと思ってペースアップ・・・このときはシーズン最後のフルのつもりでしたからこの機会を逃すと11月までチャンスは無いとの気持ちから25k~30kを20分20秒程度でカバーしたはずです(それでも30kは2時間8分オーバー)。そこから先は時計とにらめっこ、サブスリーを確信したのはラストの直線に入ってからといった綱渡り状態でした。
このレースは私も初体験のネガティブスプリット、前半91分、後半88分44秒でした。
こうやって振り返ってみると、「気持ち」の部分がずいぶん大きいのですが、潰れても・・・と思える根拠としての走り込みをこなしていたことがあるかと思います。
まとめてみると、諦めない・・・ただしその裏づけとなる走り込みができている・・・ということでしょうか。
私から見て、何人かの方々・・・諦めが良すぎるのでは・・・と思うことも有ります。早く入って潰れるのは取り返しが効きませんが、遅い分には何とか取戻しが効く・・・と考えてみてはいかがでしょう?
ベストを出したときは19分40秒くらいで入ってハーフは84分程度だった記憶があります。10数キロくらいからずっと競り合った人がいて、最後100mで振り切られたのですがその方は今は無残な体型になっていますが、レースでお会いすると挨拶は交わしています。
参考になったかどうかは判りませんが、記憶にある範囲でお答えしたつもりです。



それに引き換え〇〇さん・・・「何もない」と言っているのに「何かあるはず・・・」と疑り深い・・・書いてないのだから「何もない」と信じればいいのに・・・本当に何かあったら書ける訳ないし・・・こうやって書くと何かあったみたいにも・・・
で、Run太郎さんのリクエストにお応えして、(ドカベンさんやDSPさんレベルだとチョットレベルが高くて無理、似たような年齢の私の練習方法なら何らかの参考になるでしょうから、参考に見てください)過去の記録を調べてみました・・・と言ってもジョグノートの走行距離だけですけど
2008年の2月から記録があり毎月の走行距離は2-414、3-413、4-305、5-515、6-351、7-424、8-425、9-402、10-617、11-641、12-780、1-660・・・で、9月までは取り立てて特別な距離を走っているわけでもないですが、10月から一気に距離が伸びているのは朝ランだけだったのに夜も走るようになったからですね。
08年の九頭龍フルで5分台が出て、そのまま走り込む練習を継続、2月1日が口熊野でしたから10-1月の4ヶ月の走行距離が2698k・・・まずこれが一つ
次に、体重・・・記録は取っていませんが、40才の時の記録は67~8kgで出しています。身長が172cmですからずいぶん重いですね・・・この頃は66kg台まで落とすとめまいがしてふらついたので、適正体重は67kg台と信じてずっとこの体重を目安に調整をしていました。口熊野は62~3kgまで体重が落ちていました。走り込む過程でまずいかなと思ったときも有りましたが、懸念しためまいなども起こらずに練習が出来たのでそのまま62kg台まで落としてのレースでした。・・・このときはこんな軽い体重で本番に臨んだことがなかったので、逆にこの体重が不安材料でした。
スピード練習が嫌いと公言していますが、フルで記録を狙うのにとりあえずはサブスリーが一つの目標・・・5k19分台のスピードがあれば後は持久力で何とかなる・・・という考えですから、インターバル、ヤッソ800と言った1本ごとの負荷が高い練習は必要性を感じません。
昨日も書きましたが、スピード練習と言えるものはペース走にビルドアップ・・霞緑地の記録会コースを使って4分30秒から10秒くらいまでの設定で20kか30kを何度か行います。シーズン序盤は5kを22分程度から最終的には20分半程度までを目標に行います。この練習がどのくらい余裕を持って行えるかで大体の仕上がり具合をつかんでいます。
しっかり仕上がっているときのラスト5kは20分を切って上がりますね。
次に実際のレースですが、何年前かは記憶にないですが、初サブスリーは河口湖・・・2時間58分45秒でした。レース展開は、そのときはいていた靴はターサー・・・1周目の途中から足裏が痛くて2周目に入る前に靴を履き替えようかと思ったほど痛みを感じていましたがいつの間にか痛みを感じなくなりそのまま・・・途中のタイムは覚えていないのですが30kが2時間7分・・・残りを53分を切って走る必要がある・・・今までしっかりと練習はしてきたという自負はあったので、そこから潰れても良いという覚悟でのスピードアップ・・・給水も取らずにひたすらゴールを目指した結果でした。・・・このときは、いの一番に先代会長に電話を入れていました。
口熊野の展開ですが、10k通過が42分41秒、中間点で91分ちょうど・・・ここでこれ以上遅れてはと考え、折返しとなる23k付近から河口湖同様に潰れてもと思ってペースアップ・・・このときはシーズン最後のフルのつもりでしたからこの機会を逃すと11月までチャンスは無いとの気持ちから25k~30kを20分20秒程度でカバーしたはずです(それでも30kは2時間8分オーバー)。そこから先は時計とにらめっこ、サブスリーを確信したのはラストの直線に入ってからといった綱渡り状態でした。
このレースは私も初体験のネガティブスプリット、前半91分、後半88分44秒でした。
こうやって振り返ってみると、「気持ち」の部分がずいぶん大きいのですが、潰れても・・・と思える根拠としての走り込みをこなしていたことがあるかと思います。
まとめてみると、諦めない・・・ただしその裏づけとなる走り込みができている・・・ということでしょうか。
私から見て、何人かの方々・・・諦めが良すぎるのでは・・・と思うことも有ります。早く入って潰れるのは取り返しが効きませんが、遅い分には何とか取戻しが効く・・・と考えてみてはいかがでしょう?
ベストを出したときは19分40秒くらいで入ってハーフは84分程度だった記憶があります。10数キロくらいからずっと競り合った人がいて、最後100mで振り切られたのですがその方は今は無残な体型になっていますが、レースでお会いすると挨拶は交わしています。
参考になったかどうかは判りませんが、記憶にある範囲でお答えしたつもりです。