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なぜ178億光年という遥か彼方に恒星を見つけることができたのか? モスラやゴジラといった怪獣星を通じて暗黒物質の正体を探る

2023年10月10日 | 宇宙 space
宇宙には、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる“暗黒物質(ダークマター)”が存在しています。

ただ、暗黒物質の分布や正体については、ほとんど分かっていません。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された非常に遠方に位置する恒星“EMO J041608.8-240”が、銀河や銀河団に伴う暗黒物質だけでは観測できず、追加の暗黒物質の塊が必要であることを突き止めました。
この研究は、カンタブリア物理学研究所のJ. M. Diegoさんたちの研究チームが進めています。
このような性質を持つ恒星の発見は“ゴジラ(Godzilla)”以来2例目だったので、研究チームは新発見の恒星を“モスラ(Mothra)”と命名し、ゴジラやモスラのような性質を持つ恒星に“怪獣星(Kaiju star)”という分類の新設を提案したそうです。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された“モスラ”。LS1(Lensed Star 1)とラベルされた光点が“モスラ”の本体で、他のラベルされた光点は重力ミリレンズ効果によって分裂した像になる。(Credit: Diego, et al.)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された“モスラ”。LS1(Lensed Star 1)とラベルされた光点が“モスラ”の本体で、他のラベルされた光点は重力ミリレンズ効果によって分裂した像になる。(Credit: Diego, et al.)

超遠距離にある恒星“モスラ”

2022年~2023年にかけてジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像から見つかったのが恒星“モスラ”でした。
データアーカイブの分析からは、“ハッブル宇宙望遠鏡”も2014年に撮影していたことが判明しています。

“モスラ”が位置しているのは、地球から178億光年彼方(※1)という途方もなく遠い場所。
超新星爆発のような一時的な現象を除けば、単独で観測された中で3番目に遠い恒星になります。
※1.この距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した“共動距離”での値になる。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは“光行距離”と呼ばれる。
それでは、なぜ遥か彼方に位置する“モスラ”を観測することがでるのでしょうか?

“重力レンズ効果”があれば、このような恒星の観測も不可能ではないことが明らかになっています。

重力レンズとは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象です。

光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりし、その効果を重力レンズ効果と呼んでいます。

“モスラ”の場合だと、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡との間に位置する銀河団“MACS J0416.1-403”が、“モスラ”が放った光の進む向きを重力によって曲げているようです。

この重力レンズ効果により、“モスラ”の明るさが見た目の何倍にも増幅された結果、100億光年以上の彼方に位置する恒星の観測が可能になりました。

また、虫眼鏡で見た像が歪んでいるように、“モスラ”も本来予想される1点の光ではなく、弧状に見える光の帯に複数の光点として存在するように見えています。

このような重力レンズ効果によって発見された遠方の恒星“レンズ星(LS ; Lensed Star)”は、他に“ゴジラ”、“イカルス(MACS J1149 Lensed Star 1)”、“エアレンテル(WHL0137-LS)”が知られています。
図2.単独で観測された最も遠い恒星のランキング。今回発見された“モスラ”は3番目に遠い恒星になる。(Credit: 彩恵りり氏)
図2.単独で観測された最も遠い恒星のランキング。今回発見された“モスラ”は3番目に遠い恒星になる。(Credit: 彩恵りり氏)

モスラとゴジラは怪獣星?

