1976年の日本地震学会で、東海地震説のもとになった「駿河湾地震説」を発表した。
これは地震学界だけでなくマスコミでも盛んに取り上げられ、静岡県周辺の防災対策強化や直前予知体制が官民挙げて進められるきっかけとなった。
*しかし、地震学会では「原発推奨派が地震予知は不可能との論文」で巻き返しを図り(東大・電力会社 主導)直前での予知体制は成らなかった。
反対に官民学の原発推奨派が、正論「地震予知は不能」の運動を開始(旗振り役・東京大学研究者) 現在まで続いている。*
雑誌『科学』(岩波書店)1997年10月号で論文「原発震災―破滅を避けるために」を発表。
以後、日本国内における原子力発電所の耐震性を最新の地震学の知見で見直す必要性や、東海地震想定震源域の真上に建っている浜岡原子力発電所の閉鎖、原発依存からの脱却を一貫して主張し続けている。
2001年には国の原子力安全委員会耐震指針検討分科会委員に就任し、『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』の改訂に関わったが、改訂案が了承される直前の2006年8月になって、内容を不服として委員を辞任した。
「原発震災」への懸念は、2011年の東日本大震災における津波で引き起こされた福島第一原子力発電所事故で現実のものとなった。
研究の興味
地震現象には,地球上どこでも共通な普遍的・物理的側面と,ある地域に固 有な変動現象の一環という地学的側面があります。
私は後者の側面にとくに注 目して,大地震が特定の場所でなぜ起こるのかを理解しようという研究(地震 テクトニクス)をおこなっています。
これは,地震の物理的側面とともに,多 種多様な地球物理・地質・地形学的データを総合的に扱う変動論ともいえま す。この研究によって,将来の大地震の発生場所と震源断層運動を予測するこ とも目指しています。
現在は日本列島を対象にしていますが,方法論は地球上 の他の地域にも応用できるものです。
この研究の一環として,歴史地震の研究(古い地震の観測と解釈)にも力を 入れています(http://historical.seismology.jp/ishibashi/)。
日本の歴史地震研究には大きな蓄積がありますが,方法論的な 問題点や誤った知見も少なくないので,世界に通用する新たな歴史地震学を構 築したいと考えています。
現代日本社会は,超高層ビル中心の「都市再生」政策や多数の原子力発電所 の存在などによって,震災ポテンシャルを著しく高めています。
これは地震研 究者でないと見えてこない要素が多いのですが,アカデミズムからの指摘は皆 無に近く,社会は危険性を認識していません。
大学の研究者の社会的責任は, 単なる研究成果の紹介・解説だけではないと思うので,危険性の分析と情報発 信にも多くの時間と力を注いでいます。
また雑誌「世界」(5月号)において”まさに「原発震災」だ”を寄稿している。
副題が「根拠なき自己過信」の果てに。「軍国主義の時代」と「原発主義の時代」という視点で現代社会を批判し「地震列島から原発撤収を」と訴えている。
原発の安全性は、いままで無関心であった人も今回わかっただろうが、莫大な放射能を内蔵するゆえに、ほかの施設より格段に高くなければならない。
ところが原発はまだ完成された技術ではない。…(略)ちっぽけな地震列島の海岸に54基もの大型原子炉を林立させ、それを制御して安全を保つということが、どんなに危ういか、ほとんどの人はわかるだろう。 (「世界」から抜粋)
石橋 克彦(いしばし かつひこ、1944年 - )は日本の地球科学者。神奈川県出身。
専門は歴史地震、地震テクトニクス。
この様な真面目な学者に世論は、賛同し研究予算と権限を委託したら好いと考える。
東京大学の学者は、外に出る(他大学)と「まともな研究者」に成るのだと一考させられた。(笑い)
それと同時に 地震予知は可能である「上田誠也」氏の勇気ある言動にも感謝したいと考えます。
二人とも東大??? 東大出は好きなタイプでは無い「理由は、創造性に欠ける人種が多い」が、あえて二人の偉業に謝意を申したい。
正論 「赤門」内での国家権力には逆らえないか・・・。
少し(枕を高くして)睡眠できそうだ。 サハリンマン
著書
『地震予知の方法』共著、東京大学出版会、1978年
『地震の辞典』共著、朝倉書店、1987年
『南の海からきた丹沢 - プレートテクトニクスの不思議』共著、有隣堂、1991年
『大地動乱の時代 - 地震学者は警告する』 岩波書店〈岩波新書〉、1994年
『阪神・淡路大震災と地震の予測』(深尾良夫との共著)岩波書店、1996年。
『阪神・淡路大震災の教訓』 岩波書店〈岩波ブックレット〉、1997年。