Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

「S」先生はアイドル

2020年07月15日 21時37分05秒 | 思い出の記
       

   中学3年の時の国語の先生を僕たちは「S」と呼んだ。
   名前のイニシャルではない。あだ名。
   独身の女の先生。なぜ「S」と呼んだか、おおよそ想像いただけると思う。
   少年の目で見ても、とても女性らしい立派な体をされていた。
   「S」と名付け、それを学級内、いやたちまち校内に広めたのは、
   他ならぬ学級委員長をしていた僕だった。いささか、ませた子だったのだろう。
           
ある日、まだ先生が教室に来られる前、僕はクラスメートに
「今日は、先生から何を聞かれても返事をしない。
一言もものを言わないようにしよう」と言った。
この提案は「面白いな。皆、絶対そうしようぜ」と全員一致の決議となった。

   そうやって授業開始──。
   先生が「○○君、これについて君はどう思いますか」と質問するのだが、
   もちろん、○○はまったく返事をしない。
   「どうしたの」と聞かれても、うつ向いたままだ。
   女生徒の誰かがくすくすと笑う。
   そこで先生、今度はそのくすくす笑いの子に
   「では○○さん、どう?」と指名した。だが、同じことだ。返事をしない。
   そうなると、先生だって「何か変だ」と気付く。
   ベテランの男の先生だと、「ああそうか。やめやめ」と
   授業を打ち切って教室から出て行くのだろうが、
   この先生は大学を出てまだ2年か3年。
   初めての経験にすっかり戸惑っている。
   「こんな時は学級委員長だ」と言わんばかりに、
   僕を見て「○○君、どう?」ときた。
   だが、言い出しっぺの僕が折れるわけにはいかない。
   やはり、無言。ついに先生、ポロポロと涙を流し始めた。
           
今度はこちらが慌てた。先生が泣き出すとは思ってもいなかったのだ。
つい、「先生、先生。泣かんで」と言ってしまった。
すると、クラスメートが「なーんだ。終わりだね」
そう言いながら大笑いしてしまったのだ。
「先生、ごめんなさい」僕が頭を下げると、
皆も席を立ち、声を合わせ「ごめんなさい」と言った。
先生はしばらくぽかんとしていたが、すぐに可愛い笑顔になった。

   皆、この先生が好きだった。今風に言えば、アイドルだったのだ。
   好きな女性の気を引きたくて、ちょっといたずらをしてみる。
   それと同じようなことだったのだと思う。

短歌の授業を終え、先生が僕を呼んだ。
「君は短歌を作るのが上手だから、一つ作ってみてくれない。
市内の中学生の文集に載せられたらいいなと思うから」と言った。
「分かりました」と答えた僕は後日、約束を違え短歌でなく詩を書いて渡した。
文集には、その詩が掲載されていた。