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ジャイアント・インパクトは月の温度を数百度上げる程度だった!? 月の半径変化史や火山活動史を数値モデルで再現して分かったこと

2023年11月10日 | 月の探査
これまでの数値シミュレーションでは、実際に過去に起きた月の大きさの変化(半径変化)や、火山活動との整合性が取れていませんでした。

今回の研究では、新たに構築した月内部の“2次元円環モデル”で初めて整合性をとることに成功。

この成果は、東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系の于賢洋大学院生、小河正基准教授(研究当時)、愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センターの亀山真典教授たちの共同研究チームによるもの。
詳細は、惑星科学の全般を扱う学術誌“Journal of Geophysical Research: Planets”に掲載されています。

過去に起きた月の膨張と火山活動

月は誕生してから膨張を続け、約38億年前にピークに達し、その後に収縮したことが明らかにされています(半径変化史)。

また、この膨張のピークの頃の月は、“月の海”における火山活動が活発だった時期でもあり、その後15億年~20億年程度、この火山活動は継続したことが示されています(火山活動史)。

それでは、初期の頃の月内部の温度や物質は、どのような状態だったのでしょうか?
その状態から、どのような進化を経て現在のような姿になったのでしょうか?

これらを理解するには、月内部の歴史を数値計算で再現することが有効な手段になります。
観測によって示された月の半径変化・火山活動史。マグマの噴出頻度データは、Whitten & Head (2015), Icarusより引用されたもの。(出所:東大Webサイト)
観測によって示された月の半径変化・火山活動史。マグマの噴出頻度データは、Whitten & Head (2015), Icarusより引用されたもの。(出所:東大Webサイト)
ただ、これまでの数値シミュレーションでは、これらの観測事実(変形変化史と火山活動史)を同時に示すことができていなかったんですねー

古典的な月内部進化モデルでは、約45億年前の月は内部が冷たく、その後放射性元素の発熱により温められていて、月の初期膨張や火山活動の歴史は自然に説明できると思われていました。

でも、そのような低温の初期状態は、現在の月形成過程として広く支持されているジャイアント・インパクト説(月形成の原因となった巨大衝突)や、そこから予想されているマントル・オーバーターン(マントルの層構造の反転現象)と整合的でないという大きな課題がありました。

ジャイアント・インパクト説では、形成直後の月内部は高温であり大部分が溶けていたと考えられています。
でも、このような状態から出発した場合、初期の半径膨張を説明することができませんでした。

同様に初期の火山活動史についても、最初の数億年間はあまり活発でなかったことを説明できていません。

ジャイアント・インパクトは月の温度を数百度上げた程度だった

今回の研究では、火成活動(マグマの生成・移動の効果)をマントル対流モデルに反映させた月内部の2次元円環モデルを新たに構築。
これにより、半径変化史や火山活動史を整合的に示すことができるのかを調べています。

その結果、約45億年前の月内部の大部分が固体だった場合、マグマが深部で生成され、その後上昇することで火山活動が活発化するこや、マグマの生成に伴う体積膨張によって、月全体の半径膨張が引き起こされることが判明しました。
約37億年前の月内部の温度、マグマ量(上)とマントル組成(下)。(出所:東大Webサイト)
約37億年前の月内部の温度、マグマ量(上)とマントル組成(下)。(出所:東大Webサイト)
月の深部で生成したマグマの大部分は部分溶融し、地球のマントルで見られるプルームのようなものとして月表面に向かって上昇することで、火山活動や半径膨張を引き起こします。

その後、マグマの冷却に伴う固化により半径は収縮し、部分溶融したプルームの上昇も鈍化。
このようなプルームの上昇は、その後数十億年間継続することが分かっています。

そして、数値計算による月内部の歴史は、観測事実で示されているような火山活動史や半径変化史と整合的であることが確認されました。
月内部進化の概略図。(出所:東大Webサイト)
月内部進化の概略図。(出所:東大Webサイト)
数値計算で描かれた月初期の状態は、月の形成過程と進化過程を結び付ける上で意義深いことになります。

例えば、今回の研究で示された計算開始時の温度分布は、ジャイアント・インパクト後の月深部は大部分が溶けてしまうほど高温であったという説よりも、むしろ衝突前から数百度温度が上がった程度に留まるという説を支持している可能性があります。

今回の研究によって、火山活動史や半径変化史を説明することはできました。
でも、月の表側・裏側で地殻の厚さが異なる二分性、月の磁場を生み出すコア・ダイナモなど、いくつかの月の特徴的な性質は、2次元の数値モデルで説明するには困難なものになるそうです。

そのため、今回のモデルを発展させ、3次元球殻を用いたより一層現実的な形状での月進化モデリングが必要なようです。
数値計算による月内部の変化。この画像中の[1]~[5]の時代は、画像の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算による月内部の変化。この画像中の[1]~[5]の時代は、画像の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算によって示された月の半径変化。画像中の[1]~[5]の時代は、画像4の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算によって示された月の半径変化。画像中の[1]~[5]の時代は、画像4の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)


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1 コメント

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マルテンサイト千年ものづくりイノベーション (サムライグローバル鉄の道)
2024-08-17 21:34:34
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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