さすらうキャベツの見聞記

Dear my friends, I'm fine. How are you today?

私は、足で箸をもてない

2008-07-21 23:09:27 | Monday ゆかいな言葉たち
 夜勤明け、あちらを向いてもこちらを向いても家族連れ。
 ああ、世間は休日なのだと、妙に実感したある日の昼下がり、

 湯気の立つコーヒーを片手にこくっこく・・・こりゃいかん、と昔の本をぱらぱらと読み、

 ふと思い出す。

                       

 私は、足の指で、箸をもって、こんなに違和感なく器用に食べられないな~と感じたことを。
 両腕&片足なくても、それを補うべくできることを努力し、ステキな賜物(ギフト=才能,タラント)を磨いている人がいることを。


                       



 そんな彼女に、昔、こんな話があった。


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 わたしは平衡感覚が悪いので、バランスを崩してよく転んだ。ある夏の日、わたしたち家族は知人の家に招待された。ママとパパは招待してくれた人たちと、庭でテーブルを囲んで話をしていた。わたしとオッレは、芝生の上でその家の子供たちと遊んでいた。突然わたしは転んでしまい、ママを呼んだ。すぐに飛んできて抱き上げてもらいたかった。けれど、ママは助けにきてくれる代わりにこう言った。

 「あそこの垣根のところまで、這って行ってごらんなさい。垣根に寄りかかれば、立ち上がれるでしょう」

 わたしはその通りにやってのけた。
 とくにママにとって、わたしの自助力を育むことは重要なことだった。作業療法士として働いていたときに、親たちが子供を過保護にしたためにうまくいかなかった多くの例をみてきたからだ。

 生まれてから最初の数年間は、定期的にイェンシェーピング市にある障害児訓練センターに通い、ハンディキャップを持つほかの子供たちと出会った。わたしはセンターになじめなかったし、とても退屈だった。・・・(中略)・・・
 そこで、センターに行く代わりに、ママについて教会の子供会に行かせてもらった。ハンディキャップを持たない子供たちと会ったり、歌やゲームをしたり、絵を描いたり、工作をしたりする方が、よっぽど楽しかった。

 新しいことを学ぶことが楽しいと感じるように、ママとパパはあれこれ工夫をした。わたしは手芸をしているママの膝に座ってそれを見ているのが大好きだった。ママと同じことを試してみようと思うまでに、時間はかからなかった。もっともわたしのは、手芸ではなくて足芸だった。


          (レーナ・マリア著「レーナ・マリア ~フット・ノート
                      足で書かれた物語~」,小学館,1999 より一部抜粋)




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