でも、“モスラ”の増光は銀河団“MACS J0416.1-403”の重力レンズ効果だけでは説明できないことが判明することに…

観測結果から分かってきたのは、“モスラ”が2つの恒星からなる連星である可能性が高いことでした。
片方は約4700℃の表面温度と太陽の5万倍以上の明るさを持つ赤色超巨星、もう片方は約1万4000度の表面温度と太陽の12万5000倍以上の明るさを持つ青色超巨星だと推定されています。

かなり明るい恒星なんですが、さらに光が4000倍以上も強くないとジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測することができないはず。
そう、“MACS J0416.1-403”の重力レンズ効果だけでは明るさが足りないんですねー

そこで、研究チームが考えたのは、“モスラ”を観測するには“MACS J0416.1-403”以外の重力源による追加の重力レンズ効果が必要だということ。
モデル計算では、太陽の1万倍~250万倍の質量による追加の重力ミリレンズ効果(※2)があると、“モスラ”の増光を最もよく説明できました。

でも、重力ミリレンズ効果をもたらし得る重力源は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の画像には映っていません。
光では観測できないことから、研究チームでは重力ミリレンズ効果をもたらした重力源を、質量のほとんど全てを暗黒物質が占めている矮小銀河ではないかと推定しています。
※2.追加の重力レンズ効果をもたらした何らかの天体の質量は、銀河や銀河団といった大質量の重力源と、恒星や惑星といった小質量の重力源の中間に位置すると推定されている。小質量の重力源による重力レンズ効果は“重力マイクロレンズ効果”と呼ばれているので、中間質量の重力源によるとみられるこの重力レンズ効果は“重力ミリレンズ効果”と呼ばれている。
このような暗黒物質の塊とも呼べる天体で追加の重力レンズ効果が得られたレンズ星は、これまで“ゴジラ”だけが知られていました。

研究チームは“ゴジラ”の発見と命名にも関わっていたので、今回もそれに倣って“EMO J041608.8-240358”を“モスラ”と命名しています。

“モスラ”は“ゴジラ”ほど明るい恒星ではありません。(※3)
でも、178億光年彼方という超遠方で観測されたことや、暗黒物質による追加の重力レンズ効果によって観測できるまでに増光したという点では、怪獣のような恒星と言えます。
※3.“ゴジラ”という命名の経緯は、明るさが太陽の1憶3400万倍~2億5500万倍と、観測史上最も明るい“怪獣”のような恒星であると推定されたことにある。太陽の1億倍以上もの明るさを持つと推定される恒星は、現在でも“ゴジラ”が唯一。

怪獣星を通じて暗黒物質の正体を探る

“モスラ”や“ゴジラ”のような怪獣星がどの程度観測されるのかは、宇宙最大の謎の1つである暗黒物質の分布や正体の研究にも関わってきます。

そもそも、暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。

銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター(暗黒物質)説”の始まりになっています。 

これまでに知られている暗黒物質のほとんどは、銀河や銀河団のような光で観測できる天体に含まれているか、もしくは暗黒物質の非常に巨大な塊による重力レンズ効果を通じて発見されてきました。

その一方で、怪獣星に重力ミリレンズ効果を与えるような中間質量の暗黒物質の塊はどちらにも当てはまらないことから、その多くが見逃されていると推定されています。

そう、怪獣星の発見が増えれば、中間質量の暗黒物質の塊が宇宙にどの程度存在するのかを推定するのにも役立つはずです。

また、今回の観測結果に当てはまる暗黒物質は、特定の質量の粒子で構成された“熱い暗黒物質(ホットダークマター)”(※4)や“アクシオン”(※5)である可能性をほぼ除外し、多くの研究で支持されている運動エネルギーの小さな“冷たい暗黒物質(コールドダークマター)”(※4)であることを示唆しています。

怪獣星の観測は、単に遠い恒星を見つけるだけに留まらず、暗黒物質の分布や正体を探る大きな手掛かりをもたらすかもしれません。
※4.暗黒物質が何らかの粒子で構成されている場合、粒子が移動することによる運動エネルギーがあることになる。普通の物質は、粒子の運動が激しいほど温度が高いことを意味するので、それになぞらえ粒子の質量に対する運動エネルギーが高いものを“熱い暗黒物質”、低いものを“冷たい暗黒物質”と呼ぶ。

※5.現在の素粒子物理学の理論にある欠陥や謎を解決するとして、提案された新しい理論で予言されている素粒子1つ。極めて小さいもののゼロでは無い質量を持つと考えられているので、暗黒物質の有力な候補として挙げられている。


