アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

重症アルツで亡くなった父の記録と現在100歳の母と高齢者みるきーの記録。

ジェンギンスのこの頃

2004-11-14 00:21:27 | 介護
ジェンギンス最近の状態

この2週間は特に状態に変化もないので、
ここで現在のアルツの様子を思いつくままに書いてみようと思う。

○ 自分の生年月日は言えるけど年齢は解 らない。
18才ころの独身で金沢のよそのお宅にいたときに戻っていることが多い。
 
だから、今住んでいる家も、金沢のその家だ  
と思いこんで、人を捜したりご主人がどこに
居るのか私たちに質問してくる。

どうやら、その家はいごごちがわるかったら 
しく、わたしたちは、その家族だとおもわれて
いるから、嫌味の数々を浴びせられる。
当時は、何も言えずに我慢してやっかいにな 
って居たんだろう。
気の毒な、我慢した人生を、垣間見てる。
 
その家では、女将さんが雑誌の配達をしてい 
たらしいが、ジェンはそれを手伝っていたの
で、いまでも、しょっちゅう、雑誌は来ている
か? 取りに行かないと! と、しつこく言う

数ヶ月前は足も達者で外へすぐ出ていってい
たから、スーザンと雑誌を探しによく外へ出
ていた。
半年前に私がここに同居してからは、雑誌の
事は言うけれど、出ては行かない。

同居して良かった。
かなり、良くなった。
改善されたことが多々ある。

  食事。薬。徘徊。世話。

○ 足腰は弱ってきた。
 去年まで数回、一人で散歩に出たまま帰っ
 て来れなくて長くて3晩も徘徊していた。
 足も早かったからたとえスーザンがバスに乗って
探している時に見つけたとしても、追い
つくことが出来ない。
徘徊のあとは、自力で帰ってきたことが多か 
ったけど、3日炎天下の日に居なかったとき
は、道に倒れて保護された。
早く倒れて保護されて欲しいと願ったもの
だった。 見かけはまったく正常だし、『 大
丈夫ですか?』と声をかけられたとしても
『大丈夫です、家に帰るところですよ』と元気
で答えるので、倒れない限り、保護出来ない

同居してからは、目が行き届くので一人で  
出ていくことはない。
一人で出ていっても、500メートルくらい歩くと
きょろきょろしてUターンして戻ってくる。
しかし、ときどき、自分の家を通り過ぎること 
があるし、家をみても、自分の御殿だと解ら
ない日があるから注意が必要だ。

○ 家がわからなかったり、家族の顔も解らないことが時々ある。
ゆうがた、『 さあ、帰ろうかな 』と言いす。 石川県の実家に帰るらしい。
そして、実家の近所にいるらしい時もある。

○ 自分の親が生きているか死んでいるか
解らない。
きょうは、生きていると言っていた。
ある日は、『田舎からなんか言ってきたか
親が死ねば死んだっていってくるよな?』
という。

○  父親をかなり尊敬している。
自慢の父親だったようだ。
父親が勲章もらって町の偉い人だったからそれを自慢する子どもって感じだ。
それにたいし、母親のことは全然話さない。 
きいても、曖昧な返事ばかりで覚えて
いないらしい。

○  もう。ジェンギンスの脳みそには限られた記憶しかないので、
喋ることはいつも一緒

北海道紋別にいるという親戚のことが知りたい。
ジェンが東京に出てきた時のことを知りたい。

ジェンの様子はまた、いつかに 続く。


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