私たちが住む宇宙は物質に満ちていて、反物質はほとんど存在しません。
このことは何を示しているのでしょうか?
それは、宇宙の初期段階では物質の方が反物質よりも多く生成された時代があった可能性です。
でも、人類はこの非対称性を理論的にも、実験的にも説明することには成功していないんですねー
そもそも、本当にそんな時代があったのかどうかも分かっていません。
今回の研究で示しているのは、宇宙に存在する銀河の配置をもとに、宇宙の初期段階にそのような時代があった可能性です。
この宇宙における物質の生成という非常に根源的な対象に切り込んだ研究として、今回の成果は重要なものと言えます。
その一方で、投げる方向を変えても放物線は変化しません。
右に投げても左に投げても、ボールの描く軌道は同じです。
現代の物理学には、宇宙のどこにいても同じ物理法則が適用されるという根本的な概念があります。
この概念は“パリティ対称性(P対称性)”と呼ばれています。
それは、この宇宙には物質が存在する一方で、一部の性質が反転している反物質はほとんど存在していないからです。
宇宙が誕生してからある程度の時間が経った段階で、宇宙を満たすエネルギーから物質と反物質が生成されたと考えられています。
理論的にも実験的にも知られているのは、物質と反物質は必ず同じ数がペアとして生成される“対生成”の関係にあること。
ところが、物質と反物質が同じ数だけ生成されるとした場合、物質と反物質はすぐさま出会ってエネルギーに戻る“対消滅”を経験し、宇宙には物質も反物質も残らないことになります。
現在のように宇宙が物質に満ちるためには、何らかの理由で物質の方が反物質よりも多く作られ、対消滅をせずに残る現象が起こったはずです。
これを“バリオン数生成”と呼び、パリティ対称性が破れている(パリティ対称性に反する)現象になります。
それでは、パリティ対称性が破れている状況は、どのようにして起こるのでしょうか?
このことは、今の物理学の理論では説明が付いていないので、解決にはまだまだ時間が掛かりそうです。
これに対し、物質と反物質の非対称性を説明するには、もっと長い伝達距離でパリティ対称性が破れている必要があります。
でも、今までその証拠は見つかっていませんでした。
そこで、研究チームがとったのは、宇宙における銀河の配置からパリティ対称性が破れている証拠を見つけるという、一風変わったアプローチでした。
この手法には“銀河4点相関関数(galaxy four-point correlation function)”という難しい名前が付いていますが、基本は非常に単純です。
銀河をランダムに4つ選び出して線で結ぶと、全てが三角形の面で構成された四面体(三角錐)ができます。
四面体は3次元空間で最も単純な立体であるだけでなく、その鏡写しの形は3次元空間内でどのように回転させても一致することはありません。
四面体の鏡写しは別々の立体であるというこの特徴は、宇宙でパリティ対称性が破れていた時代を探る上で重要になります。
大雑把に言うと、銀河の配置は初期の宇宙の物質密度のデコボコを反映していると言えます。
もし、宇宙の歴史を通じてパリティ対称性がずっと保たれていた場合、このデコボコの配置は完全にランダムなものになるので、銀河が形作る四面体の形状も完全にランダムになるはずでです。
一方で、もしも宇宙の初期段階にパリティ対称性が破れていた時代があった場合、物質密度のデコボコの配置、さらに言えば四面体の形状にも偏りが生じます。
この偏りを見つけることで、初期宇宙のパリティ対称性を間接的に知ることができるというわけです。
観測対象は異なるものの、同じような偏りを見つける過去の研究には、“偏りらしいもの”を見つけることに成功したものもありました。
でも、示された偏りは非常に弱く、本当はランダムでしかないものが偶然“偏りらしいもの”として見えている可能性を否定することができていませんでした。
研究チームでは内容を確かなものにするため、“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”で得られた銀河のデータを使用。
これにより、様々な四面体の形状を分析しています。
問題は100万個もある銀河の数でした。
そこから作り出せる四面体の総数は、1兆個以上になってしまうんですねー
そのままでは計算量が膨大になりすぎるので、分析には数学的に工夫された手法を必要としていました。
また、元になるデータの問題から、計算は2つの方法で行われています。
その結果、精度の高い方法では7.1σ、低い方法でも3.1σの信頼値で、銀河の分布には偏りがあることが判明。
この信頼値をもう少し分かりやすく言うと、今回の研究で明らかにされた偏りが実際にはランダムで、偶然それらしく見えただけのものを“偏りだ”と誤認している確率は、精度の低い方法で約0.2%、高い方法では約0.00000000013%(10兆分の13という低確率)になります。