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2023年のオリオン座流星群の見ごろはいつ? 一番は10月21日(土)の深夜から22日(日)の明け方にかけて

2023年10月09日 | 流星群/彗星を見よう
2023年10月21日更新
2023年の“オリオン座流星群”。
活動が最も活発になる“極大”を迎えるのは10月22日(日)の午前9時ごろ
そう、日本では日中になるんですねー

なので、一番の見ごろは、10月21日(土)の深夜から22日(日)の明け方にかけてになります。
放射点が昇る21日22時ごろには月は沈み、明け方にかけて放射点の位置もどんどん高くなるので、月明かりの影響もなく好条件で観察できそうです。

21日(土)夜~22日(日)明け方は、西高東低の気圧配置となり、日本列島の上空には寒気が流れ込む予想です。
 ・北日本や日本海側を中心に雲に覆われ、流星の観測は難しそうです。
 ・西日本や東日本の太平洋側ほど雲が少なく、流星が見られる可能性が高くなります。
ただ、関東周辺は雲の発生する可能性があるんですねー
この雲に邪魔されなければ、観測のチャンスはありそうです。
北日本太平洋側や南西諸島も雲が出やすくなる見込みです。

土日は、この秋一番の寒気が流れ込み、夜間はぐっと冷えるので、観測の際はしっかりと寒さ対策をする必要がありますよ。
10月21日(土)の22時頃の東の空(紫色でオリオン座と書かれた十字マークが放射点)。月は沈み、放射点は東の空の低い位置にあるが、明け方にかけて放射点の位置はどんどん高くなる。月明かりの影響もなく、明るい土星(約0.7等級)と木星(約‐2.9等級)も昇っているので天体観測も楽しめる。
10月21日(土)の22時頃の東の空(紫色でオリオン座と書かれた十字マークが放射点)。月は沈み、放射点は東の空の低い位置にあるが、明け方にかけて放射点の位置はどんどん高くなる。
月明かりの影響もなく、明るい土星(約0.7等級)と木星(約‐2.9等級)も昇っているので天体観測も楽しめる。
ただ、今年のオリオン座流星群は月明かりの影響はなくても活動は低調…
条件の良い場所でも1時間あたり5~10個程度になりそうです。
ちなみに、流れ星が出現する放射点はオリオン座の右腕のあたりです。

オリオン座流星群の母天体は、5月の“みずがめ座η流星群”と同じハレー彗星です。

ハレー彗星が最後に太陽系で見られたのは1986年のことです。
今年12月に海王星の彼方で太陽から最も遠い位置(遠日点)に達し、そこを回って再び太陽に戻るための帰路につきます。

そして、2061年7月29日には最も太陽に近づく位置(近日点)を通過。
太陽に近付くにつれ、熱で核の氷が解けて噴き出し、広がったものが尾のようになり、ハレー彗星による天体ショーを楽しむことができます。

地球はハレー彗星の通り道を毎年この時期に通過しています。
すると、彗星の通り道に残されたチリが地球の大気に飛び込んでくるんですねー
チリは上空100キロ前後で発光、これがオリオン座流星群です。

オリオン座流星群は速度が速いので明るい流星が多く見れるのが特徴で、火球と呼ばれる明るい流星や流星痕と呼ばれる痕を残す流星が出現することがあります。
また、ピークがなだらかな流星群なので、22日の極大を中心に4~5日間は観測のチャンスがありそうです。

朝晩の冷え込みが増してきているので、防寒に気を使って観測してください。

夜空のどこを見ればいいの?

