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小さなブラックホールの連星を利用して、これまで検出できなかった巨大なブラックホールの連星を見つける方法

2024年08月19日 | ブラックホール
近年の重力波天文学の急速な進歩は、宇宙に対する私たちの理解に革命をもたらし、特に恒星質量ブラックホール連星の合体から生じる重力波の検出を可能としました。

でも、銀河の中心に潜む超大質量ブラックホール連星の検出は、依然として大きな課題となっています。

今回の研究では、近傍の小さな(恒星質量)ブラックホールの連星から放出される重力波を分析することで、銀河の中心に位置する大きな(超大質量)ブラックホールの連星を検出する新しい方法を提案しています。

銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールの起源は、天文学における最大の謎の一つと言えます。
それらは、常に大質量であった可能性があり、宇宙がまだ非常に若い時に形成された可能性があります。
あるいは、物質の降着や他のブラックホールとの合体により、時間の経過とともに成長した可能性もあります。

超大質量ブラックホールが他の超大質量ブラックホールと合体を起こすときには重力波を放出します。
これは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”として知られています。

ただ、現在の重力波望遠鏡では、超大質量ブラックホールの連星から放出される非常に低い周波数の重力波を検出することはできません。
でも、これら超大質量ブラックホールの連星は、恒星質量ブラックホールの連星から放出される重力波に、検出可能な変化を引き起こすんですねー

そこで、本研究ではデシヘルツ重力波検出器を使った新しいアプローチを提案。
近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される信号の小さな変調を検出することで、これまで隠されていた超大質量ブラックホール連星を、非常に遠い距離にあっても間接的に特定可能にしています。

この方法は、将来の重力波望遠鏡で使用されるので、宇宙で最も重いブラックホールのいくつかについて、新しい知見が得られるはずです。
この研究は、チューリッヒ大学の元学生たちを中心とする天体物理学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に“Imprints of massive black-hole binaries on neighbouring decihertz gravitational-wave sources”として掲載されました。DOI:10.1038 / s41550-024-02338-0
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)


比較的ゆっくりとした低い周波数の重力波を検出する

超大質量ブラックホールは、銀河の進化と構造を形成する上で極めて重要な役割を果たすと考えられています。

銀河同士の合体の際に形成されるのが、超大質量ブラックホールの連星です。
この二つの巨大なブラックホールは、重力波の形でエネルギーを放射しながら、互いの周りを螺旋状に回転し、最終的には壮大な合体に至ります。
このプロセスでは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”を放出することになります。

2015年以降、アメリカの“LIGO”や欧州重力波観測所の“Virgo”といった重力波望遠鏡の観測によって、ブラックホール同士の合体などに伴って放出されたとみられる重力波が、何度も検出されてきました。
ただ、検出された重力波は、比較的軽い恒星質量ブラックホール同士によるものでした。

超大質量ブラックホール同士の連星が合体する前に放出されるような低い周波数の重力波は、地球上の検出器ではとらえることができないんですねー

それは、地上の重力波望遠鏡がターゲットにしているのは、互いの周りを回るような激しい公転天体からの1秒間に数十回から数千回もの重力波だからです。
これらの重力波望遠鏡は、10Hz~10kHzの周波数帯で重力波を検出する設計になっています。

一方で、極めて接近した白色矮星同士の連星や、超大質量ブラックホール同士の連星が合体した場合に発生する重力波だと、発生する重力波の周波数は0.0001~1Hzという比較的ゆっくりとした低い周波数(ナノヘルツ帯域)になります。

このようなゆっくりとした重力波は、地震波のような地面の振動の周波数に近くなります。
そう、地面の振動の周波数に埋もれてしまい、地上の重力波望遠鏡で観測することが非常に難しくなる訳です。

それでも、回転するパルサー(中性子星の一種)が放出したパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ帯域の重力波を検出することができます。
これは、パルサータイミングアレイと呼ばれ、宇宙のあらゆる方向から伝わる多数の超大質量ブラックホールからの信号が含まれる重力波“背景重力波(Gravitational Wave Background)”を検出できる可能性を秘めています。
でも、この方法だと個々の超大質量ブラックホールを識別することができません。

たとえば、ヨーロッパ宇宙機関は2035年の打ち上げを目指して、宇宙重力波望遠鏡“LISA(Laser Interferometer Space Antenna:レーザー干渉計宇宙アンテナ)”の開発を進めています。

“LISA”では3つの衛星が連携し、衛星間でレーザー光を往復させることで干渉計として機能させます。
約250キロの基線長を実現できるので、1mHz(ミリヘルツ)以下の周波数帯で重力波を検出できる感度を持たせるようです。

なので、“LISA”を用いることができれば、超大質量ブラックホール同士の合体に伴う重力波の検出が期待できます。


恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波の変調

今回の研究では、新しいアプローチにより超大質量ブラックホール連星により放出された重力波の検出に挑んでいます。

このアプローチで用いるのは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波。
この重力波に残された超大質量ブラックホール連星による微妙な痕跡を、分析により明らかにするものです。

アインシュタインの一般相対性理論によると、重力は時空の曲率として現れ、重力波は時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”になります。
質量が非常に大きい天体は、時空に大きな歪みを生み出し、それが重力波として伝搬します。
質量が小さい天体も重力波を放出しますが、その影響は小さくなります。

