私は、中学時代クラブを3つ経験した。最初はバスケット部に所属した。これは1ヶ月でテンスに鞍替えした。ボール拾いとラケットの素振りが続いていたが、入部して1ヶ月したころから、ラリーの練習(クロスとストレート)、サーブの練習、ボレーの練習と一通り3年生から指導を受け、ダブルスの練習を試合形式でおこなった。丁度6月ころであった。不思議と体が良く動き、キャプテンと組んだダブルスは負け知らずであった。また他校との練習試合でも3年生と組んでダブルスにて参戦した。結果は、ダブルスで1位。じぶんはこのままテニス部に在籍するものと思って、夏休みの朝練習に励んでいた。夏休みに入ってまもなく、練習中に陸上部の顧問のN先生があらわれ、3年の先輩方と話をしている。何なんだろうと思っていたところ、そちらに呼ばれて3年生から「N先生が、お前に陸上練習を午後3時からさせたいが、どうだろうかと相談されえた。お前どうする。」と質問された。「君がとても足が速く、是非陸上の練習をさせたいそうだ。どうするかは君の自由だ。」いきなりの話で戸惑った。N先生に直接たずねると「君はテニスもなかなかうまいそうだが、陸上部に入って、短距離とフィールド競技をしないか?」体育を担当していただいている先生でもあり、「一晩じっくり考えて、翌日ご返事いたします。」と答え、その日は家に帰った。少しシンドイが、何事もチャレンジ。夏休み中だけでもN先生の指導が受けられると思い、翌日N先生に「テニスの練習後、3時過ぎに伺ます。よろしくご指導ください。」と返事をした。その日から、先生との2人3脚の練習が始まった。陸上部の3年生は既に引退をしていた。2年生は名簿上5人在籍していたが、幽霊部員で、実質部員ゼロの状態だった。約1ヶ月、基本的な走法(足の振り上げ、腕の振り)などを教わった。このとき、「走ることも、学び、勉強するものなんだ。」と実感した。N先生の指導方針は「決して、中学生に無理はさせない。故障はさせない。徹底した合理精神で、運動理論に基づいた練習をさせる。」であった。例えば、走り幅跳び、走り高飛びなど跳躍を教えるのに、ベクトルを使った説明を分かりやすくしてくださった。東京教育大学(現在の筑波大学の前身)で運動理論を学ばれた先生ならではの指導でした。
夏休みが終わるころ、いつまでも二足のわらじをはくわけにはいかぬと考え、テニス部の先輩に「今までご指導していただいて、有難うございました。テニス部は今日をもちまして退部いたします。本当にお世話になりました。」と礼を尽くしてお礼を述べた。「君も、新しいクラブで頑張りたまえ。」と逆に3年生に励まされ、恐縮した次第でした。
しかし、気が付くと陸上部員は自分ひとり。新たに、部員を勧誘しなくてはならないと、また別の課題が生まれた。他のクラブに入っている生徒のなかで、そこそこ足の速い友人に声をかけてみた。すると幼馴染の友人が即座に5名集まった。その友人の更に友人まで声をかけた。結局私を入れて10名の部員が集まった。顧問のN先生に報告すると、「しかし、良く集まったものだな。早速明日からの練習メニューを作成して君に渡すから、部長を頼む。」といきなり1年生部長の誕生ということになった。
(この項、続く)