流星が、そこから放射状に出現するように見える点を“放射点”と呼びます。

流星群には、放射点の近くにある星座や恒星の名前が付けられています。
“オリオン座流星群”の場合はオリオン座の右腕の辺りに放射点があるので、この名前が付けられたというわけです。

ただ、流星が現れるのは、放射点付近だけでなく、空全体なんですねー

流星は、放射点から離れた位置で光り始め、放射点とは反対の方向に移動して消えます。
いつどこに出現するかも分からないので、なるべく空の広い範囲を見渡すようにします。

あと、流星の数は放射点の高度が高いほど多くなり、逆に低いほど少なくなります。
なので、放射点が地平線の下にある時間帯には、流星の出現は期待できません。

また、目が屋外の暗さに慣れるまで、最低でも15分間ほどは観察を続けるといいですよ。

レジャーシートを敷いて地面に寝転んだり、背もたれが傾けられるイスに座ったり… 楽な姿勢で観察を楽しんでください。


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受け取る太陽光は地球と比べて900分の1程度… 太陽系で最も外側を公転する海王星だけど雲の量は太陽の活動周期と関係している

2023年10月08日 | 天王星・海王星の観測
冥王星が準惑星に分類されてから、太陽系で最も外側を約165年の周期で公転している惑星が“海王星”です。

海王星は、ガス惑星と呼ばれる木星や土星、天王星と同様に、水素とヘリウムを主成分とする大気を持っています。
海王星は、惑星の分類としては木星、土星、天王星と共にガス惑星(木星型惑星)に含まれ、その中でも氷惑星(天王星型惑星)に分類される。
その最果ての惑星“海王星”の雲の量の変化が、太陽活動の11年周期と関係しているらしいことが明らかになったそうです。
一連の画像に写っているのはハッブル宇宙望遠鏡が撮影した海王星。雲の量が増減しているのが分かる。(Credit: NASA, ESA, Erandi Chavez (UC Berkeley), Imke de Pater (UC Berkeley))
一連の画像に写っているのはハッブル宇宙望遠鏡が撮影した海王星。雲の量が増減しているのが分かる。(Credit: NASA, ESA, Erandi Chavez (UC Berkeley), Imke de Pater (UC Berkeley))

太陽活動の極大期の2年後に海王星の雲が増加

海王星は太陽から45億キロの距離にあるんですねー
これは太陽から地球間の距離の約30倍に相当し、海王星が受け取る太陽光は地球と比べて900分の1程度しかありません。
にもかかわらず、太陽活動と海王星の雲の量は関係しているようです。

今回の研究では、2002年~2022年にハワイのケック天文台で撮影された画像や、ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブデータ、また2018年~2019年に得られたカリフォルニアのリック天文台のデータを分析。
そこで研究チームが気付いたのは、海王星の中緯度に見られる雲が2019年以降に薄くなっていることでした。
この研究は、カリフォルニア大学バークレー校のImke de Paterさんたちの研究チームが進めています。
上部の画像は海王星の雲の量を示したハッブル宇宙望遠鏡の画像。下部のグラフは太陽の紫外線レベルをプロットしたもの。(Credit: NASA, ESA, LASP, Erandi Chavez (UC Berkeley), Imke de Pater (UC Berkeley))
上部の画像は海王星の雲の量を示したハッブル宇宙望遠鏡の画像。下部のグラフは太陽の紫外線レベルをプロットしたもの。(Credit: NASA, ESA, LASP, Erandi Chavez (UC Berkeley), Imke de Pater (UC Berkeley))
太陽活動は11年周期で極大期と極小期を繰り返しています。
活動が活発になると、太陽からより強い紫外線が放射され、各惑星に降り注ぎます。

今回、研究チームが発見したのは、極大期から2年後に海王星に出現する雲の数が増加していること。
さらに、海王星の雲の数と明るさの間に正の相関関係があることにも気付いています。

この発見は、太陽の紫外線が十分に強い場合、光化学反応を引き起こして海王星の雲を生成する可能性があるとする理論を支持するものでした。

今回、研究チームが明らかにしたのは、29年間分… 太陽の活動周期のおよそ2.5周期分の海王星の雲の量と太陽活動の関係。
その間、海王星の反射率は2002年に高くなり、2007年に低くなっていきます。
2015年に再び明るくなるのですが、2020年には観測史上最低レベルにまで暗くなり、雲のほとんどが消え去ってしまいました。