超大質量ブラックホール連星の質量は、恒星質量ブラックホール連星と比較して非常に大きなものです。
そのため、超大質量ブラックホール連星による重力波は通過する他の重力波、この場合は近傍の星間質量ブラックホールの連星から放出される重力波に影響を与える可能性があります。

この影響は、恒星質量ブラックホール連星の重力波信号の周波数が時間の経過とともに変調される形で現れます。
言い換えれば、超大質量ブラックホール連星による重力波は、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に微妙な痕跡を残すことになります。

この現象を理解するために、超大質量ブラックホール連星による重力波を、情報を運ぶ搬送波として機能するラジオ波に例えることができます。
恒星質量ブラックホール連星による重力波は、搬送波の周波数変調に類似した方法で変調され、超大質量ブラックホールに関する貴重な情報が埋め込まれることになります。

恒星質量ブラックホール連星の重力波信号に含まれるこれらの小さな周波数変調を検出し分析することで、他の方法では検出できない超大質量ブラックホールの存在、質量、距離を推測することができます。


重力波変調の仕組みと分かること

この方法は、超大質量ブラックホール連星によって生成される、変調された重力波信号の独自の特性に依存することになります。
それでは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される重力波に、超大質量ブラックホール連星による重力波はどのように影響を与えるのでしょうか。

超大質量ブラックホール連星による重力波は、星間質量ブラックホール連星からの重力波信号を通過するにつれ、その周波数を時間的に変調させます。
この変調は、超大質量ブラックホールの質量と連星までの距離によって異なります。

最低次では、超大質量ブラックホール連星による重力波は、正弦波として記述できる単色の変調を引き起こします。
この変調は、超大質量ブラックホール連星による重力場の周期的な性質を反映しています。

恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に含まれるこれらの変調を分析することで、超大質量ブラックホール連星の性質に関する貴重な洞察を得ることができます。
変調の周波数から超大質量ブラックホール連星の軌道周期を、変調の振幅から超大質量ブラックホールの質量と距離を推定することができます。

この新しい方法には、これまでの超大質量ブラックホールの検出方法と比較して、いくつかの利点があります。

恒星質量ブラックホール連星が放出する重力波は、超大質量ブラックホール連星による重力波よりも周波数が高いので、運用されている機器を用いて検出することが容易で、感度も向上します。
これは、デシヘルツ帯域の検出器がパルサータイミングアレイよりも最大2桁高い感度で、超大質量ブラックホールによる重力波の変調を検出できる可能性があることを意味します。

また、この方法を用いることで、個々の超大質量ブラックホール連星からの信号を識別することができるので、質量や距離、軌道パラメータなどの特性を正確に測定できます。
このことは、超大質量ブラックホールの形成や進化に関する貴重な情報を得るために、非常に重要なことです。

さらに、この方法はパルサータイミングアレイや次世代の宇宙重力波望遠鏡“LISA”など、他の方法では検出できない可能性のある太陽質量の1000万倍から1億倍といった、より重い超大質量ブラックホールの集団を検出できる可能性を秘めています。
これは、宇宙における超大質量ブラックホールの質量分布に関する私たちの理解を、大きく前進させる可能性があります。

また、この方法は異なる連星形成チャネルの区別にも使用できます。
例えば、変調された連星の観測は銀河核内での形成を示唆し、そのような検出が無ければ、銀河中心から発生する連星合体の速度に厳しい上限を設けることになります。


実現に向けた課題と将来の展望

この新しい方法は、超大質量ブラックホールを研究するための前例のない機会を手共してくれますが、考慮すべき課題もあります。

この方法では、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に刻まれた小さな周波数変調を検出できる、非常に感度の高い重力波検出器が必要となります。
この目的のために“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー(BBO)”などのデシヘルツ帯域で動作する次世代検出器が提案されていて、大きな期待が寄せられています。
これらの検出器は、高度な技術によるノイズ低減を採用して、必要な感度を達成することを目指しています。

また、近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波信号から超大質量ブラックホール連星による変調を抽出するには、高度なデータ解析技術も必要となります。
ノイズや他の天体物理学的信号から目的の小さな変調を分離するには、洗練されたアルゴリズムと、多くの場合に膨大な量の計算リソースを必要とします。

さらに、恒星質量ブラックホール連星の形成率と超大質量ブラックホール連星までの距離は、検出可能な変調の数を決定する上で重要な要素となります。
連星形成チャネルに関する現在の不確実性は、正確な予測を行う上で課題となります。

これらの課題があるにもかかわらず、この新しい方法の潜在的な利点は計り知れません。
デシヘルツ重力波天文学の進歩、特に“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー”などで提案されている検出器の実現により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの集団を深く理解するための貴重なツールとなるはずです。

超大質量ブラックホールといった巨大な天体の形成、成長、進化に関する新しい洞察を提供し、銀河の形成と進化におけるそれらの役割を明らかにすると期待されています。

さらに、超大質量ブラックホールからの重力波信号の正確な測定は、強い重力場におけるアインシュタインの一般相対性理論を検証し、宇宙論モデルを制約するためのユニークな機会を提供します。

近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波を使用して、超大質量ブラックホール連星を検出するという革新的な方法は、重力波天文学における画期的な進歩です。

この方法は、これまでアクセスできなかった超大質量ブラックホールの領域を探求し、宇宙の最も基本的な側面に対する私たちの理解に革命を起こす可能性を秘めています。

次世代の重力波検出器と高度なデータ解析技術の開発により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの謎を解き明かすためのカギとなるはずです。


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