僕の歌の先生・大塚直之さんです──「かかってこい世界」
楽器と名の付くものは、まったくダメだ。弾けない、吹けない。
ヴォーカルのレッスンに通うミュージックスクールの先生が、
「ギターもやってみませんか」と持たせてくれたものの、5分もしないうちに
「まあ、ボチボチやりましょうか」と、あっさり諦めてしまった。
そして、次に先生が勧めたのがハーモニカだった。
これは何と適当な楽器であることか。正確に音符通り吹かなくとも、
そのあたりを吹いていると何とか様になっている。
何だか、誰かの生き方と似ているような……。
お断りしておくが、これはあくまで10ホールズハーモニカの話だ。
10穴しかないもので、ドイツのホーナー社製だとブルースハープ、
普通にはブルースハーモニカという。
ロックやフォーク、それにブルースなどでよく使われる。
フォーク歌手がギターを弾きながら、
首に固定具をつけ吹いている、あのハーモニカだ。
そんな適当な楽器だから、僕でも何とかなったのだろう。
覚え方にしてそうだ。どの穴がドなのか、レなのか、あるいはミなのか、
それを覚えることなく、先生が
「4を吹いて、5を吸う。そして、また4を吹いて」
などと言ってくれる通りにやって覚えていった。
だから、何番目の穴がドなのかいまだによく分かっていない。
もっとも、前奏、あるいは間奏にちょっと入れるだけだから、
それで通用するのだろうが、本格的だと、もちろんそうはいかない。
ほとんど、先生のギター1本の伴奏で歌っているのだが、
確かにハーモニカをちょっと入れるだけで、なかなかよろしくなる。
この小さなハーモニカの、大きな役割に感じ入ることしばしばだ。
そういうことでホーナー社製1本とトンボ社製2本を持っている。
ただ気の毒なことに、この3本のハーモニカが、
書棚の飾り物同然にほこりをかぶっている。
たまに、ほこりを払ってやりはするが吹くことはない。
3月以来、まったく歌のレッスンに行っていないのだ。
コロナウィルスによりスクール自体が休業したし、
こちらの入院治療などということも重なり、ぱったりと遠のいてしまった。
もう、声が出ないかもしれない。何せ、もう2週間もすると78歳になる。
ただでさえ枯れた声なのに、ますますしわがれてしまったことだろう。
とは言って、このまま止めてしまう気はない。
歌えば心が柔らかくなる。元気が出てくる。
いちばん最初に買ったホーナーのブルースハープ、
その蓋をそっと開け手にしてみた。
「吹いてみてよ」──なんだか誘っているように思えてくる。