太陽によって引き起こされる海王星の明るさの変化は、雲の増減と同期しているようにも見えます。

でも、太陽活動のピークと海王星の雲量の増加には2年間のタイムラグがあるんですねー

これは、海王星の高層大気で起こる光化学反応により雲が形成されるまでに、時間がかかるためだと見られています。

ただ、結論を出すためには、更なる研究が必要になるそうです。

これは、海王星の深層から上昇してくる大気は雲の量に影響しますが、光化学反応によって生成された雲とは関係していないので、太陽周期との相関の研究が複雑になる可能性があるからです。

研究チームでは、引き続き海王星の雲の活動を追跡していくそうです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による海王星の観測と同時期に得られたケック望遠鏡の画像では、より多くの雲が見られています。
最新の画像では、特に北半球や高い高度で、より多くの雲が見られるようですよ。
この画像は2002年8月から2023年6月までの間にケック望遠鏡で観測された海王星。赤外線カメラNIRC2を使い1.63μmの波長で撮影されたもの。2019年以降、雲がほとんど存在していないように見える。(Credit: Imke de Pater, Erandi Chavez, Erin Redwing (UC Berkeley), and the Keck Observatory.)
この画像は2002年8月から2023年6月までの間にケック望遠鏡で観測された海王星。赤外線カメラNIRC2を使い1.63μmの波長で撮影されたもの。2019年以降、雲がほとんど存在していないように見える。(Credit: Imke de Pater, Erandi Chavez, Erin Redwing (UC Berkeley), and the Keck Observatory.)


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活発な赤色矮星の近くを回る惑星の宿命? 間欠的に大気を流出させる惑星がトランジット現象で見つかる

2023年10月07日 | 宇宙 space
若い赤色矮星を回る系外惑星から、水素ガスが流出している様子が観測されました。
その惑星からは、水素ガスは現れたり消えたりしていて、その原因についていくつかの説が考えられているようです。

主星の近くを公転する若い系外惑星

表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星と呼びます。

実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星になるんですねー

地球から約32光年の彼方に位置する“けんびきょう座AU”も、年齢が約2300万年と推定されてる若い赤色矮星(M方矮星)です。

2020年にNASAの赤外線天文衛星“スピッツァー”とNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によって、“けんびきょう座AU”を公転する系外惑星“けんびきょう座AU b”がトランジット法で発見されています。
トランジット法は、地球から見て惑星が主星の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る。
“けんびきょう座AU b”は、主星からわずか960万キロの距離(水星の軌道半径の約1/10)を8.46日周期で公転しているガス惑星です。

半径は地球の約4倍あり、海王星よりやや大きく、これまでに発見された系外惑星の中で最も若いものの一つになります。

惑星から流出した水素による減光

今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡を用いて“けんびきょう座AU b”によるトランジット現象を1年3か月おいて2回観測。
すると、最初のトランジット現象では普通の減光しか観測されなかったのが、2回目のトランジット現象では、“けんびきょう座AU b”本体による減光に先立って、“けんびきょう座AU b”から流出した水素による減光がはっきりとらえられました。
この研究は、アメリカ・ダートマス大学のKeighley Rockcliffeさんたちの研究チームが進めています。
“けんびきょう座AU b”の大気がまるで高速列車のヘッドライトのように、“けんびきょう座AU b”の“前方”に吹き出しているようでした。
主星“けんびきょう座AU”(赤)の手前を通過する惑星“けんびきょう座AU b”(黒)のイメージ図。この惑星は、活発な主星に極めて近い軌道を公転しているので、激しい恒星風と紫外線が惑星の大気を加熱して水素ガスが流出している。(Credit: NASA, ESA, and Joseph Olmsted (STScI))
主星“けんびきょう座AU”(赤)の手前を通過する惑星“けんびきょう座AU b”(黒)のイメージ図。この惑星は、活発な主星に極めて近い軌道を公転しているので、激しい恒星風と紫外線が惑星の大気を加熱して水素ガスが流出している。(Credit: NASA, ESA, and Joseph Olmsted (STScI))
トランジット現象を起こす系外惑星が、これほど短い間に、流出大気を全く検出できない状態から、はっきり検出できる状態に移り変わるのは初めてのことでした。

