ヒッグス場は宇宙に遍在するエネルギー場で、他の素粒子に質量を与えています。
今回の研究では、このヒッグス場に対し原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こす要因となったのかを調べています。
そこから分かってきたのは、ヒッグス場は不安定な状態にあり、ある日突然、より低いエネルギー状態に遷移する可能性があること。
この相転移が起こると、物理法則が劇的に変化し宇宙は崩壊してしまうかもしれません。
初期宇宙に存在したと考えられている軽い原始ブラックホールは、その高温のためヒッグス場の相転移を引き起こす可能性があることでした。
でも、私たち人類が存在しているということは、このようなブラックホールは存在しなかったか、あるいはヒッグス場が相転移から保護される未知のメカニズムが存在する可能性があるということです。
宇宙は、その誕生から今日に至るまで、膨張を続けながら進化してきました。
星が生まれ、銀河が形成され、そして私たち人類を含む生命が誕生したのも、この広大で複雑な宇宙の進化の過程における出来事です。
そして驚くべきことに、この宇宙の根底を支えている物理法則は、私たちが想像するよりもはるかにシンプルである可能性を秘めています。
物質に質量を与えるヒッグス場、そして極限的な密度を持つ天体であるブラックホール。
一見すると全く無関係に思えるこれらの要素が、実は宇宙の運命を左右する重要なカギを握っているのかもしれません。
ヒッグス場は全ての素粒子に質量を与えている
ヒッグス場は宇宙全体に広がるエネルギーの場で、全ての素粒子に質量を与える役割を担っています。
私たちが物質の存在を認識できるのも、星や銀河、そして私たち生命が存在できるのも、このヒッグス場のおかげと言えます。
ヒッグス場がない状態では、素粒子は質量を持たず、光速で飛び回るだけで原子や分子を構成することもできません。
星や銀河が形成されることもなく、私たち生命も存在しない世界になってしまいます。
ヒッグス場は、池の水面のように宇宙全体にわたって均一な状態だと考えられています。
このことは、宇宙のどこでも物理法則が同じように作用することを意味し、私たちが地球上で観測した物理法則は、遠く離れた銀河でも同様に成り立つと考えることができます。
でも、今回の研究が示唆しているのは、ヒッグス場のエネルギー状態が私たちが考えているほど安定的ではないということ。
物質の固体、液体、気体など、異なる状態(相)が存在するように、ヒッグス場にも複数の状態が存在する可能性があり、現在の宇宙におけるヒッグス場の状態は、真に安定した状態ではなく、より低いエネルギー状態へ遷移する可能性を秘めていると考えることができます。
ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移する真空崩壊
現在のヒッグス場は、“準安定状態”と呼ばれ非常に長い時間安定している状態ですが、永遠に安定している訳ではありません。
外部エネルギー源や量子揺らぎによって、ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移することがあり、この現象は“真空崩壊”と呼ばれています。
真空崩壊が起こると、物理法則が根本的に書き替えられ、私たちの知る物質や力が全く異なるものになってしまう可能性があります。
例えば、電子の質量が変化したり、陽子や中性子を構成するクォーク同士の結合が変化したりする可能性があります。
真空崩壊は、宇宙全体に光速で伝播し、その影響は壊滅的なものになると考えられています。
もし、真空崩壊が起きたとすると、私たち人類を含む生命は、その変化に適応できず滅亡してしまう可能性があります。
誕生直後の宇宙で発生した小さなブラックホール
では、何がヒッグス場の真空崩壊を引き起こすのでしょうか?