精度の高い方法の値は、このような膨大なデータを分析する研究で求められる5σ(偶然である確率が約0.00006%)という水準を超えているので、銀河の分布に偏りがあるという結果は正しそうです。
また、精度の低い方法は単独では5σの水準を満たしていないものの、精度の高い方法とほぼ同じ手法を使って、似たような結果が得られたことが注目されます。
今回の研究結果について、研究チームではアイザック・ニュートンの有名な言葉「私は仮説を作らない(Hypotheses non fingo)」を引用し、この結果からより大きな何かを語ることに注意喚起をしています。
今回の研究は、あくまでも銀河の配置にランダムではない偏りがあることを示したに過ぎず、この偏りが本当に初期宇宙のパリティ対称性の破れによって生じたのか、それとも他に理由があるのかまでは分かっていません。
研究チームでは、銀河の配置が決定されたのは初期の宇宙が急激に膨張したインフレーションの時代と考えるのが最も自然だとしています。
この時代は、パリティ対称性の破れによって物質が反物質よりも多く生成されたとみられる時期と一致しています。
パリティ対称性を巡る謎が、すぐに解決するのかどうかは分かりません。
でも、少なくとも今回用いられたアプローチは、さらに洗練される可能性はあります。
特に、運用を開始したばかりの“暗黒エネルギー分光器(DESI)”、直近で運用開始が予定されているヴェラ・C・ルービン天文台の“大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)”や“ユークリッド宇宙望遠鏡”は、さらに高精度な観測データを提供してくれると期待されています。
これらのデータの調査や比較研究は、今回の観測結果を肯定するか、もしくはパリティ対称性の異なる原因を示してくれるはずです。
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このことは何を示しているのでしょうか?
それは、宇宙の初期段階では物質の方が反物質よりも多く生成された時代があった可能性です。
でも、人類はこの非対称性を理論的にも、実験的にも説明することには成功していないんですねー
そもそも、本当にそんな時代があったのかどうかも分かっていません。
今回の研究で示しているのは、宇宙に存在する銀河の配置をもとに、宇宙の初期段階にそのような時代があった可能性です。
この宇宙における物質の生成という非常に根源的な対象に切り込んだ研究として、今回の成果は重要なものと言えます。
この研究は、フロリダ大学のJiamin Houさんたちの研究チームが進めています。
図1.銀河の配置は一見するとランダムのように見える。でも今回の研究では、その配置には偏りがあるらしいことが判明している。(Credit: ESA / Hubble & NASA, H. Ebeling) |
パリティ対称性が破れている状況
ボールを空中に放り投げた時、ボールの描く放物線の高さと飛距離は、投げる強さや角度によって決まります。その一方で、投げる方向を変えても放物線は変化しません。
右に投げても左に投げても、ボールの描く軌道は同じです。
現代の物理学には、宇宙のどこにいても同じ物理法則が適用されるという根本的な概念があります。
この概念は“パリティ対称性(P対称性)”と呼ばれています。
厳密には、この例えは簡易的なもので、パリティ対称性をきちんと説明していない。パリティ対称性を説明するには3次元空間を表す3軸が全て反転している必要があるが、この例えでは1軸しか反転していない。
ただ、パリティ対称性は宇宙のすべての時代で厳密に守られていたとは考えられていないんですねーそれは、この宇宙には物質が存在する一方で、一部の性質が反転している反物質はほとんど存在していないからです。
宇宙が誕生してからある程度の時間が経った段階で、宇宙を満たすエネルギーから物質と反物質が生成されたと考えられています。
理論的にも実験的にも知られているのは、物質と反物質は必ず同じ数がペアとして生成される“対生成”の関係にあること。
ところが、物質と反物質が同じ数だけ生成されるとした場合、物質と反物質はすぐさま出会ってエネルギーに戻る“対消滅”を経験し、宇宙には物質も反物質も残らないことになります。
現在のように宇宙が物質に満ちるためには、何らかの理由で物質の方が反物質よりも多く作られ、対消滅をせずに残る現象が起こったはずです。
これを“バリオン数生成”と呼び、パリティ対称性が破れている(パリティ対称性に反する)現象になります。
それでは、パリティ対称性が破れている状況は、どのようにして起こるのでしょうか?