若い赤色矮星の活動

“けんびきょう座AU”のような赤色矮星は、天の川銀河の中で最もありふれた恒星で、天の川銀河に存在する系外惑星の大半は赤色矮星を主星に持つと考えられています。

でも、こうした赤色矮星を回る惑星は、生命の存在に適していないのかもしれません。

特に大きなハードルは、若い赤色矮星は激しいフレアを発生させ、有害な放射線を出すということです。

恒星大気の運動によって強力な磁場がもつれフレアを発生させます。
大気の動きが非常に強いと磁力線が切れてつなぎ変わり、太陽フレアの100~1000倍という莫大なエネルギーを放出。
これによって恒星風とフレアとX線が惑星を直撃することになります。

しかも、こうした赤色矮星の活動期は太陽のような星よりずっと長くなります。

こうした灼熱の環境では、主星の誕生から1億年後までに生まれた惑星は大気のほとんどを流出させてしまうか、完全に大気を失ってしまうかもしれません。

赤色矮星は、太陽よりも小さく表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置がハビタブルゾーンになります。

ハビタブルゾーンは、主星(恒星)からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が存在できる領域。
この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられています。

でも、大気を失ってしまうと惑星表面に液体の水も存在していませんよね。

間欠的にガスが流出するという現象

それでは、赤色矮星の活動が落ち着いた後に惑星はどのように見えるのでしょうか?

最終的に、生命の存在可能性はあるのでしょうか、ただの焼け焦げた惑星になっているのでしょうか。
大気のほとんどを失い、コアだけが残ってスーパーアースになるでしょうか。

このような惑星は太陽系には存在しないので、最終的な惑星の姿は全く分かりません。

“けんびきょう座AU b”の大気の変化は、主星からの物質放出が急速に極端な変化を見せることを反映しているのかもしれません。

1回目のトランジット現象の7時間前には、主星で強力なフレアが発生していたことが分かっていて、1回目に水素ガスが検出されなかったのは、惑星から流出した水素ガスが、このフレアによって電離されたせいかもしれません。

もう1つの説明として、主星の恒星風自体が惑星からの大気の流出を引き起こしているという可能性もあります。
これは、恒星風の変化によって、惑星の前方に“しゃっくり”のように間欠的にガスが流出するという現象です。

こちらは、いくつかのモデルでも予測されていて、今回の観測はこの“しゃっくり”現象が実際に起こっていることを示す初の観測的証拠なのかもしれません。
研究成果の解説動画“Hubble Sees Evaporating Planet Gettingu The Hiccups”(Credit: NASA Goddard Space Flight Center, Lead Producer: Paul Morris)


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合体前のブラックホールは、ある決まった質量を持つものが多い? チャープ質量から分かる合体前のブラックホール1個が持つ質量の目安

2023年10月06日 | ブラックホール
重力波の源となる連星ブラックホールには、似た質量を持つものが多いという観測結果の謎を解くモデルが提唱されました。
この謎を解くカギは外層を失った近接連星にあるようです。

