2024年のこと、天文学の世界に新たに興奮をもたらす発見が報告されました。
それは、天の川銀河の中、地球から約24,100光年彼方の位置に、複数の超巨星を含む新しい星団“バルバ2”が発見されたからです。
この星団は、南米チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんによって10年前に初めて特定されていたもの。
2021年に彼がなくなったため、その研究結果はこれまで発表されていませんでした。
これまで、チリによる減光のため見過ごされてきた“バルバ2”は超巨星が豊富な星団。
少なくとも7つの超巨星を含んでいるんですねー
この星団の発見は、星々がどのように生まれ、進化していくのか、そして銀河全体の進化における星団の役割について、新たな知見をもたらす可能性を秘めているようです。
超巨星が豊富な星団“バルバ2”
星団“バルバ2”が初めて特定されたのは、今から約10年前のことでした。
チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんは、天の川銀河の平面を多波長サーベイでスキャンし、温かいチリに関連する星の密集を探していました。
その過程で、彼は球状星団“NGC 3603”と電離水素領域“Gum 35”の間に、7つの明るい星を含む星団を発見しています。
これが“バルバ2”の最初の観測記録となりました。
バルバさんは、この星団には温かいチリが関連付けられていないことを発見。
可視光線と近赤外線によるデータの分析は、この星団が大きな星間減光を受けていること、そして明るい星のうち5つは赤色超巨星、残りの2つはより早期型の超巨星である可能性が高いことを示唆していました。
でも、バルバさんは2021年に惜しまれつつ逝去したため、詳細な研究成果は発表されていませんでした。
この未完の発見を引き継いだのが、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんでした。
彼らは、バルバ氏の功績をたたえ、この星団を“バルバ2”と命名。
ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”により得られた最新のデータを用いて、詳細な分析を実施しています。
“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。
天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。
“ガイア”を用いたデータは、星団の研究においても不可欠なツールと言えます。
アペヤニズさんたちは、“バルバ2”を“Villafranca”プロジェクトにも追加し、“Villafranca B-006”というカタログ名を与えています。
“Villafranca”は、天の川銀河内のOB型星(スペクトル型OまたはBの熱くて重い恒星)を含む星団を特定し、特徴づけることを目的としたプロジェクトです。
赤色超巨星の存在から分かった星団の年齢
研究チームの分析により、“バルバ2”は複数の超巨星を含む、非常に興味深い特徴を持つ星団であることが明らかになりました。
超巨星とは、太陽の何十倍もの質量を持つ巨大な星。
その寿命は数百万年~数千万年と、宇宙のタイムスケールでは非常に短いものになります。
このことから、超巨星を含む星団は、比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団だと考えられます。
“バルバ2”に含まれるのは、星団内で最も明るい“黄色超巨星”、5つ確認されている“赤色超巨星”、1つ確認されている“青色超巨星”など、7つの超巨星。
これらの超巨星のスペクトル分類は、研究チームによって取得された“FEROS”による分光データに基づいています。
“FEROS(Fiber-fed Extended Range Oprical Spectrograph)”は、南米チリにあるラ・シヤ天文台のMPG/ESO 2.2メートル望遠鏡に搭載された高精度分光器。
星の化学組成や視線速度などの調査に用いられます。
これら7つの超巨星の存在は、“バルバ2”が約1000万年という比較的若い年齢の星団であることを示唆しています。
星団の年齢は、そこに含まれる星の進化段階から推定することができます。
重い星ほど寿命が短いので、星団に含まれる最も重い星の進化の段階を調べることで、星団全体の年齢を推定することができるんですねー
“バルバ2”の場合、赤色超巨星の存在は、星団の年齢が少なくとも1000万年であることを示唆していました。
複雑な構造を持つ星団
“バルバ2”の星々は、星団の中心に向かって密度が高くなる、キングプロファイルと呼ばれる分布を示しています。
