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スーパーコンピュータが見つけた! 棒状構造の形成が引き起こした天の川銀河の変動の歴史

2022年09月17日 | 銀河・銀河団
国立天文台“ジャスミン”プロジェクトの国際研究チームは、私たちの住む天の川銀河の中心付近に存在する棒状構造の形成が引き起こした変動の歴史について、新しいシナリオを打ち出しました。

この新しいシナリオは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”を用いたシミュレーションによるもの。
明らかになってきたのは、形成後間もない棒状構造のガスが銀河の中心領域に流れ込み、そこで爆発的な星形成が起こり、新たに“中心核バルジ”が形成されたことでした。
一方、棒状構造ではガスが枯渇し星形成が急停止するそうです。

このような棒状構造の形成に伴う星形成活動の領域による違いの影響は、星の年齢構成の違いとして情報が刻まれています。

なので、位置天文観測衛星“ガイア”や2028年に打ち上げ予定の赤外線位置天文観測衛星“ジャスミン”の観測データによって、棒構造の形成時期の解明に向けた研究に役立てられるようです。
スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”のシミュレーションによって描き出された天の川銀河の姿。(Credit: 馬場淳一、中山弘敬、国立天文台 4 次元デジタル宇宙プロジェクト)
スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”のシミュレーションによって描き出された天の川銀河の姿。(Credit: 馬場淳一、中山弘敬、国立天文台 4 次元デジタル宇宙プロジェクト)

天の川銀河の中心付近に存在する棒状構造

夜空を彩る天の川は、天の川銀河と呼ばれる星の大集団を真横から見たものです。

この天の川銀河は、太陽のような恒星が数千億個も集まったもので、渦巻き碗を持った円盤型をしていると考えられています。

また、様々な観測からその円盤の中央付近には、星が細長く分布する“棒状構造”を持っていることが分かっています。

このような銀河の構造は、いつどのようにしてできたのでしょうか?
その変動の歴史は天文学における最大の謎の一つでした。
天の川銀河の円盤を正面から見た概略図。円盤の中心付近に星が細長く集まる棒状構造があり、その両端付近から渦巻き碗が伸びた形をしている。棒状構造の中心部には、中心核バルジと呼ばれるさらに星が集中した領域が存在する。(Credit: 国立天文台)
天の川銀河の円盤を正面から見た概略図。円盤の中心付近に星が細長く集まる棒状構造があり、その両端付近から渦巻き碗が伸びた形をしている。棒状構造の中心部には、中心核バルジと呼ばれるさらに星が集中した領域が存在する。(Credit: 国立天文台)

棒状構造は、いつどのようにしてできたの?

天の川銀河の内側に存在する棒状構造は、その重力の影響により天の川銀河広域にわたる星やガスの移動を支配していると言っても過言ではありません。

太陽系も、現在の位置より天の川銀河の内側で誕生し、棒状構造の影響により46億年かけて現在の位置まで移動してきた可能性があるそうです。

近年の大規模地上サーベイ観測、そしてヨーロッパ宇宙機関の位置天文観測衛星“ガイア”の革新的な高精度データにより、現在の棒状構造の大きさや回転速度は明らかになりつつあります。
“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。
可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。
測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
でも、棒状構造がいつ形成され、どのような変動を経て進化してきたのかは、全く明らかになっていないんですねー

これは、棒状構造の形成進化が、どのような観測情報にどのように刻まれるのかが理解されていないためでした。

そこで今回の研究では、棒状構造の形成時期を観測的に明らかにするために、棒状構造の形成進化が星形成活動や星の年齢分布にどのような影響を与えるのかを調べています。

天の川銀河の3次元重力多体・流体シミュレーションを行うため、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”とASURAコードが用いられています。
ASURAコードは、重力他体系と流体系の自己無撞着な重力相互作用と星形成過程・超新星爆発加熱などの銀河進化素過程を考慮した数値シミュレーションを行える並列N体/SPH法のシミュレーションコード。神戸大学の斎藤貴之准教授により独自に開発されたもの。

国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ

今回の研究のシミュレーションには、国立天文台のスーパーコンピュータ“アテルイⅡ”が使用されました。

理論演算値は3.087ペタフトップスで、天文学の数値計算専用機としては世界最速。
1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位。
岩手県奥州にある国立天文台水沢キャンパスに設置されていて、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名。
「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んでほしい」という願いが込められています。
国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ

棒状構造の形成により、天の川銀河内での星形成活動は領域によって異なっている

棒状構造の形成進化は、星形成活動や星の年齢分布にどのような影響を与えるのでしょうか?
このことを調べるには、銀河のどこでどのように星が誕生し死んでいくのかをシミュレーションする必要があります。

でも、これには様々な物理過程を考慮した大規模な計算が必要になるんですねー

今回の研究では“アテルイⅡ”を用いることで、天の川銀河を構成する星と星間ガスの進化を追い、放射冷却で冷えた低温・高密度になったガスから新たに星が形成され、その星の進化に伴う紫外線放射や超新星爆発による星間ガスの過熱の過程を含めたシミュレーションが可能になりました。

シミュレーションにより示されたのは、棒状構造の形成後間もなく回転の勢いを失った大量の星間ガスが、銀河中心の約6000光年以内の領域に流れ込んだこと。
そこで爆発的に星が形成されることで、新たな銀河構造である“中心核バルジ”を形成することでした。

