地震活動から見えてくる月の内部構造
火山やプレート運動などは存在せず、地質学的には死んだ天体のように見える地球唯一の衛星。その“月”の内部構造は惑星科学における長年の謎になっているんですねー
20世紀前半までは、月の内部は地球のような層ごとに分かれた構造をしているのか、それとも火星の衛星フォボスやダイモスのように均質な構造をしているのかも分かっていませんでした。
この謎に大きな進展があったのは、NASAのアポロ計画によって月面に地震計が設置されてからでした。
地震波の性質(速度、屈折角、減衰の度合いなど)は、通過する物質の性質(密度、温度、固体か液体かなど)によって変化することが知られていて、地球の内部構造は地震波の観測を通して推定されています。
月にも“月震”と呼ばれる地震活動があることが地震計の設置により判明したので、測定された地震波のデータを元に月の内部構造を推定することができます。
月の地震“月震”は、地球の重力が生み出す潮汐力の影響で月がたわんで発生していると考えられている。
これにより明らかになってきたのが、月には地球と同じような層状の内部構造があるらしいこと…ただ、月震の規模や頻度は地球と比べて低いことに加え、月面に設置された地震計の数が少ないので、地球のように詳細な構造を探るにはデータが不足していました。
月には中心部に半径約330キロの金属核“コア”がある
アポロ計画から半世紀以上経った現在では、アポロ計画以外にも地震計が設置されていて、データの量も豊富になってきました。ただ、今度はその膨大なデータの解釈に悩まされることになっていきます。
このような背景もあり、月の内部に関する研究に大きな進展が見られたのは、つい最近のことでした。
2011年になり、月には中心部に半径約330キロの金属核“コア”があることや、少なくともその一部は液体であること、マントルと核の境界部には部分的に溶けた柔らかい層(半径約480キロ)があることが明らかにされました。
でも、それ以上の明確な構造は引き続き不明のままでした。
特に、月の中心部には半径250キロの個体金属核が存在するという予測も出されましたが、この時点では決定的ではありませんでした。
この理由は、核の半径が月そのものの半径の約20%と極めて小さく、それだけ通過する地震波が少ないためでした。
地球など岩石惑星の多くは約50%あります。
今回の研究で、月の核は固体と液体に分離していることが明らかにされた。また、核とマントルの境界部の組成や物質は、過去の月で起きたマントル転倒の強力な証拠になるとしている。(Credit: Géoazur/Nicolas Sarter) |
月の核はほぼ純粋な金属でできている
今回、コート・ダジュール大学のArthur Briaudさんたちの研究チームが発表したのは、「月の核の謎について決定的な答えを得た」というものでした。研究チームは、これまでに取得された地震波のデータの再分析に加え、月の形状の厳密なデータや月内部の熱対流のモデルも使用して、月の内部構造に関する分析を行っています。
その結果、明らかになったのは、月の中心部には個体の核が存在する可能性が高いこと。
地球の中心部には液体の外核と固体の内核が存在することが明らかになっていますが、月の核も地球と同じような構造をしていることになります。
ただ、月の内核の半径は約258±40キロであり、これは内核の半径が月の半径のわずか15%しかないことを意味していました。
また、推定された平均密度は7.822±1.615グラム/立方センチメートル。
これは、月の核はほぼ純粋な金属でできているという、これまでの予測と一致することになります。
なぜ月の表側と裏側では岩石や元素の種類が大きく異なるのか
さらに、今回の研究では、外核の外側を覆う部分的に溶けたマントル下部について、鉄とチタンの鉱物(Ilmenite)が豊富に含まれていることも示されました。研究チームでは、これは月の内部に関する別の重大な謎である“マントル転倒(Mantle overturn)”の強力な証拠であると考えています。
月には、表側と裏側で岩石や元素の種類が大きく異なるという謎があります。
特に、月の模様として観察される黒っぽい玄武岩が主体の“海”は、月が誕生してから10億年程度が経った時点でマグマが供給されたことを示唆しています。
ただ、マグマが供給されるには熱源が必要になるんですねー
でも、どうやって月の誕生後これほど遅いタイミングで大規模な熱源が発生したのでしょうか?
このような熱源の発生を説明するメカニズムとして1995年に提唱されたのがマントル転倒でした。
マントル転倒では、月が誕生後に冷えて固まっていくに従い、マントルの上部で鉄やチタンなどの重い元素を含む鉱物が先に結晶化し、マントルの下部にはマグネシウムなどの軽い元素が集中するようになったと考えています。
この場合、重い物質が軽い物質の上に乗っていることになるので、やがてマントル全体のバランスが不安定になり、重い物質は“転倒して”沈み込むことになります。
すると、重い物質が沈み込んだ際の重力エネルギーと、重い元素の中に含まれる放射性物質の崩壊熱が組み合わさることで、核の外側で再加熱が発生。
発生した熱は対流を引き起こし、マントルの物質と熱を上部へと運び上げ、鉄などの重い元素を含む玄武岩マグマを月の表面に噴出させることになります。
これが現在、月の表側にある海になったと考えられています。
マントル転倒が起きた結果、鉄やチタンなどの重い元素を含む鉱物は核の近くへと沈み込むことになるわけです。
今回の研究結果は、マントル転倒の強力な証拠になる重い元素の沈み込みに対応する状態をまさに示していて、内核の発見とともに重要な成果といえます。
示された月の内部構造モデルは、月の磁場が予測より弱すぎることなど、他にも山積みになっている月の謎の解明にも影響を与えることになりそうです。
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