今日も昨日に続いて、朝から真夏の陽射しが厳しい。
お盆の町の静けさに、セミしぐれが降っている。
どうして毎年8月15日は晴天で雨が降らないのだろうか?
昭和一桁世代の文芸評論家・桶谷秀昭氏は、終戦記念日に雨が降ったのは、
おそらく平成15年の夏だけではなかろうか、とある自著に記している。
昭和20年8月15日を回顧する人々は、決まって「暑い日だった」と語る。
その日、私の父は田舎の野原に数人で、防空壕の穴掘りをしていたそうだ。
遠くの方から「おーい、穴掘りなんかやめろー」と声が飛んできた。
「戦争が終わったぞー!」とその声は続いた。
蒼天からは、焼けつくような真夏の陽射しが降り注いでいた。
誰もが虚脱感とともに、一切の思考も言葉も失っていた。
ただただ、上空に輝く太陽ばかりを睨み返していた。
15歳の少年であった父も、天を仰ぎ、ただ「あぁ、暑いな」と思っていた。
昭和20年終戦の日の「暑さ」は、そんな歴史的瞬間に立ち会った者たち
のみが固有に感じる体験の相の、表現し得ない表白なのだろう。
ところで、今年は北京オリンピックが開催されているせいか、
終戦記念日を巡る、いつもの日中間の喧しさがないようだ。
私は、この北京五輪にどうしてかあまり興味が湧かない。
我が家から徒歩10分程の所に、水泳の北島康介選手の実家がある。
普段からあまり目立たない小さな肉屋さんである。
周辺にあるお店には、北島さんを応援する張り紙があちこちに見られる。
水泳のことはよく分からないが、
彼は度胸も据わった超一流のアスリートであると思う。
私も小中学生の頃には、夏のオリンピックには感動したものだ。
真夏の熱気と選手の活躍ぶりに、心が踊るような気分を味わった。
世界の頂点を目指して競う選手達の姿は、目映いほど素晴らしい。
そこには、人生は努力であり挑戦であるというメッセージをも感じた。
だが中年も深まった今日、暑い夏の熱気に挑むような競い合いよりも、
熱気を冷ましてくれる夕立ちの方に、夏を親しく感じるようになった。
五輪の熱気に、若人は多いに刺激を受けて、自分の励みとするが良い
と思う。オリンピックとは、国家の威信や国威の発揚、メダルの数では
なく、人々に勇気や感動を与えるためのものであって貰いたい。
(いささか、新聞の社説じみた落ちで纏めてしまったことを恥じてます。)
お盆の町の静けさに、セミしぐれが降っている。
どうして毎年8月15日は晴天で雨が降らないのだろうか?
昭和一桁世代の文芸評論家・桶谷秀昭氏は、終戦記念日に雨が降ったのは、
おそらく平成15年の夏だけではなかろうか、とある自著に記している。
昭和20年8月15日を回顧する人々は、決まって「暑い日だった」と語る。
その日、私の父は田舎の野原に数人で、防空壕の穴掘りをしていたそうだ。
遠くの方から「おーい、穴掘りなんかやめろー」と声が飛んできた。
「戦争が終わったぞー!」とその声は続いた。
蒼天からは、焼けつくような真夏の陽射しが降り注いでいた。
誰もが虚脱感とともに、一切の思考も言葉も失っていた。
ただただ、上空に輝く太陽ばかりを睨み返していた。
15歳の少年であった父も、天を仰ぎ、ただ「あぁ、暑いな」と思っていた。
昭和20年終戦の日の「暑さ」は、そんな歴史的瞬間に立ち会った者たち
のみが固有に感じる体験の相の、表現し得ない表白なのだろう。
ところで、今年は北京オリンピックが開催されているせいか、
終戦記念日を巡る、いつもの日中間の喧しさがないようだ。
私は、この北京五輪にどうしてかあまり興味が湧かない。
我が家から徒歩10分程の所に、水泳の北島康介選手の実家がある。
普段からあまり目立たない小さな肉屋さんである。
周辺にあるお店には、北島さんを応援する張り紙があちこちに見られる。
水泳のことはよく分からないが、
彼は度胸も据わった超一流のアスリートであると思う。
私も小中学生の頃には、夏のオリンピックには感動したものだ。
真夏の熱気と選手の活躍ぶりに、心が踊るような気分を味わった。
世界の頂点を目指して競う選手達の姿は、目映いほど素晴らしい。
そこには、人生は努力であり挑戦であるというメッセージをも感じた。
だが中年も深まった今日、暑い夏の熱気に挑むような競い合いよりも、
熱気を冷ましてくれる夕立ちの方に、夏を親しく感じるようになった。
五輪の熱気に、若人は多いに刺激を受けて、自分の励みとするが良い
と思う。オリンピックとは、国家の威信や国威の発揚、メダルの数では
なく、人々に勇気や感動を与えるためのものであって貰いたい。
(いささか、新聞の社説じみた落ちで纏めてしまったことを恥じてます。)