キングプロファイルとは、球状星団や銀河中心部の星の分布を記述するモデルとして広く用いられていて、中心部が高密度で、外側に向かって徐々に密度が低下していく様子を表しています。
研究チームでは、“バルバ2”のキングプロファイルへのフィッティングを行い、コアの半径が0.84±0.19パーセク(約2.74光年)であることを明らかにしています。
これは、一般的な散開星団と比較するとコンパクトな値なので、“バルバ2”が密集した環境で誕生したことを示唆しています。
興味深いのは、“バルバ2”のメンバーである可能性の高い星の中には、コアから離れた距離に位置するものも存在すること。
これらの星は、“バルバ2”の重力によって束縛されているものの、コアの星ほど密集しておらず、星団のハローと呼ばれる領域を形成していると考えられています。
研究チームでは、“バルバ2”のメンバー候補201個のうち、53個はハローに属する星である可能性を指摘しています。
このことから、“バルバ2”は複雑な構造を持つことが考えられます。
星間物質による減光
“バルバ2”の観測を複雑にしている要素の一つに、星間減光の影響があります。
“バルバ2”は、地球から見て天の川銀河の円盤面に沿って位置しているので、星間物質による減光の影響を大きく受けることになります。
星間物質とは、星と星の間の空間を漂うガスやチリのこと。
可視光線を吸収・散乱するので、地球から観測する星の明るさや色を変化させてしまいます。
“バルバ2”の場合、特に赤色超巨星の観測から、星間減光が大きいことが示唆されています。
赤色超巨星は、その巨大なサイズと低い表面温度から、星間減光の影響を受けやすい天体と言えます。
研究チームでは、“バルバ2”のメンバーである“2MASS J11041243-6143399”と呼ばれる星の減光データを分析。
星間減光の指標となる色超過E(4405‐5495)の値が、1.612±0.012等級であることを明らかにしました。
さらに、源光/赤化の指標となるR5495の値は、3.705±0.036で、これは“バルバ2”の星間チリのサイズが平均よりも大きいことを示唆しています。
また、7700Åの吸収帯の強度が星間減光の指標となる色指数GBP-GRPの増加に伴って強くなることを発見し、“バルバ2”内部に星間減光のムラがあることが明らかになりました。
このことが示唆しているのは、“バルバ2”の星間物質の分布が均一でないこと。
このムラは、星団の形成過程や進化に影響を与えている可能性もあります。
次世代望遠鏡による星団の形成や進化の解明
“バルバ2”は、発見されたばかりの天体なので、その性質の詳細についてはまだ多くの謎が残されています。
でも、近年の観測技術の進歩により、“バルバ2”の謎を解き明かすための新たな手掛かりが得られつつあります。
例えば、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”などの次世代望遠鏡は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった、“バルバ2”のような遠方や減光の影響が大きい天体の詳細な観測を可能とします。
これらの望遠鏡を用いることで、“バルバ2”に属する星の化学組成や運動をより正確に測定し、星団の形成過程や進化、そして天の川銀河における役割などが明らかにできると期待されています。
また、赤外線や電波による観測は、可視光線では観測できない星間物質の分布や運動を明らかにする上で非常に有効です。
周辺の星間物質の観測から、“バルバ2”がどのような環境で生まれ、どのように進化してきたのか。
さらに、今後どのように進化していくのかを予測する上で、重要な情報が得られると考えられています。
“バルバ2”は、複数の超巨星を含む、天の川銀河の新たな宝石として、私たちに多くの謎と発見をもたらしました。
その発見は、天の川銀河の星形成史や星団の進化、さらには銀河全体の進化を探る上で重要なカギとなる可能性を秘めています。
今後の多様な観測手法による更なる探求により、“バルバ2”の謎が解き明かされ、銀河の進化に関する新たな理解がもたらされることが期待されます。
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それは、天の川銀河の中、地球から約24,100光年彼方の位置に、複数の超巨星を含む新しい星団“バルバ2”が発見されたからです。
この星団は、南米チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんによって10年前に初めて特定されていたもの。
2021年に彼がなくなったため、その研究結果はこれまで発表されていませんでした。
