地域社会には自治会・町内会と称される住民団体がある。建前では任意
加入とされつつも、実態は全戸自動加入で入会を強制され会費を徴収さ
れる。当該団体は、お祭りや交通安全等の地域行事を主催・運営したり、
行政伝達事項・事務の下請けを任されたりと、お上の都合に奉仕する団
体でもあり、団体の性格も役員も、総じて権力迎合的で保守的である。
自治会・町内会には、既に地元行政からも活動への補助金が支給されて
もいるが、このたび国からも、地域の任意地縁団体である自治会等に、
国策への貢献や負担の度合に応じて、公金を直接支給する制度が出来そ
うだという話である。
これは、在日米軍基地の再編交付金という形で計画が発表されているも
ので、「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」が本年度末
に失効するので、内容を改変して再度10年間延長させるにつき、基地
受け入れ負担の見返りに、国が自治会等に直接カネを渡して懐柔するの
が狙いのようだ。
国が何らかの政策推進のために、自治会や町内会に金銭を手渡すという
仕組みは、基地問題の解決策以外にも、今後は使われる手段となるかも
しれない。既に朝日新聞は社説(6/7)で「例えば放射性廃棄物の最終処
分場建設など、引き受ける自治体が見つかっていない問題でも、同じ手
法が使われる恐れはないか。」と懸念を表明している。
自治会・町内会は、地域社会での準公的団体とも言えるのに、人治的な
人間集団と非民主的な意思決定で運営され、地域住民を上から仕切って
いることが多いように感じられる。自治会等地縁団体は、顔ボス支配型
で非民主的、公正・公平性にも欠ける不透明性がある。会計も大雑把で
監査も形式だけであり、営利企業のようにキチンとした体裁を備えた集
団や組織ではない。このような団体あるいは人間集団に、政治性の濃い
公金が給付されることには、かなり懸念・疑念がある。
町内会に大金が交付されたら、役員連中の旅行代や飲み代になったり、
こっそり懐に入れる輩もあるかしれない。仮にそんなことがあっても、
不正についてチェック機能がない内輪の会なので、ナアナアでお仕舞い
だろう。企業コンプライアンスが叫ばれる当節なのだから、これを機に
地縁団体のコンプライアンスの確立、外部監査等の導入も、国策として
推進すべきである。
何よりも私が危惧を感じるのは、カネの話よりも、戦時中の大政翼賛会
と隣組のような監視や強制的同質化の制度的復活である。政治的な公金
の支給により、国策遂行を末端の住民組織にまで浸透させる仕組みや制
度が出来ると、国策を下支えすることが義務かのような同調圧力や、果
ては、国に威を借りた徒党集団(かつての自警団のような)による威圧言
動等が生じはしまいか等。住民が委縮したり不安や恐怖にさらされるこ
とはないだろうか。
町内会をテコにして地域を情宣し、住民を国策に動員するかのような政
治スタイルには、断固反対である。地域デモクラシーに首輪を付けるか
のような方向性については、いち国民いち主権者としては十分警戒と用
心をしたい。
かつての時代、戦争のような国策に反対する住民は、危険分子だのと近
隣から密告されると、「アカ」「非国民」呼ばわりの地域総がかりで、
過酷な迫害を受けることがあった。極めて愚かで悲しい出来事だが、無
辜の民が信じて行った「正義」の社会的制裁でもあったのだろう。
このように地域社会の日常の暮らしの中で、権力が人心に魔を操り、人
間存在を闇に追い込むような歴史の轍、大きな政治決定が、結局は人間
の尊厳を破壊してゆく自己矛盾の連鎖に、再び踏み込んではならない。
加入とされつつも、実態は全戸自動加入で入会を強制され会費を徴収さ
れる。当該団体は、お祭りや交通安全等の地域行事を主催・運営したり、
行政伝達事項・事務の下請けを任されたりと、お上の都合に奉仕する団
体でもあり、団体の性格も役員も、総じて権力迎合的で保守的である。
自治会・町内会には、既に地元行政からも活動への補助金が支給されて
もいるが、このたび国からも、地域の任意地縁団体である自治会等に、
国策への貢献や負担の度合に応じて、公金を直接支給する制度が出来そ
うだという話である。
これは、在日米軍基地の再編交付金という形で計画が発表されているも
ので、「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」が本年度末
に失効するので、内容を改変して再度10年間延長させるにつき、基地
受け入れ負担の見返りに、国が自治会等に直接カネを渡して懐柔するの
が狙いのようだ。
国が何らかの政策推進のために、自治会や町内会に金銭を手渡すという
仕組みは、基地問題の解決策以外にも、今後は使われる手段となるかも
しれない。既に朝日新聞は社説(6/7)で「例えば放射性廃棄物の最終処
分場建設など、引き受ける自治体が見つかっていない問題でも、同じ手
法が使われる恐れはないか。」と懸念を表明している。
自治会・町内会は、地域社会での準公的団体とも言えるのに、人治的な
人間集団と非民主的な意思決定で運営され、地域住民を上から仕切って
いることが多いように感じられる。自治会等地縁団体は、顔ボス支配型
で非民主的、公正・公平性にも欠ける不透明性がある。会計も大雑把で
監査も形式だけであり、営利企業のようにキチンとした体裁を備えた集
団や組織ではない。このような団体あるいは人間集団に、政治性の濃い
公金が給付されることには、かなり懸念・疑念がある。
町内会に大金が交付されたら、役員連中の旅行代や飲み代になったり、
こっそり懐に入れる輩もあるかしれない。仮にそんなことがあっても、
不正についてチェック機能がない内輪の会なので、ナアナアでお仕舞い
だろう。企業コンプライアンスが叫ばれる当節なのだから、これを機に
地縁団体のコンプライアンスの確立、外部監査等の導入も、国策として
推進すべきである。
何よりも私が危惧を感じるのは、カネの話よりも、戦時中の大政翼賛会
と隣組のような監視や強制的同質化の制度的復活である。政治的な公金
の支給により、国策遂行を末端の住民組織にまで浸透させる仕組みや制
度が出来ると、国策を下支えすることが義務かのような同調圧力や、果
ては、国に威を借りた徒党集団(かつての自警団のような)による威圧言
動等が生じはしまいか等。住民が委縮したり不安や恐怖にさらされるこ
とはないだろうか。
町内会をテコにして地域を情宣し、住民を国策に動員するかのような政
治スタイルには、断固反対である。地域デモクラシーに首輪を付けるか
のような方向性については、いち国民いち主権者としては十分警戒と用
心をしたい。
かつての時代、戦争のような国策に反対する住民は、危険分子だのと近
隣から密告されると、「アカ」「非国民」呼ばわりの地域総がかりで、
過酷な迫害を受けることがあった。極めて愚かで悲しい出来事だが、無
辜の民が信じて行った「正義」の社会的制裁でもあったのだろう。
このように地域社会の日常の暮らしの中で、権力が人心に魔を操り、人
間存在を闇に追い込むような歴史の轍、大きな政治決定が、結局は人間
の尊厳を破壊してゆく自己矛盾の連鎖に、再び踏み込んではならない。