その要因の一つとして考えられているのが、原始ブラックホールです。
原始ブラックホールは、宇宙誕生直後の超高温・高密度な時代に、エネルギー密度の大きなゆらぎから生成されたブラックホールです。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。
私たちが普段耳にするブラックホールは、太陽よりもはるかに重い星が、その一生の最期に重力崩壊を起こすことで形成されます。
一方、原始ブラックホールは宇宙誕生後間もない時期に形成されたので、そのサイズは非常に小さく、質量も軽いものが存在すると考えられています。
原始ブラックホールは恒星質量ブラックホールよりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。
理論的に考えられているのは、原始ブラックホールが約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つこと。
でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられています。
ブラックホールが少しずつ質量を失う現象“ホーキング放射”
1974年にスティーヴン・ホーキングが予言した現象がホーキング放射です。
量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”であると表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。
でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。
こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。
“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。
ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達しなければなりませんが、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。
この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。
ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。
ブラックホールの質量が小さいほどホーキング放射は強くなり蒸発速度は速くなります。
ビッグバン直後に誕生した原始ブラックホールの中には、非常に質量が小さいものが存在すると考えられていて、そのような原始ブラックホールは、すでにホーキング放射によって蒸発し終わっている可能性があります。
ヒッグス場を不安定にし真空崩壊を引き起こす引き金となる熱源
原始ブラックホールは、その強大な重力によって周囲の物質を引き寄せ、高温・高密度の状態を作り出します。
さらに、ホーキング放射でも周囲の空間は加熱されるので、原始ブラックホールが蒸発する過程では、周囲の宇宙空間よりもはるかに高温な“ホットスポット”が形成されることになります。
ホットスポットの温度は、ブラックホールの質量が小さいほど高温となります。
このホットスポットこそが、ヒッグス場を不安定にする危険性があると考えられています。
ホットポットのエネルギーはヒッグス場のエネルギー状態に影響を与え、真空崩壊を引き起こす引き金となる可能性があります。
今回の研究によると、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールが現代まで生き残っていたとすると、ヒッグス場はすでに崩壊し宇宙は消滅してしまっているはずです。
でも、私たちは確かにここに存在していて、宇宙もまた、今のところ崩壊していません。
このことは、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールは既に全て蒸発し尽くしていて、現代の宇宙には存在しないことを意味している可能性があります。
言い換えれば、私たち人類が存在していること自体が、原始ブラックホールが現代の宇宙には存在しないことを示す証拠と言えるのかもしれません。
では、今後の研究により、原始ブラックホールの存在が確認されると、宇宙はどうなるのでしょうか?
それは、私たちがまだ知らないヒッグス場を安定化させる未知のメカニズムの存在を意味することになります。
このことは、全く新しい素粒子や力の発見につながる可能性があり、非常にエキサイティングな発見となるはずです。
例えば、超対称性理論や余剰次元理論など、現在の素粒子物理学を超える新しい物理理論が、ヒッグス場の安定性を保証している可能性があります。
これらの理論は、まだ実験的に検証されていませんが、もしこれらの理論が正しいことが証明されれば、宇宙の運命に対する理解は大きく進展することになります。
私たちは、宇宙の最小スケールと最大スケールの両方において、まだ多くの謎を抱えていると言えますね。
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今回の研究では、このヒッグス場に対し原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こす要因となったのかを調べています。
そこから分かってきたのは、ヒッグス場は不安定な状態にあり、ある日突然、より低いエネルギー状態に遷移する可能性があること。
この相転移が起こると、物理法則が劇的に変化し宇宙は崩壊してしまうかもしれません。
初期宇宙に存在したと考えられている軽い原始ブラックホールは、その高温のためヒッグス場の相転移を引き起こす可能性があることでした。
でも、私たち人類が存在しているということは、このようなブラックホールは存在しなかったか、あるいはヒッグス場が相転移から保護される未知のメカニズムが存在する可能性があるということです。
宇宙は、その誕生から今日に至るまで、膨張を続けながら進化してきました。
星が生まれ、銀河が形成され、そして私たち人類を含む生命が誕生したのも、この広大で複雑な宇宙の進化の過程における出来事です。
そして驚くべきことに、この宇宙の根底を支えている物理法則は、私たちが想像するよりもはるかにシンプルである可能性を秘めています。
物質に質量を与えるヒッグス場、そして極限的な密度を持つ天体であるブラックホール。
一見すると全く無関係に思えるこれらの要素が、実は宇宙の運命を左右する重要なカギを握っているのかもしれません。
この研究は、キングス・カレッジ・ロンドンのLouis Hamaideさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、物理学の査読付き科学学術雑誌“Physics Letters B誌”に“Primordial Black Holes Are True Vacuum Nurseries”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2311.01869
本研究の詳細は、物理学の査読付き科学学術雑誌“Physics Letters B誌”に“Primordial Black Holes Are True Vacuum Nurseries”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2311.01869
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたタランチュラ星雲の星形成領域。(Credit: Nasa, ESA, CSA, STScI, Webb ERO) |
ヒッグス場は全ての素粒子に質量を与えている
ヒッグス場は宇宙全体に広がるエネルギーの場で、全ての素粒子に質量を与える役割を担っています。
私たちが物質の存在を認識できるのも、星や銀河、そして私たち生命が存在できるのも、このヒッグス場のおかげと言えます。
ヒッグス場がない状態では、素粒子は質量を持たず、光速で飛び回るだけで原子や分子を構成することもできません。
星や銀河が形成されることもなく、私たち生命も存在しない世界になってしまいます。
ヒッグス場は、池の水面のように宇宙全体にわたって均一な状態だと考えられています。
このことは、宇宙のどこでも物理法則が同じように作用することを意味し、私たちが地球上で観測した物理法則は、遠く離れた銀河でも同様に成り立つと考えることができます。
でも、今回の研究が示唆しているのは、ヒッグス場のエネルギー状態が私たちが考えているほど安定的ではないということ。
物質の固体、液体、気体など、異なる状態(相)が存在するように、ヒッグス場にも複数の状態が存在する可能性があり、現在の宇宙におけるヒッグス場の状態は、真に安定した状態ではなく、より低いエネルギー状態へ遷移する可能性を秘めていると考えることができます。
ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移する真空崩壊
現在のヒッグス場は、“準安定状態”と呼ばれ非常に長い時間安定している状態ですが、永遠に安定している訳ではありません。
外部エネルギー源や量子揺らぎによって、ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移することがあり、この現象は“真空崩壊”と呼ばれています。
真空崩壊が起こると、物理法則が根本的に書き替えられ、私たちの知る物質や力が全く異なるものになってしまう可能性があります。
例えば、電子の質量が変化したり、陽子や中性子を構成するクォーク同士の結合が変化したりする可能性があります。
真空崩壊は、宇宙全体に光速で伝播し、その影響は壊滅的なものになると考えられています。
もし、真空崩壊が起きたとすると、私たち人類を含む生命は、その変化に適応できず滅亡してしまう可能性があります。
誕生直後の宇宙で発生した小さなブラックホール
では、何がヒッグス場の真空崩壊を引き起こすのでしょうか?