これまで、チリによる減光のため見過ごされてきた“バルバ2”は超巨星が豊富な星団。
少なくとも7つの超巨星を含んでいるんですねー
この星団の発見は、星々がどのように生まれ、進化していくのか、そして銀河全体の進化における星団の役割について、新たな知見をもたらす可能性を秘めているようです。
この研究は、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんが進めています。
本研究の詳細は、7月30日にプレプリントサーバーarXivに“Barbá 2: A new supergiant-rich Galactic stellar cluster”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.20812
本研究の詳細は、7月30日にプレプリントサーバーarXivに“Barbá 2: A new supergiant-rich Galactic stellar cluster”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.20812
図1.2MASS Kフィルター、2MASS Jフィルター、DSS2を組み合わせた“バルバ2”の赤外線モザイク画像。(Credit: Apellániz et al., 2024.) |
超巨星が豊富な星団“バルバ2”
星団“バルバ2”が初めて特定されたのは、今から約10年前のことでした。
チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんは、天の川銀河の平面を多波長サーベイでスキャンし、温かいチリに関連する星の密集を探していました。
その過程で、彼は球状星団“NGC 3603”と電離水素領域“Gum 35”の間に、7つの明るい星を含む星団を発見しています。
これが“バルバ2”の最初の観測記録となりました。
バルバさんは、この星団には温かいチリが関連付けられていないことを発見。
可視光線と近赤外線によるデータの分析は、この星団が大きな星間減光を受けていること、そして明るい星のうち5つは赤色超巨星、残りの2つはより早期型の超巨星である可能性が高いことを示唆していました。
でも、バルバさんは2021年に惜しまれつつ逝去したため、詳細な研究成果は発表されていませんでした。
この未完の発見を引き継いだのが、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんでした。
彼らは、バルバ氏の功績をたたえ、この星団を“バルバ2”と命名。
ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”により得られた最新のデータを用いて、詳細な分析を実施しています。
“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。
天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。
“ガイア”を用いたデータは、星団の研究においても不可欠なツールと言えます。
アペヤニズさんたちは、“バルバ2”を“Villafranca”プロジェクトにも追加し、“Villafranca B-006”というカタログ名を与えています。
“Villafranca”は、天の川銀河内のOB型星(スペクトル型OまたはBの熱くて重い恒星)を含む星団を特定し、特徴づけることを目的としたプロジェクトです。
赤色超巨星の存在から分かった星団の年齢
研究チームの分析により、“バルバ2”は複数の超巨星を含む、非常に興味深い特徴を持つ星団であることが明らかになりました。
超巨星とは、太陽の何十倍もの質量を持つ巨大な星。
その寿命は数百万年~数千万年と、宇宙のタイムスケールでは非常に短いものになります。
このことから、超巨星を含む星団は、比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団だと考えられます。
“バルバ2”に含まれるのは、星団内で最も明るい“黄色超巨星”、5つ確認されている“赤色超巨星”、1つ確認されている“青色超巨星”など、7つの超巨星。
これらの超巨星のスペクトル分類は、研究チームによって取得された“FEROS”による分光データに基づいています。
“FEROS(Fiber-fed Extended Range Oprical Spectrograph)”は、南米チリにあるラ・シヤ天文台のMPG/ESO 2.2メートル望遠鏡に搭載された高精度分光器。
星の化学組成や視線速度などの調査に用いられます。
これら7つの超巨星の存在は、“バルバ2”が約1000万年という比較的若い年齢の星団であることを示唆しています。
