<続き>
気になる3つ目の盤である。それは写真のような昆虫文で、デザインとしては今日でも通用しそうな斬新的な昆虫文である。
過去に類を見ない斬新なデザインのため、後絵である可能性は高いと感じている。しかし、仔細にみると本歌のようにも見える。
先ず全体的印象である。輪花縁の盤で、外側面は無釉である。内面にはオリーブグリーンを薄くしたような青磁釉が掛り、釉層の厚い部分には無数の貫入が走っている。後絵に用いられる低火度釉に、この貫入があるのを見た経験がない。更に後絵は、申し合わせたように”犬の餌鉢”に描かれており、過去の経験では輪花縁の盤の後絵を見ていない。
高台、外側面の鉋目(粗い胎土の砂粒痕)には、多くの赤土の土銹を見る。タノン・トンチャイ山脈やオムコイ山中の出土地は、典型的な赤土であり、そこから堀り出された盤には多くの赤土が付着している。そこでそれを洗い流すのだが、600-700年の埋納でその赤土は銹、容易に洗い流すことはできない。従って少なくとも、この土銹痕のない盤、容易に赤土が流せる盤は、倣作か後絵である。
もう一点サンカンペーンの特徴を紹介しておく、全てがそうではないが、多くの盤で見る特徴は高台底が見込み側に垂れ下がること、すなわち見込みが盛り上がることである。これは胎土の耐火性が低く、重ね焼きで上写真のように伏側に配置された盤にあらわれる特徴である。
口縁下のギザギザの鋸歯文である。上の写真は鋸歯形状が明瞭であるが、下の写真は鉄顔料が流れたり、滲んでいる。低火度の化学顔料ではこの滲みは発生しない。
その滲みは昆虫の足の部分にも表れている。更には鉄絵顔料の濃淡である。何度も記載するが、低火度の化学顔料では、この濃淡を再現できない。
写真を注視願いたい。針で突いたようなクレーターを見る。これは空気抜けの痕跡で、サンカンペーンの胎土の粗さからくるもので、このような空気抜け痕は印花双魚文盤も含め、その存在は多い。後絵の低火度釉薬では、焼き上がりの釉はなめらかで、空気抜け痕はない。
ここで対比のため典型的な後絵の盤を紹介する。
本体はサンカンペーンの”犬の餌鉢”であろう。鉄絵顔料はほぼ純粋の黒色で、その濃淡はなく、不自然なべったりした色調である。釉下彩か釉上彩かはっきりしない、釉下彩であれば、鉄絵の上にガラス質の釉が掛り、光って見えるのだが、それが見えない。貫入を見ない、低火度合成釉の特徴である。
また赤土の土銹痕を見ない。土銹があれば全て本歌ということではないが、本歌で土銹がないものは、皆無である。上の盤に土銹は認めない。
・・・と云うことで、7-8割は本歌と考えているが、2-3割は後絵と思わなくもない。前回も記したが、本歌そっくりに後絵を施す職人の存在を完全否定できないからである。そこまで写す職人が存在するかどうか知らないが、ここは科学の力が必要であろう。熱ルミネッセンス法による分析の第一候補である。しかし、分析料金は10万円単位だという。承知の上で、この夏までには分析業者と相談し、分析してみたいと考えている。
<取りあえず終了>