「通信で知り合った友人付き合いが濃くなった1台」
画像はワードプロセッサ、いわゆるワープロである。
シャープの「書院」MR-2という機種だ。
このワープロは機能てんこ盛りでハードディスクを搭載し、インターネットはもちろん
ビデオ画像取り込み、ハンドスキャナーでA4サイズまでの画像取り込みや
カラーコピー、FAXの送受信などなどいろんな事が出来る。そしてインクジェットプリンター内蔵でB4印刷までできる。
98年製で当時のメーカー小売希望価格で28万円くらいしたと思う。
今28万円あったらどんなに高性能なPCが買えるだろう。このMR-2は今でも時々使っている。
実はシャープのワープロを使う前にパナソニックの「スララ」というワープロを使っていたのだがこれは94年に購入していた。このスララにはFAXモデムが内蔵されており通信ソフトを9800円で買えばパソコン通信が出来たのだ。なんでもやりたい私は早速ソフトを購入してメールアドレスなる
未知のものを取得した。これが94年の初夏の頃だった。
今のようにクリック一つで出来るものではなく、コマンドと呼ばれるものを打ちこんでいろんな所を見に行った。
この頃は周りに一人としてメアドなど持ってる人はいなかったのでメールをやりとりしたことはなかった。
プロバイダーからくるお知らせメールくらいであった。
スララではパソコン通信していたものの、見るばっかりで書きこんだことなどなかった。
そうして数年たち97年に私の書院1号機のMR-1というワープロを買い、次の年に画像のMR-2を購入した。
書院を買ってから通信の世界にのめりこみ始め今で言うオフというものにも参加して行くようになった。
私の世界を広げたのがこのMR-2なのだ。
最初、ハンドルを決めなければならず適当に「プリリンパ」というハンドルを付けたのだが恥ずかしくなりすぐに今の「ちいはし」になった。プリリンパは言わずと知れた某アニメの呪文である。
オフに出るようになっていろんな人に知り合った。
大切な友人達と呼べる人にも出会えたのである。
今は野球を通じて知り合った友人も多くなったが野球など無関心であった私が野球を見に行くはずもない。
書院を通じて知り合ったTUさんが野球ファンで近鉄優勝の年に野球に誘われてから近鉄ファンになり今の友人の幅が広がったのだ。
この書院がなければ今の自分の世界はないと言っても過言ではない。
スララ→書院MR-1→書院MR-2→近鉄という不思議な縁で今の自分がある。
ま、自分が通信をしようと思わなければ広がらないんですけどね。
「友達なんだから」
3日の夜はそんな書院から広がった友人と会った。数年ぶりに会う人がほとんどだった。
友人のIGさんが誘ってくれなければ会えない人ばかりで、思いがけなかった人も
いて驚かされた。メンバーはIG、RE、TO、UP、MA、YO、BAさん達で鶴橋で皆は
焼肉を食べたあとに私が合流してお茶をした。
その喫茶店で私が勤めているトコのスタッフが作ったフラワーアレンジに出会いこれも
驚いた。
その夜はIG家にお泊まりに行って夜更かしをした。
いつも「12時には寝ような!」と言うのだがいつもこんな時間になる。
次に日に眠たいし、しんどくなるからなのだが学生のように布団に入ってからでも
楽しい。アホな事ばっかり言うて夜を楽しむのだ。
呆れた人もいたかもしれない。
皆は久しぶりに会ったのに私の空白の時間を誰も一切何も聞かない。
本当に居心地が良くありがたくも思った。
不義理を謝ったYOさんは「1年や2年なんてどおってことない、友達なんだから」と
メールで返してくれた。なんてありがたいんやろと思う。
今日も書院関係とは全く違う野球関係で知り合った人(SU氏)と違う話をメールでやりとりしていたら「頼りない友達やけど頼むわ」と
来た。頼りになる奴だが明らかに私のほうが頼りないのに頼むのはこちらだ。
ここ数日はなぜか家族や友達がキーワードになっている。
「ちょいツーリング」
4日の朝は私は仕事であったが昼出勤で良かったためAM9時半過ぎくらいに友人宅を出た。
歩いて駅まで行くという私をIGさんはバイクで送ってくれた。
しかもすぐ近くの駅ではなく何キロも離れた駅までツーリングしてくれた。
これで人生2回目のバイクの後ろに乗せてもらった。前は甲子園からの都会だが
今回は少し山道を走った。川や山を見ながら風に吹かれるのは気分がいい。
他の友人達との時間も大事だったろうに私一人の為に時間をとってくれてありがたい
気持ちになった。
普段は夜遅く(と言っても24時くらいですが)更新してパッと書いて終わるのですが今日は
休みで久しぶりの長文でした。ビールを二缶あけました。最後まで読んでくれた人ありがとう。