ブラックホール連星の合体が原因の重力波

2015年に地上の重力波望遠鏡が、ブラックホール連星の合体が原因の重力波を初めて検出しました。

それ以来、“LIGO”や“Virgo”、“KAGRA”などの重力波望遠鏡で日常的に重力波が検出されるようになっています。

ブラックホール連星は互いの周りを公転しながら重力波を放出し、だんだんと距離が近づいて…
最後には合体して1個のブラックホールになります。

放出される重力波は、ブラックホール同士の距離が近づくほど周波数が高く、振幅が大きなっていきます。

この特徴的な重力波は“チャープ(chirp : 甲高く鳴くという意味)”と呼ばれていて、チャープの波形から“チャープ質量”という量を求めることができます。
ブラックホール連星から放出される重力波を描いたイラスト。重力波は時空の歪みとして宇宙空間に伝わり、ブラックホール同士が近づくにつれて周波数が高く、振幅が大きくなる。(Credit: Deborah Ferguson, Karan Jani, Deirdre Shoemaker, Pablo Laguna, Georgia Tech, MAYA Collaboration)
ブラックホール連星から放出される重力波を描いたイラスト。重力波は時空の歪みとして宇宙空間に伝わり、ブラックホール同士が近づくにつれて周波数が高く、振幅が大きくなる。(Credit: Deborah Ferguson, Karan Jani, Deirdre Shoemaker, Pablo Laguna, Georgia Tech, MAYA Collaboration)
チャープ質量は、2個のブラックホールの質量の和と積で表すことができ、2個の質量の幾何平均(2つの質量をかけて平方根をとった値)に近い値をとります。

大雑把に言えば、合体前のブラックホール1個が持つ質量の目安がチャープ質量になります。

なので、チャープ質量が分かれば、2個のブラックホールそれぞれの質量も計算できるわけです。

合体前のブラックホールはある決まった質量を持つものが多い

これまでに検出されている重力波イベントでは、チャープ質量が太陽質量の約8倍または約14倍という現象が最も多く、これらの中間のチャープ質量を持つ現象はなぜかほとんど見つかっていません。

つまり、合体前のブラックホールは、ある決まった質量を持つものが多いことになります。

この“チャープ質量のギャップ”について、ドイツ・ハイデルベルグ理論研究所のFabian Schneiderさんたちの研究チームでは、近接連星がブラックホール連星に進化して合体するというモデルを使って解析を行っています。
近接連星のイラスト。一方の星が赤色巨星になって膨張し、外層のガスが相手の星に降着する様子。(Credit: ESO/M. Kornmesser/S.E. de Mink)
近接連星のイラスト。一方の星が赤色巨星になって膨張し、外層のガスが相手の星に降着する様子。(Credit: ESO/M. Kornmesser/S.E. de Mink)
この研究では、近接連星の星で起こる“外層の剥ぎ取り”に着目してシミュレーションを実施。

近接連星では、片方の星が赤色巨星に進化して膨張すると、膨らんだ外層のガスが剥ぎ取られて相手の星に降着することに。
外層を失ってコアだけになった星は、やがて超新星爆発を起こしてブラックホールになります。

近接連星では、2つの星がそれぞれこのような進化を経て、最終的にはブラックホールになります。

解析の結果分かってきたのは、近接連星の両方の星が外層の剥ぎ取りを受けてブラックホール連星になる場合、ブラックホールの質量が太陽質量の約9倍か約16倍になることが多いこと。
この傾向は、重元素をあまり含まない近接連星でもほぼ同じものでした。

この結果から、重力波源のチャープ質量が太陽質量の約8倍と14倍にピークを持ち、中間がほとんどないという観測結果は、近接連星からできたブラックホール連星にこうした質量の偏りがあるせいだと考えれば説明できます。

チャープ質量がいつも同じになるという今回の結果は、どのようにブラックホールが生まれるかを私たちに教えてくれるだけでなく、どの星が超新星爆発を起こすかを推測するのにも使えます。

ただ、重力波イベントの検出数はまだ少ないので、チャープ質量にギャップがあるという観測事実自体が幻だという可能性もあります。

“LIGO”は5月24日から第4期の観測(O4)を開始していて、今後重力波の検出数が増えることで、ブラックホールの合体についてより理解が深まるかもしれません。


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