懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

古い町並み 着物姿

2011年10月20日 | 古い町並み
古い町並み 着物姿


倉敷のナマコ壁の民家の横を歩く人を一時間座って撮影した。
撮影した時はこんな写真を撮影してどんな意味があるのかと思った。
強い目的意識をもって撮影したわけでもない。ただ漠然と撮影したように思う。
だいたいこの写真を撮影した目的も曖昧だがどう生かそうと考えたかも曖昧である。
人生自体に強い目的を持って生きていたわけでもない。
時の流れるように生きてきた。
写真を撮るにしても将来きっと役に立つこともあると自分に言い聞かせないと継続は難しい。
アドバイスや指導をしてくれる人を探すのが上手な人生の生き方でるがそれも煩わしくてしなかった。

年齢を重ねて民俗学の書物を読んでいたら民俗学者の今和次郎氏の書物に街角を行きかう人々の服装や仕草をスケッチした画がでてくる。氏は青森県出身で東京美術学校で絵画を習得している。
大正時代から昭和にかけて街角に立ちこんな事をやっているのには敬服した。庶民の生活を刻銘に記録した民俗学は日本の文化でもある。
今和次郎氏は昭和2年から考現学というのを始めている。
場所や時間を定め組織的に世相や風俗を調査研究し解析分析する手法だそえだ。
これが赤瀬川氏などの路上観察学につながっているといわれている。
わたしもこの歳になり若い頃に民俗学に興味をもっていたら物の見たかや考え方に深みがでてきたと思う。

昭和40年代は着物姿の女性がまだ沢山いた。母の初詣の写真をみたら着物姿であった。
まだ正装は着物の時代である。
着物が衰退したのは乗用車の普及であろう。女性も運転するようになり都合が悪くなった。
現在スカートさえ履く人が少なくなった。駅で列車を待つ間、通行する人を数えたらスカート35人にスラックス、ジーパンが112人であった。
スカート姿さえ珍しくなっている。

お婆さんが子供を背負う姿もすくなくなった。若いお母さんは前に抱く時代である。
祖母が孫の世話をしなくなった。核家族と嫁姑の関わりを持たない生活が定着した。
動物は子供を産まなくなると死ぬのだそうだ、一生の八割、九割は子を産むのだそうだ。人間はと言うと子供を産む期間より産まない期間の方が長い人が多い。100歳まで生きる人が多くなり四割しか生む期間がない人もいる。孫の世話をせず自分の人生を楽しむスタイルが定着したのも時代の流れであろう。それが孫にとっていいのかどうかは何とも言えない。