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銀河の集団が作る大規模構造はどうやってできたの? この謎に挑むJAXAのX線分光撮像衛星“XRISM”はH-IIAロケットで打ち上げ

2023年08月24日 | 宇宙 space
延期されていたJAXAのX線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”の打ち上げ予定日が、2023年9月7日(木)午前8時42分11秒(日本標準時)に決定したことがJAXAならびに三菱重工業から発表されました。

X線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”は、H-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)により、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に打ち上げられました。
ロケットは計画通り飛行し、“XRISM”は打ち上げから約14分09秒後、“SLIM”は約47分33秒後にロケットから正常に分離されたことが確認されました。


発射場は種子島宇宙センターの大型ロケット発射場で、H-IIAロケット47号機に搭載され打ち上げられます(打ち上げ予定時刻は日本時間の午前9時34分57秒)。

打ち上げ予備期間としては、8月27日~9月15日までが予定されていて、予備期間中の打ち上げ時刻は打ち上げ日ごとに設定されます。

当初、“XRISM”と“SLIM”の打ち上げは2023年度初めに予定されていました。
ただ、2023年3月に発生したH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗の原因が、H-IIAロケットにも潜んでいる可能性があったんですねー
その調査の必要性から、新たな月軌道投入可能期間になる2023年8月以降に延期されていました。

この間、H3ロケットの打ち上げ失敗原因の調査も進展。
H-IIAとは9つの共通要因があったのですが、それぞれに対策が施され、問題を排除できたこともあり、打ち上げが決定されることになりました。
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)

小型月着陸実証機“SLIM”

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目指す月面探査機です。

将来の太陽系科学探査を見据えて、リソース制約の厳しい惑星への着陸や、より高性能な観測装置搭載のための軽量化の実現を目指しています。
小型月着陸実証機“SLIM”(Credit: JAXA)
小型月着陸実証機“SLIM”(Credit: JAXA)
“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”とは、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究し、それを小型探査機により月面で実証する計画です。

月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下しますが、着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用。
月面の“神酒の海”の近くを着陸目標としていて、精度100メートル以内での着陸を目指しています。

垂直姿勢で接地する従来の探査機では、傾斜が大きな斜面などには着陸できませんでした。
でも、水平姿勢で接地する“SLIM”は斜面への着陸にも対応できるので、科学的に興味深い“着陸したい場所”への高精度着陸の実現に貢献することが期待されています。
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
目指しているのは、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずです。

昨今、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になっているので、探査対象の付近への高精度着陸が必要になっています。

さらに、将来の太陽系科学探査で必要になるのが、より高性能な観測装置の搭載。
その時のために探査機システムを軽量化し、その分を観測装置にリソース配分ができるよう、探査機の軽量化は欠かせないんですねー

“SLIM”では、ピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目標とし、将来の月惑星探査に貢献することを目指しています。

なお、“SLIM”には“LEV(Lunar Excursion Vehicle)”と呼ばれる2機の小型ローバーも搭載されます。

中央大学、東京農工大学、和歌山大学などが開発に参加した“LEV-1”は、月面でジャンプして移動することや、地球との直接通信を目指しています。

一方の“LEV-2”は、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が開発に参加した小型ローバー、“SORA-Q”の愛称でも知られています。
野球ボールほどの大きさの球体が月面に着地した後に変形し、“クロール走行”と“バタフライ走行”という、2つの走行モードで月面を走行する予定です。

“LEV-1”と“LEV-2”は、“SLIM”から着陸直前に分離され、月面到達後は画像の取得と、地球へのデータ送信を連携して行う予定です。

X線分光撮像衛星“XRISM”

X線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”が失われてから、JAXAは徹底した原因究明を実施。
不具合の直接の要因とその背後にある要因を調べ上げ、再発防止のための対策を行ってきました。
2016年2月に打ち上げられたX線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”は、同年3月に通信不能になり、4月に運用が断念された。
この再発防止策に基づいて計画されたプロジェクトが、X線分光撮像衛星“XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)”です。

“XRISM”は、“ひとみ(ASTRO-H)”の成果や研究の進展をもとに、NASAやヨーロッパ宇宙機関の協力のもと2018年に開始された、JAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画です。

“XRISM”に搭載されているのは、広い視野を持つX線撮像器と極超低温に冷やされたX線分光器です。
これらを使って、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”に含まれる元素やその速さを観測し、星や銀河、銀河の集団が作る大規模構造の成り立ちを、これまでにない詳しさで明らかにします。