このことは、今の物理学の理論では説明が付いていないので、解決にはまだまだ時間が掛かりそうです。
銀河の配置からパリティ対称性の破れを見つける
唯一の例外として、4つの基本相互作用(基本的な力)の1つ“弱い相互作用”は、パリティ対称性が破れている唯一の物理学的現象ということが知られています。さらに、弱い相互作用は高次の対称性であるCP対称性(電荷(チャージ)対称性(C対称性)とパリティ対称性を掛け合わせたもの)も破れているので、時間対称性(T対称性)も敗れていることが判明している。これらを考慮してもなお、宇宙における物質の豊富さは説明できないことが分かっている。
ただ、弱い相互作用は伝達距離が非常に短く、原子核の内部で完結しているんですねーこれに対し、物質と反物質の非対称性を説明するには、もっと長い伝達距離でパリティ対称性が破れている必要があります。
でも、今までその証拠は見つかっていませんでした。
図2.四面体は鏡写しにした形同士が一致しない最も単純な立体。4点相関関数はこの性質を利用し、銀河の配置を四面体としてとらえることで、その形状がランダムなのかを調べる手法。(Credit: Hou, Slepian & Cahn) |
この手法には“銀河4点相関関数(galaxy four-point correlation function)”という難しい名前が付いていますが、基本は非常に単純です。
銀河をランダムに4つ選び出して線で結ぶと、全てが三角形の面で構成された四面体(三角錐)ができます。
四面体は3次元空間で最も単純な立体であるだけでなく、その鏡写しの形は3次元空間内でどのように回転させても一致することはありません。
四面体の鏡写しは別々の立体であるというこの特徴は、宇宙でパリティ対称性が破れていた時代を探る上で重要になります。
大雑把に言うと、銀河の配置は初期の宇宙の物質密度のデコボコを反映していると言えます。
もし、宇宙の歴史を通じてパリティ対称性がずっと保たれていた場合、このデコボコの配置は完全にランダムなものになるので、銀河が形作る四面体の形状も完全にランダムになるはずでです。
一方で、もしも宇宙の初期段階にパリティ対称性が破れていた時代があった場合、物質密度のデコボコの配置、さらに言えば四面体の形状にも偏りが生じます。
この偏りを見つけることで、初期宇宙のパリティ対称性を間接的に知ることができるというわけです。
銀河の配置には偏りがある
ただ、銀河の配置は見たところランダムだとしか思えないので、そのような偏りはあったとしても極めてわずかなものでしかないはずです。観測対象は異なるものの、同じような偏りを見つける過去の研究には、“偏りらしいもの”を見つけることに成功したものもありました。
でも、示された偏りは非常に弱く、本当はランダムでしかないものが偶然“偏りらしいもの”として見えている可能性を否定することができていませんでした。
図3.今回の研究手法における、銀河の配置が四面体を構成していることを示す一例。(Credit: Hou, Slepian & Cahn) |
これにより、様々な四面体の形状を分析しています。
問題は100万個もある銀河の数でした。
そこから作り出せる四面体の総数は、1兆個以上になってしまうんですねー
そのままでは計算量が膨大になりすぎるので、分析には数学的に工夫された手法を必要としていました。
また、元になるデータの問題から、計算は2つの方法で行われています。
その結果、精度の高い方法では7.1σ、低い方法でも3.1σの信頼値で、銀河の分布には偏りがあることが判明。
この信頼値をもう少し分かりやすく言うと、今回の研究で明らかにされた偏りが実際にはランダムで、偶然それらしく見えただけのものを“偏りだ”と誤認している確率は、精度の低い方法で約0.2%、高い方法では約0.00000000013%(10兆分の13という低確率)になります。
精度の高い方法の値は、このような膨大なデータを分析する研究で求められる5σ(偶然である確率が約0.00006%)という水準を超えているので、銀河の分布に偏りがあるという結果は正しそうです。
また、精度の低い方法は単独では5σの水準を満たしていないものの、精度の高い方法とほぼ同じ手法を使って、似たような結果が得られたことが注目されます。
今回の研究結果について、研究チームではアイザック・ニュートンの有名な言葉「私は仮説を作らない(Hypotheses non fingo)」を引用し、この結果からより大きな何かを語ることに注意喚起をしています。
今回の研究は、あくまでも銀河の配置にランダムではない偏りがあることを示したに過ぎず、この偏りが本当に初期宇宙のパリティ対称性の破れによって生じたのか、それとも他に理由があるのかまでは分かっていません。
研究チームでは、銀河の配置が決定されたのは初期の宇宙が急激に膨張したインフレーションの時代と考えるのが最も自然だとしています。
この時代は、パリティ対称性の破れによって物質が反物質よりも多く生成されたとみられる時期と一致しています。
パリティ対称性を巡る謎が、すぐに解決するのかどうかは分かりません。
でも、少なくとも今回用いられたアプローチは、さらに洗練される可能性はあります。
特に、運用を開始したばかりの“暗黒エネルギー分光器(DESI)”、直近で運用開始が予定されているヴェラ・C・ルービン天文台の“大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)”や“ユークリッド宇宙望遠鏡”は、さらに高精度な観測データを提供してくれると期待されています。
これらのデータの調査や比較研究は、今回の観測結果を肯定するか、もしくはパリティ対称性の異なる原因を示してくれるはずです。
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