アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

重症アルツで亡くなった父の記録と現在100歳の母と高齢者みるきーの記録。

一周忌法要でした

2009-02-01 16:31:23 | 介護



法要が始まる前に通される和室。
巨大なテーブルにびっくり。
和菓子とお茶をいただく。
手前に見えるのは、お供えの果物と位牌と遺影



ジェンギンスが亡くなって、もうすぐ1年です。
この1年間私はジェンギンスのことをずっと思って生きてきました。
人の一生は、とても重い物です。

もっともっと幸せにしてあげることが出来たはずなのに、
人って言うのは、自己中心なものだから
最高の幸せを感じさせてあげることはできなかったな。

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お寺さんに予約を入れたのが最近なので
空いている時間は少なく、遅い時間で、

本日の 2月1日 日曜日 午後3時からの法要となりました。

滞りなく済んだとお思いでしょうが、
済みませんでした。

まあ、仲の良い私たち姉妹なのですが、
姉が最近私のことを誤解してて、お腹立ちのようすで、
その現れが、これですよ。

遅刻

わたしは、物事の30分前行動なので
約束の時間には遅れません。

だから、わたしの家族に文句を言われつつ
30分前にお寺に到着しました。

間もなく3時の開始時間となるとき
姉から、「 いま、調布だから先に始めてて 」 とメールが入った。

この重要な行事を甘く見られたな。

今日の出席はたった6名なのに、
お坊さんは6名揃うまでなにも言わずに
開始をしないという配慮があって、3時をすぎたのに
本堂への誘導をせずに待っていてくれている様子だ。

3時20分過ぎて姉が到着
3時30分過ぎて義兄が到着
3時45分過ぎて姉子供が到着

法要は30分も遅れて、開始となった。

体が震えるほど嫌だった。
でも、顔には出さなかった。
お坊様とジェンギンスに申し訳なかった。

こちらが遅れて申し訳ないのに
お坊様は
「 本日はこのような遅い時間しか取れず
  申し訳なかった 」 と謝ってくれた。
出来たお方だ。

遅刻しても、本日最後の法要だから気にしなくて良いと
おっしゃって下さいました。
出来たお方だ。

6人しか居ないから
お経も短く、
最後はお坊様と、お話を長くした。

きょう、出席出来なかった母を気遣ってくだったり
ジェンギンスが生きていた時代の背景と、
ジェンギンスが真面目に働いていた話しをしてくださった。
すっごく、悲しくなった。 
涙が出そうになったんだけど、
そのあと、お坊様は
何かを悟ると涙というのは、自然に溢れてくる・・・とか
言ったので、私のことかと思った。

家族には黙っていたが
この本堂でわたしは、激しく霊を感じた。
あの、霊が居る時の気持ち悪さが
襲ってきていた。

誰だ!!

お坊様は、最近のご時世の話しとか
姉の仕事柄、このように生きて欲しいとか
お話をされて、
何か、お話ししたい事はないか?と
一人一人の顔を見た。
みんな、無いと言ったが、

チョコパントークが始まった。

「 わたしは、大学4年で、就職の内定をもらっているんですけど
  その会社を辞めたいのです。
  でも、母は だったら家を出ていけ とか言うし
  (さっきお座敷で会話したのです)
  どうしたらいいですか 」

お坊様は、石の上にも3年 

という例をあげて、やめてはならないことをお話ししてくれました。
また、後2ヶ月の時間を仕事探しに当てるのも、ひとつの生き方だ
ということも話してくれました。

嫌だからすぐに止めるようなことはいけない。
すぐに止めるひとは、今後そのレッテルが 
ついて回るし、そのような人を採用したい会社は無いであろうし
辛抱し、修行をするのは大切なことです。

・・・・
昨年、私がお坊様に電話をしてジェンギンスの様子を
お話しした時、
「 ひとりでみんなやってこられて、大変でしたね 」と
なぐさめてくださった。

南禅寺で修行を積んだ偉いお坊様だとお聞きしているが
悟りの境地だな。

わたしもいつか、仏の道を歩もう・・・
イエスキリスト様も、好きであります。

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この日は、風が冷たく吹いてとっても寒かった。
本堂も寒かった。
お墓参りも寒かった。

8月に墓参りして、久しぶりのお墓でしたが
8月にお供えした造花の花が
とっても綺麗にお墓に彩りを添えていました。

お線香に火を付けて
持参した花を生けて
ミルクコーヒーと紅葉まんじゅうとゼリー飲料を供え
絵ロウソクを飾って、
寒さに震えながら、水を掛けたり拝んだり
記念撮影をして早々に終了。

午後4時40分。 墓参り終了

雑巾で掃除をする元気もありません。
何もできません。

お塔婆を一ついただいたので立てた。
母が 塔婆を申し込むように言ってたけど
49日の時も今回も、お寺でもう作ってあったから
そういうことなんじゃないのかなぁ?
お寺からの指示も無かった。
8月のオセガキエの時は、3000円で申込書がわたされるし。

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このお寺がある駅周辺には
おそば屋が一軒あるだけです。

今回もここのお座敷で会食、6名
3人がビールを飲んで
天丼や蕎麦やうどんを一人2品は頼んだ。

お留守番の母が1万円くれたので
それで支払った。
お布施の3万円も、母が出したいと言うので
ジェンギンスの貯金からではなく、
母の年金から出してもらった。

母は暖かくなったら
お墓参りに連れていってあげる。

あわただしく、寒い一周忌でした。
今度一人でまた、お墓に来ようと思いました。








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アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

16年間アルツハイマーと戦った父ジェンギンスは2008年2月14日に亡くなりました。壮絶介護→施設入所→胆管癌による死。大切な父の最期の介護記録をここ残しました。 そして、夫を亡くした母は初期認知が進行中です。 年寄りと暮らす苦労を記録中。