“ひとみ(ASTRO-H)”が目指していた科学成果を早期に回復し、世界に届けることを目指しています。

“XRISM”が挑む宇宙の謎

“XRISM”は、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”を観測して、それらが作る宇宙の大規模構造の成り立ちや、天体間を行き交う元素とエネルギーの流れを、これまでにない詳しさで明らかにします。

天の川やアンドロメダなどの“銀河”は、太陽のような星の集団です。
ひとつの銀河には、およそ1000億もの星が含まれています。
また、銀河は宇宙全体で数千億個もあり、数百から数千の銀河が集まって一つ一つの銀河団を形成しています。

そして、銀河団は観測できる天体としては宇宙最大規模のもの。
物質が作る宇宙の全体像を知るのに最も適した天体といえます。

銀河は時に“島宇宙”とも呼ばれます。
それは、銀河が島のように宇宙に広く点在するからです。

人間の目に見える光(可視光)で宇宙を見ると、島の間に何もないように見えます。
でも、X線で見て分かるのは、あたかも“島”を浮かべる“海”のように、数千万度の高温プラズマが銀河の間に広がる様子です。

プラズマとは、原子を構成する電子の一部が、高温のため原子核から離れてしまった電離ガスのこと。
銀河団の高温プラズマは、電磁波で直接観測できる銀河団物資の8割以上の質量を占め、銀河の中を流れるプラズマとも行き来があります。
そう、銀河や銀河団の作られ方を知るには、銀河団を満たす“海”である高温プラズマのX線観測が重要になるわけです。

地上の川や海、雲や雨のように、プラズマは、星や銀河、銀河団の間を循環しています。
なので、プラズマを観測することは、宇宙の物質やエネルギーの流れを知る上でとても重要になります。

“XRISM”には、高温プラズマからのX線を観測し、それに含まれる物質の種類(元素)、温度、密度、速度を、これまでとは桁違いの精度で測定する超高分解能X線分光撮像機(X線マイクロカロリメータ)が搭載されています。

この能力を持って“XRISM”は壮大な宇宙の謎に挑むことになります。

宇宙の大規模構造“銀河団”はどうやってできたのか

宇宙最大の天体である銀河団は、数千万度の高温プラズマで満ちています。

高温プラズマ中の電子や陽子は速度が大きく飛び散りやすいので、これを銀河団内に引き留めるには強大な重力が必要になります。
この重力の担い手が、正体不明のダークマター(暗黒物質)です。
ダークマター(暗黒物質)が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度にあった。銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できている。でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かってくる。そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まりになっている。
ダークマターは単にプラズマを引き留めるだけでなく、銀河団の周囲にある物質も引き付け、銀河団をさらに大きな天体に成長させ続けます。

ダークマターは電磁波を出さないので、直接観測することはできません。
でも、X線を使って高温プラズマを観測することで、間接的にその分布や動きを推定することができます。

“XRISM”のX線分光撮像器を使えば、これまでの装置では分からなかったプラズマの速度を知ることができます。
これによって、ダイナミックに成長する銀河団の設計図を明らかにしていきます。

銀河団の構造は、基本的に最も大きな質量を占める暗黒物質が作り出す重力場と、高温プラズマ圧力との静的なバランスによって成り立っているように見えます。

これは物理的には奇妙なことなんですねー
なぜなら、膨大な高温プラズマといえども、X線放射を出しながら次第に冷めていくはずです。

冷めれば、圧力が下がり中心部の密度が高くなっていきます。
密度が高くなると、さらに放射効率が上がり温度が下がる正のフィードバックが働くことに…
密度の高い中心部は、1~10億年程度で自分の重力でつぶれてしまうはずです。

でも、実際には銀河団は100億年のスケールで安定していて、崩壊の兆しは見られません。

それでは、何者かが放射によるエネルギー流出を補填し、崩壊を止めているのでしょうか?

その候補として、
周辺の冷却されていないプラズマからの熱伝導
高温プラズマ中を運動する銀河からのエネルギー供給
中央部にある大きな銀河に含まれる超大質量ブラックホール(活動銀河核)から吹き出す光速のプラズマ流による加熱
などが議論されてきました。

最初の候補は温度分布の精密な測定、後の2つは銀河周辺の高温プラズマの運動の様子が手掛かりになるはずです。

“XRISM”が搭載する超高分解能X線分光装置は、元素輝線の精密な測定によって、熱運動の速度の数分の1に至る精度で、プラズマの温度や元素の速度を測る能力を持っています。