画像はワードプロセッサ、いわゆるワープロである。
シャープの「書院」MR-2という機種だ。
このワープロは機能てんこ盛りでハードディスクを搭載し、インターネットはもちろん
ビデオ画像取り込み、ハンドスキャナーでA4サイズまでの画像取り込みや
カラーコピー、FAXの送受信などなどいろんな事が出来る。そしてインクジェットプリンター内蔵でB4印刷までできる。
98年製で当時のメーカー小売希望価格で28万円くらいしたと思う。
今28万円あったらどんなに高性能なPCが買えるだろう。このMR-2は今でも時々使っている。
実はシャープのワープロを使う前にパナソニックの「スララ」というワープロを使っていたのだがこれは94年に購入していた。このスララにはFAXモデムが内蔵されており通信ソフトを9800円で買えばパソコン通信が出来たのだ。なんでもやりたい私は早速ソフトを購入してメールアドレスなる
未知のものを取得した。これが94年の初夏の頃だった。
今のようにクリック一つで出来るものではなく、コマンドと呼ばれるものを打ちこんでいろんな所を見に行った。
この頃は周りに一人としてメアドなど持ってる人はいなかったのでメールをやりとりしたことはなかった。
プロバイダーからくるお知らせメールくらいであった。
スララではパソコン通信していたものの、見るばっかりで書きこんだことなどなかった。
そうして数年たち97年に私の書院1号機のMR-1というワープロを買い、次の年に画像のMR-2を購入した。
書院を買ってから通信の世界にのめりこみ始め今で言うオフというものにも参加して行くようになった。
私の世界を広げたのがこのMR-2なのだ。
最初、ハンドルを決めなければならず適当に「プリリンパ」というハンドルを付けたのだが恥ずかしくなりすぐに今の「ちいはし」になった。プリリンパは言わずと知れた某アニメの呪文である。
オフに出るようになっていろんな人に知り合った。
大切な友人達と呼べる人にも出会えたのである。
今は野球を通じて知り合った友人も多くなったが野球など無関心であった私が野球を見に行くはずもない。
書院を通じて知り合ったTUさんが野球ファンで近鉄優勝の年に野球に誘われてから近鉄ファンになり今の友人の幅が広がったのだ。
この書院がなければ今の自分の世界はないと言っても過言ではない。
スララ→書院MR-1→書院MR-2→近鉄という不思議な縁で今の自分がある。
ま、自分が通信をしようと思わなければ広がらないんですけどね。
「友達なんだから」
3日の夜はそんな書院から広がった友人と会った。数年ぶりに会う人がほとんどだった。
友人のIGさんが誘ってくれなければ会えない人ばかりで、思いがけなかった人も
いて驚かされた。メンバーはIG、RE、TO、UP、MA、YO、BAさん達で鶴橋で皆は
焼肉を食べたあとに私が合流してお茶をした。
その喫茶店で私が勤めているトコのスタッフが作ったフラワーアレンジに出会いこれも
驚いた。
その夜はIG家にお泊まりに行って夜更かしをした。
いつも「12時には寝ような!」と言うのだがいつもこんな時間になる。
次に日に眠たいし、しんどくなるからなのだが学生のように布団に入ってからでも
楽しい。アホな事ばっかり言うて夜を楽しむのだ。
呆れた人もいたかもしれない。
皆は久しぶりに会ったのに私の空白の時間を誰も一切何も聞かない。
本当に居心地が良くありがたくも思った。
不義理を謝ったYOさんは「1年や2年なんてどおってことない、友達なんだから」と
メールで返してくれた。なんてありがたいんやろと思う。
今日も書院関係とは全く違う野球関係で知り合った人(SU氏)と違う話をメールでやりとりしていたら「頼りない友達やけど頼むわ」と
来た。頼りになる奴だが明らかに私のほうが頼りないのに頼むのはこちらだ。
ここ数日はなぜか家族や友達がキーワードになっている。
「ちょいツーリング」
4日の朝は私は仕事であったが昼出勤で良かったためAM9時半過ぎくらいに友人宅を出た。
歩いて駅まで行くという私をIGさんはバイクで送ってくれた。
しかもすぐ近くの駅ではなく何キロも離れた駅までツーリングしてくれた。
これで人生2回目のバイクの後ろに乗せてもらった。前は甲子園からの都会だが
今回は少し山道を走った。川や山を見ながら風に吹かれるのは気分がいい。
他の友人達との時間も大事だったろうに私一人の為に時間をとってくれてありがたい
気持ちになった。
普段は夜遅く(と言っても24時くらいですが)更新してパッと書いて終わるのですが今日は
休みで久しぶりの長文でした。ビールを二缶あけました。最後まで読んでくれた人ありがとう。