令和3年11月3日(水)
「かゝる所の穐なりけりとかや。
此浦の実は秋をむねとするなるべし。
かなしさ、さびしさいはむかたなく、
秋なりせば、いさゝかの心のはしをも
いひ出づべき物をと思ふぞ、
我心匠の拙きをしらぬに似たり。
淡路島てにとるやうに見えて、
すま・あかしの海右左にわかる。
呉・楚東南の詠もかゝる所にや。
物しれる人の見侍らば、さまざまの境
にもおもひなぞらふるべし。
又、後の方に山隔てゝ、
又、後の方に山隔てゝ、
田井の畑といふ所、
松風・村雨のふるさとゝいへり。
尾上つゞき、丹波路へかよふ道あり。
鉢伏のぞき・逆落など、
おそろしき名のみ残りて、
鐘懸け松より見下に一ノ谷内裏やしき、
めの下に見ゆ。
其代のみだれ、其時のさわぎ、
さながら心にうかび、俤につどひて、
二位のあま君、皇子を抱奉り、
女院の御裳に御足もたれ、
船やかたにまろび入らせ給ふ御有さま、
内侍・局・女嬬(にょじゅ)・
曹子(ざうし)のたぐひ、
さまざまの御調度もてあつかひ、
琵琶・琴なんど、しとね・ふとんに
くるみて船中に投入、供御(くご)はこぼれて、
うろくづの餌となり、
櫛笥(くしげ)はみだれて、
あまの捨草となりつゝ、
千歳のかなしび此浦にとゞまり、
素波(しらなみ)の音にさへ愁多く侍るぞや。」
この散文は、『笈の小文』の最後の散文。
じっくり味わって・・・!!!
つづく。