脳内で、勝手にしやがれを再生しながら解説を聴きました。
昭和は輝いていた 徹底解剖!ヒット曲の秘密、「勝手にしやがれ」
(続きです)
(勝手にしやがれのイントロは)
ピアノコンチェルトみたいのどう?
ああ、羽健に弾いてもらおうか。
ジャジャンジャンジャーン
これは憶測です、全部。
なんでそう思っちゃうかと言うと、
ずーっとね、トランペットが出てこないんです。
でもトランペットがいるんです、ここ。
(楽譜に赤丸)
♪行ったきりなら 幸せになるがいい~♪
ここサビですよ。(トランペットの吹きマネをして)
♪チャラーラーラー♪
やっと、西部警察みたいなフレーズが
やっと出てくるんです。
ここまで人を雇って(トランペットを)椅子に
座らせておくなんて、有り得ない。(笑)
それは絶対、アレンジャーはそんなことはしない。
だって怒るもんね、トランペットとトロンボーン人たちは
俺達は何しにここに来ているんだ。
ここにいるんですよ
♪戻る気になりゃいつでもおいでよ♪
の、前(ブラス)と後。
バイオリンも多分、20人ぐらいいるんですよ。
(え~!!)
それは多分・・
♪出て行ってくれー♪ チャカチャカチャ
♪あ~あ~♪チャカチャカチャ(これバイオリン)
♪ああああ~あ~あ~あ♪
(なんだ、全員楽器がいるんじゃん)
それを録ってから選んだのか、これ違うから
羽健、呼んで来いとなったのか
それは、わかりませんよ。
とにかく、欲しいものを欲しいとこに散りばめて
いくっていう、作家が書いたものを有難くいただくよりも
聴いてるリスナーや、ディレクターさんが
これちょっと違うな、違う楽器ないの?ということで
選べる時代になっちゃったということで
僕はそういう時代感を持って、これを聴きました。」
武田
「沢田研二というシンガーが、それを呼び寄せたんですよね。」
宮川
「多分、そうともいえる。ここにブローチつけましょうとか
パラシュートつけましょうとか、やってるのと
同じような、ジュリーがいるからこそ、
こういう始まりがいいとか、トランペットは
待たせとけばいいじゃないとか
平然とやり始めたとか」
武田
「スーパースターとは、そこを生きるもんだと
そういう演出がこの時代、えらく流行ったのを
覚えてますよ。ギター1本でシンガーが歌っている。
後ろも付けないんだと思ったら
ある曲から、後ろに40人いたんだという、
幕がバーンという・・
(局アナ、見当がつかずポカン)
見たこと無いか、浜田省吾という、地味だなと
思ったら、幕を落としたら後ろにいるわ、いるわ・・
その時に、観客はたまんないんだよね。」
曲アナ
「やっぱりふくおかさん、この時代 一気に変わってきたという・・」
ふくおか
「TVで、1曲づつヒットが出てくるという時代でしたから
TVで、どういう演出をしようか、夜のヒットスタジオとかね
ジュリーも帽子を投げるとかね」
武田「カッコ良かったな~」
ふくおか
「いちいち、一生懸命考えてますからね。」
では聴いていただきましょう。
流れる画像が、昭和53年3月5日
「ヤンヤン歌うスタジオ」からの映像
ジュリーの歌声を聴き終えて
武田「いや~ 宮川さんのご指摘、なるほど!」
局アナ
「(音が)いましたね、確かに全然出て来なくて
急に出てくるんですね」」
宮川
「普通に聴いていたんですけど、改めて聴いてみると
ああ、なんて贅沢な事やっていたんだろうって」
局アナ「お金、かかってますよね」
(以上)
宮川さんの解説に、そういえば!と何度も
頷きました。とてもわかりやすい解説でした。
歌う映像は「ヤンヤン歌うスタジオ」から、テレビ東京では
今まで何度も流れた映像です。
今ではNHKもTBSも夜ヒットも全員集合も、悪魔も源氏も
見たかったものが全部見られるようになりました。
そんな今、一番見たいと思っているのが
実はテレ東の、司会があのねのねの「ヤンヤン歌うスタジオ」。
ジュリーは、毎度あのねのねとの、ユル~イ楽屋内でのやりとりや、
アイドル達とのバカバカしいコントを手抜きせずに
演じていて、笑ってよく見た楽しい番組でした。
ジュリーは番組の準レギュラーのようによく出ていて
いま、あのユルイコントがまた見てみたいと思います。
テレ東のディレクターが、あのジュリーが何でも
嫌がらずにやってくれたと、賞賛していましたが
その映像は、どうやら残っていないんだろうね。