その要因の一つとして考えられているのが、原始ブラックホールです。
原始ブラックホールは、宇宙誕生直後の超高温・高密度な時代に、エネルギー密度の大きなゆらぎから生成されたブラックホールです。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。
私たちが普段耳にするブラックホールは、太陽よりもはるかに重い星が、その一生の最期に重力崩壊を起こすことで形成されます。
一方、原始ブラックホールは宇宙誕生後間もない時期に形成されたので、そのサイズは非常に小さく、質量も軽いものが存在すると考えられています。
原始ブラックホールは恒星質量ブラックホールよりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。
理論的に考えられているのは、原始ブラックホールが約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つこと。
でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられています。
ブラックホールが少しずつ質量を失う現象“ホーキング放射”
1974年にスティーヴン・ホーキングが予言した現象がホーキング放射です。
量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”であると表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。
でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。
こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。
“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。
ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達しなければなりませんが、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。
この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。
ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。
ブラックホールの質量が小さいほどホーキング放射は強くなり蒸発速度は速くなります。
ビッグバン直後に誕生した原始ブラックホールの中には、非常に質量が小さいものが存在すると考えられていて、そのような原始ブラックホールは、すでにホーキング放射によって蒸発し終わっている可能性があります。
ヒッグス場を不安定にし真空崩壊を引き起こす引き金となる熱源
原始ブラックホールは、その強大な重力によって周囲の物質を引き寄せ、高温・高密度の状態を作り出します。
さらに、ホーキング放射でも周囲の空間は加熱されるので、原始ブラックホールが蒸発する過程では、周囲の宇宙空間よりもはるかに高温な“ホットスポット”が形成されることになります。
ホットスポットの温度は、ブラックホールの質量が小さいほど高温となります。
このホットスポットこそが、ヒッグス場を不安定にする危険性があると考えられています。
ホットポットのエネルギーはヒッグス場のエネルギー状態に影響を与え、真空崩壊を引き起こす引き金となる可能性があります。
今回の研究によると、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールが現代まで生き残っていたとすると、ヒッグス場はすでに崩壊し宇宙は消滅してしまっているはずです。
でも、私たちは確かにここに存在していて、宇宙もまた、今のところ崩壊していません。
このことは、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールは既に全て蒸発し尽くしていて、現代の宇宙には存在しないことを意味している可能性があります。
言い換えれば、私たち人類が存在していること自体が、原始ブラックホールが現代の宇宙には存在しないことを示す証拠と言えるのかもしれません。
では、今後の研究により、原始ブラックホールの存在が確認されると、宇宙はどうなるのでしょうか?
それは、私たちがまだ知らないヒッグス場を安定化させる未知のメカニズムの存在を意味することになります。
このことは、全く新しい素粒子や力の発見につながる可能性があり、非常にエキサイティングな発見となるはずです。
例えば、超対称性理論や余剰次元理論など、現在の素粒子物理学を超える新しい物理理論が、ヒッグス場の安定性を保証している可能性があります。
これらの理論は、まだ実験的に検証されていませんが、もしこれらの理論が正しいことが証明されれば、宇宙の運命に対する理解は大きく進展することになります。
私たちは、宇宙の最小スケールと最大スケールの両方において、まだ多くの謎を抱えていると言えますね。
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