もし、期待されるような過熱を引き起こすような運動が存在すれば、必ず検出し、銀河団の構造形成を巡る長きにわたる論争を決着させることができるわけです。

それは、より根本的な暗黒物質の分布や運動を通じて、その正体を解明することにつながるはずです。

宇宙の元素はどうやって作られてきたのか

宇宙が生まれてから最初の数億年間は、元素がたったの3種類しか存在しない、実に味気の無い時代が続きました。

私たちの体を作るのに欠かせない炭素や酸素、文明を支える鉄などの金属は、いずれも宇宙の誕生から数億年以上後で生まれた星の中で生成されていきます。

これらの元素は、やがて星の爆発によって銀河の中や外へと撒き散らされ、次の世代のより芳醇な惑星や生命を含む、味わいのある宇宙作っていくことに… この歴史を宇宙の化学進化といいます。

“XRISM”のX線分光撮像機は、これらの元素からの特徴的なX線を、これまでにない感度で観測し、さらに宇宙空間に広がっていく速度も測定。
宇宙の元素がもたらす“味わい”の作られ方“レシピ”を調べます。

銀河団の高温プラズマには、宇宙史的な規模での元素合成の歴史が刻まれています。

恒星や超新星で作られた元素は、星間空間を経て、水素を主とする銀河間プラズマを少しずつ酸素や窒素、金属元素などで豊饒さを増していきます。

さらに、恒星や超新星の種類によって、作られる元素の組成パターンは異なってきます。
なので、それぞれの残した組成パターンを詳しく調べることで、数十億年にわたる元素合成の歴史と、それを生み出した恒星や超新星の歴史を知ることができます。

もちろん、これらの基本になるのは、私たちの住む天の川銀河や、近傍の銀河で見られる超新星爆発の様子から得られた知見になります。

“SRISM”は、銀河系に数多く残されている超新星の痕(残骸)を、その優れた分解能でX線分光することによって、これまで見過ごされてきた微量の元素の割合や、それらの拡散の様子を、これまでにない精度で測定できるので、元素合成の知見も大幅に深まるはずです。

地上の川や海そして大気が地球の物質循環を担うように、高温プラズマは宇宙の物質循環の場になっています。

惑星や大気、生命を作っている重要な元素… 酸素や窒素、ケイ素、様々な金属はすべて、恒星やその終末における超新星などで作られてきました。

星で作られた物質は、星間空間に広がり、新たな恒星や惑星の材料として再利用されるほか、銀河間空間の高温プラズマにも広がっていきます。

そして、この高温プラズマは、川や海、大気と同じように、島から海へと流れだし、再び島へと降り積もることになります。

様々な物質とともに、ダイナミックに運動しています。

コンパクト天体の周りのプラズマの構造

宇宙には、どんなに高性能の望遠鏡を使っても、絶対に覗けない領域があります。

一つは、宇宙の膨張によって私たちから遠ざかる方向へと飛び去って行き、決して追いつくことのできない遠い宇宙。
そして、もう一つが、ブラックホールの中です。

ブラックホールのそばでは、強い重力によって時空が引き伸ばされ、元素から出るX線も、その波長が長くなってしまいます。

“XRISM”のX線分光撮像機は、このX線を精密に測定し、物質が時空の果てに吸い込まれる様子や、ブラックホールの活動によってエネルギーが放出される様子を詳しく調べます。

ブラックホールや中性子星、白色矮星といった恒星が死を迎えた後に残される“コンパクト天体”は、しばしば周囲に非常に強い重力場に引き寄せられ渦巻くプラズマを伴っています。

これは降着円盤あるいは降着流と呼ばれ、一般相対論が支配する重力場における時空構造を観測する天然のプローブ(探査子)です。

このプラズマは強いX線源になるので、これまでもX線天文学において熱心に研究が進められてきました。

その大きな成果が、“あすか”によって発見された、光速近くの速度で回転する降着円盤からの鉄元素からの輝線スペクトルでした。

そのスペクトルには、ブラックホールが起こす重力赤方偏移による歪が見られ、降着円盤が実際に時空構造のプローブとして有効であることが示されました。

でも、その後の研究によって、これらのプラズマ流は、当初考えられていたような単純な円盤ではなく、密度や温度が異なる様々なプラズマの構造を持ち、それらが時間的に状態遷移をしていることが分かってきました。

降着円盤を時空構造のプローブとして、さらに研究を進めるには、それぞれの成分が錯綜するX線スペクトルを超高分解能X線分光によって仕分け、時間変化を含めて観測することが重要になります。

先代のX線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”の喪失や、H3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗などの問題を乗り越えて、宇宙の謎に挑むX線分光撮像衛星“XRISM”。
運用の開始が楽しみですね。


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