『同じ結末が すべての人に来るということ、
これは日の下で行われる すべての事のうちで
最も悪い。
だから、人の子らの心は悪に満ち、
生きている間、その心には狂気が満ち、
それから後、
死人のところに行く。』
(旧約聖書・伝道者の書9章3節)
*********
実は、数日前、
(行こうか否か、悩みに悩んだが)、
意を決して、
Tさんに会いに行った。
*********
Tさんは、穏やかな優しい笑みの方だった。
冬のコートはとても上品なものを着こなしていて、
椿山荘での、お子さんのステキな結婚式のお写真も見せてくれたり、
「穴場スポットよ」と、神田川の桜を教えてくれた人だった。
それは、実際、良かった。
Tさんは、血管が細く採血に一苦労するため、
担当ではないときでも、時々お声がかかった一人だった。
痛いのはご本人なのに、
「申し訳ないわねぇ…」と、本当にすまなさそうにおっしゃるお一人だった。
とても穏やかな、優しい人だった。
病を、涙ぐみつつも、穏やかに、耐えていた。
**********
Tさんは、すやすやと眠っていた。
もはや、「あらっ」と嬉しそうに声をあげることもない。
穏やかで、眠っているかと思うくらい、だった。
安らかな表情で、
呼吸はゆっくりと規則的で、
お小水はほんとわずかで、
周りには、美しい花や、実習にきていたらしい看護学生からのクリスマスカードなどが飾られていた。
そばで少し話しかけると、まぶたが動いて、やや開きかけた。
**********
人は、最後まで聴覚は残るという。
状況は違うが、
私自身、交通事故に遭った時、
…感覚もなく、手足をぴくりとも動かすこともできず、声も発することが出来なかったときでも…
「大丈夫ですか~!? 大丈夫ですか~!?」
と呼びかける声は聞こえたっけ。
「大丈夫です」と返答したつもりが、
全然、わずかな声にさえなっていなかったけれど。
たぶん、最後まで声は聞こえているのだと思う。
(ト イウワケデ、人様ノ 最後ノベッドノソバデ 下手ナコトハ 決シテ言ワナイホウガ イイカモシレマセン)
**********
帰り際、振り返ると、
Tさんのお部屋の窓からは、東京のきらびやかな夜景を見渡すことができた。
だが、Tさんの目はもう見ていない。
少し開いて、そして、また閉じた。
Tさんは、もはやそんなものではなく、
別のものを夢見て、いるのかも、
しれない。
(何が見えているか、
私にはわからない。)
・・・だから、私は、
春になったら、また、
神田川の桜を、
見に行こう。
これは日の下で行われる すべての事のうちで
最も悪い。
だから、人の子らの心は悪に満ち、
生きている間、その心には狂気が満ち、
それから後、
死人のところに行く。』
(旧約聖書・伝道者の書9章3節)
*********
実は、数日前、
(行こうか否か、悩みに悩んだが)、
意を決して、
Tさんに会いに行った。
*********
Tさんは、穏やかな優しい笑みの方だった。
冬のコートはとても上品なものを着こなしていて、
椿山荘での、お子さんのステキな結婚式のお写真も見せてくれたり、
「穴場スポットよ」と、神田川の桜を教えてくれた人だった。
それは、実際、良かった。
Tさんは、血管が細く採血に一苦労するため、
担当ではないときでも、時々お声がかかった一人だった。
痛いのはご本人なのに、
「申し訳ないわねぇ…」と、本当にすまなさそうにおっしゃるお一人だった。
とても穏やかな、優しい人だった。
病を、涙ぐみつつも、穏やかに、耐えていた。
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Tさんは、すやすやと眠っていた。
もはや、「あらっ」と嬉しそうに声をあげることもない。
穏やかで、眠っているかと思うくらい、だった。
安らかな表情で、
呼吸はゆっくりと規則的で、
お小水はほんとわずかで、
周りには、美しい花や、実習にきていたらしい看護学生からのクリスマスカードなどが飾られていた。
そばで少し話しかけると、まぶたが動いて、やや開きかけた。
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人は、最後まで聴覚は残るという。
状況は違うが、
私自身、交通事故に遭った時、
…感覚もなく、手足をぴくりとも動かすこともできず、声も発することが出来なかったときでも…
「大丈夫ですか~!? 大丈夫ですか~!?」
と呼びかける声は聞こえたっけ。
「大丈夫です」と返答したつもりが、
全然、わずかな声にさえなっていなかったけれど。
たぶん、最後まで声は聞こえているのだと思う。
(ト イウワケデ、人様ノ 最後ノベッドノソバデ 下手ナコトハ 決シテ言ワナイホウガ イイカモシレマセン)
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帰り際、振り返ると、
Tさんのお部屋の窓からは、東京のきらびやかな夜景を見渡すことができた。
だが、Tさんの目はもう見ていない。
少し開いて、そして、また閉じた。
Tさんは、もはやそんなものではなく、
別のものを夢見て、いるのかも、
しれない。
(何が見えているか、
私にはわからない。)
・・・だから、私は、
春になったら、また、
神田川の桜を、
見に行こう。