一方で、棒状構造となった領域では星間ガスが枯渇するため、星形成活動は急激に低下することも分かりました。

このように棒状構造の形成により、天の川銀河内での星形成活動は領域によって異なる。 っという現象が引き起こされる可能性が指摘されました。
“アテルイⅡ”がシミュレーションした天の川銀河の棒状構造の進化の様子。上段が銀河面を真横から見た星の分布、中段が銀河を正面から見た星の分布(オレンジ)とガスの分布(黒)。下段が銀河を正面から見た時の星形成の活発さを表したもので、赤い部分ほど星形成が活発なことを示している。左から銀河の形成が始まってから10億年、15億年、25億年、35億年の様子をそれぞれ示している。15億年頃に棒状構造が形成され始めると、中心核バルジ部分(中心から1キロパーセク程度、つまり約3000光年以内)にガスが集まり、星形成が活発になる。一方、棒状構造(中心から1~3キロパーセクと程度の間)のガスは徐々になくなり、35億年では棒状構造でほとんど星が作られていないことが分かる。また、棒状構造を真横から見ると(上段)、次第に長方形またはピーナッツ形状になっていくことも分かる。(Credit: 馬場淳一)
“アテルイⅡ”がシミュレーションした天の川銀河の棒状構造の進化の様子。上段が銀河面を真横から見た星の分布、中段が銀河を正面から見た星の分布(オレンジ)とガスの分布(黒)。下段が銀河を正面から見た時の星形成の活発さを表したもので、赤い部分ほど星形成が活発なことを示している。左から銀河の形成が始まってから10億年、15億年、25億年、35億年の様子をそれぞれ示している。15億年頃に棒状構造が形成され始めると、中心核バルジ部分(中心から1キロパーセク程度、つまり約3000光年以内)にガスが集まり、星形成が活発になる。一方、棒状構造(中心から1~3キロパーセクと程度の間)のガスは徐々になくなり、35億年では棒状構造でほとんど星が作られていないことが分かる。また、棒状構造を真横から見ると(上段)、次第に長方形またはピーナッツ形状になっていくことも分かる。(Credit: 馬場淳一)
さらに、棒状構造となる前に存在した星は、棒状構造との重力相互作用による“軌道共鳴”によって銀河円盤の鉛直方向に散乱され、棒状構造がピーナッツ型に立体化することが示されました。
軌道共鳴とは、銀河系の中を周回運動する星が棒状構造と周期的に会合することにより、棒状構造からの重力を同じように受けて、軌道が大きく変化する(または、特定の軌道状態に捕捉される)現象。
これまでの研究では、このようなピーナッツ型化する現象は、星々の運動の速度差が大きいことによって生じる不安定性によって棒状構造が鉛直方向に振動し、“へ”の字型に“たわむ”ことによって生じると考えられてきました。

でも、今回の研究では、棒状構造がたわむのではなく、棒状構造形成による星の軌道共鳴現象によって引き起こされることを指摘しています。
スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”のシミュレーションによって描き出された天の川銀河の棒状構造の進化の様子。映像中の“1 Gyr”は“10億年”を表す。(Credit: 馬場淳一、中山弘敬、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)

期待される世界初の赤外線位置天文衛星“ジャスミン”による観測

棒状構造形成時に爆発的に星が生まれる領域と星形成活動が不活発な領域ができることで期待されたのは、構造内の異なる領域で全く異なる星の年齢構成を示すことでした。

このような年齢分布の違いを観測的に明らかにすることで、天の川銀河に棒状構造がいつ形成されたのかを推定することができます。
中心核バルジと銀河面から離れた棒状構造の星で期待される年齢構成のシミュレーション結果。中心核バルジでは棒状構造の形成時期より若い星が多く、銀河面から離れた棒状構造の領域では逆に古い星が多いと期待されている。(Credit: 馬場淳一)
中心核バルジと銀河面から離れた棒状構造の星で期待される年齢構成のシミュレーション結果。中心核バルジでは棒状構造の形成時期より若い星が多く、銀河面から離れた棒状構造の領域では逆に古い星が多いと期待されている。(Credit: 馬場淳一)
このためには、地球から観測した星がどの距離にあり、どのような運動をしているのかを知る必要があります。

外側のピーナッツ型領域は、“ガイア”によりある程度観測することが可能です。

でも、“中心核バルジ”の領域は星間物質によって可視光線が強く吸収されるので、“ガイア”の可視光帯観測では星の運動を確定できないんですねー
そこで期待されているのが、世界初の赤外線位置天文衛星“ジャスミン”による観測でした。
“JASMINE(ジャスミン)”は、JAXA宇宙科学研究所と国立天文台JASMINEプロジェクトを中心として計画されている世界初の赤外線位置天文衛星。
特に中心核ディスクを含む天の川銀河の中心周辺約2.5平方度の天域の位置天文観測と、ハビタブル系外惑星探査のための高精度測光観測を行う。
2019年にJAXA宇宙科学研究所“公募型小型衛星3号機”に選定され、2028年の打ち上げを目指して急ピッチで準備が進められている。
今回のシミュレーション結果に基づくと、天の川銀河の棒状構造の星の年齢分布から、棒状構造ができた時期を推定できる可能性が出てきました。

私たちの住む太陽系の軌道変化にも影響を与えている可能性がある棒状構造。
この研究がきっかけになって、棒状構造のできた時期やその後の時間変化の様子を明らかにできればいいですね。


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