星団の年齢は、そこに含まれる星の進化段階から推定することができます。
重い星ほど寿命が短いので、星団に含まれる最も重い星の進化の段階を調べることで、星団全体の年齢を推定することができるんですねー
“バルバ2”の場合、赤色超巨星の存在は、星団の年齢が少なくとも1000万年であることを示唆していました。
複雑な構造を持つ星団
“バルバ2”の星々は、星団の中心に向かって密度が高くなる、キングプロファイルと呼ばれる分布を示しています。
キングプロファイルとは、球状星団や銀河中心部の星の分布を記述するモデルとして広く用いられていて、中心部が高密度で、外側に向かって徐々に密度が低下していく様子を表しています。
研究チームでは、“バルバ2”のキングプロファイルへのフィッティングを行い、コアの半径が0.84±0.19パーセク(約2.74光年)であることを明らかにしています。
これは、一般的な散開星団と比較するとコンパクトな値なので、“バルバ2”が密集した環境で誕生したことを示唆しています。
興味深いのは、“バルバ2”のメンバーである可能性の高い星の中には、コアから離れた距離に位置するものも存在すること。
これらの星は、“バルバ2”の重力によって束縛されているものの、コアの星ほど密集しておらず、星団のハローと呼ばれる領域を形成していると考えられています。
研究チームでは、“バルバ2”のメンバー候補201個のうち、53個はハローに属する星である可能性を指摘しています。
このことから、“バルバ2”は複雑な構造を持つことが考えられます。
星間物質による減光
“バルバ2”の観測を複雑にしている要素の一つに、星間減光の影響があります。
“バルバ2”は、地球から見て天の川銀河の円盤面に沿って位置しているので、星間物質による減光の影響を大きく受けることになります。
星間物質とは、星と星の間の空間を漂うガスやチリのこと。
可視光線を吸収・散乱するので、地球から観測する星の明るさや色を変化させてしまいます。
“バルバ2”の場合、特に赤色超巨星の観測から、星間減光が大きいことが示唆されています。
赤色超巨星は、その巨大なサイズと低い表面温度から、星間減光の影響を受けやすい天体と言えます。
研究チームでは、“バルバ2”のメンバーである“2MASS J11041243-6143399”と呼ばれる星の減光データを分析。
星間減光の指標となる色超過E(4405‐5495)の値が、1.612±0.012等級であることを明らかにしました。
さらに、源光/赤化の指標となるR5495の値は、3.705±0.036で、これは“バルバ2”の星間チリのサイズが平均よりも大きいことを示唆しています。
また、7700Åの吸収帯の強度が星間減光の指標となる色指数GBP-GRPの増加に伴って強くなることを発見し、“バルバ2”内部に星間減光のムラがあることが明らかになりました。
このことが示唆しているのは、“バルバ2”の星間物質の分布が均一でないこと。
このムラは、星団の形成過程や進化に影響を与えている可能性もあります。
次世代望遠鏡による星団の形成や進化の解明
“バルバ2”は、発見されたばかりの天体なので、その性質の詳細についてはまだ多くの謎が残されています。
でも、近年の観測技術の進歩により、“バルバ2”の謎を解き明かすための新たな手掛かりが得られつつあります。
例えば、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”などの次世代望遠鏡は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった、“バルバ2”のような遠方や減光の影響が大きい天体の詳細な観測を可能とします。
これらの望遠鏡を用いることで、“バルバ2”に属する星の化学組成や運動をより正確に測定し、星団の形成過程や進化、そして天の川銀河における役割などが明らかにできると期待されています。
また、赤外線や電波による観測は、可視光線では観測できない星間物質の分布や運動を明らかにする上で非常に有効です。
周辺の星間物質の観測から、“バルバ2”がどのような環境で生まれ、どのように進化してきたのか。
さらに、今後どのように進化していくのかを予測する上で、重要な情報が得られると考えられています。
“バルバ2”は、複数の超巨星を含む、天の川銀河の新たな宝石として、私たちに多くの謎と発見をもたらしました。
その発見は、天の川銀河の星形成史や星団の進化、さらには銀河全体の進化を探る上で重要なカギとなる可能性を秘めています。
今後の多様な観測手法による更なる探求により、“バルバ2”の謎が解き明かされ、銀河の進化に関する新たな理解がもたらされることが期待されます。
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