アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

映画「顔のないヒトラーたち」

2017-01-08 00:00:59 | 映画とドラマと本と絵画
   フェイスブック友達の投稿で知ったこの映画、「ドイツの歴史認識を変えた」といわれるアウシュビッツ裁判にまつわる話です。再現ドラマのようで地味ではあるのですが、内容は驚きの映画でした。

   時は1958年。旧西ドイツの地方都市フランクフルトが舞台。裁判所?で働く若い検事が、アウシュビッツ収容所に収容されていたユダヤ人と知り合って、はじめてナチスの、収容所での残虐行為を知るところから始まります。

   驚くことに当時、若い人のほとんどはアウシュビッツの名前を知らず、同時代を生きたひとたちもナチに統治されていた時代のことを話したがらなかった。古傷に触れるな。暗黙の裡にそういう雰囲気があったようです。強い正義感から、収容所で殺人を犯したドイツ人の告発を始めた主人公の検事を、同僚たちはひややかに、一部の人たちは敵意を持って遇します。当時は、東西に分断され、冷戦のまっただなかにいた西ドイツにとって、目下の敵はソ連。旧悪を蒸し返す暇はない、といった状況でした。

   ヒトラーは自殺し、主要な戦犯はニュールンベルグ裁判で死刑に処せられた。それで戦中の犯罪行為はすべて落着とされていました。しかし、検事たちは何万件という膨大な資料を検討して収容者の証言を聴取。ついに数年後、複数の被告を裁くところまでこぎつけます。

   公判が開かれたのは1963年。19名の被告全員が有罪となります。この裁判を皮切りに、ドイツの、ナチ統治時代のユダヤ人に対する行為の徹底追及がはじまります。

   映画を見る限り、この裁判の焦点は、「上からの命令に従って殺人を犯した人に、罪はあるのか」というところにあるとおもう。そして、この裁判での見解は、「ある」。つまり、「しかたなくやらされた仕事だ」という言い訳は通用しない、ということが、国民のコンセンサスとして確定した、ということです。
   
    フランクフルトの検事たちが告発したナチ党員たちは大物ではなかったようです。上層にいたアイヒマンとか医師のヨーゼフ・メンゲレは南米に逃亡していて、帰国の情報が伝わっても逮捕することはできなかった。政府も彼らの逮捕には消極的だったようです。しかし、小物でも、罪は罪として罰するべきだという見解を、彼らは示した。さらに、沈黙した人も共犯という見解も。このことはすごいことだな、とおもいます。学校で、一人のいじめっ子を支えるのは、しかたなくいじめっ子に従うか、沈黙する多数のクラスメート。ジャイアンを嫌いながら暴力が怖くて同調するスネ夫は、本人の弁解がどうあれ、加害者です。そのことを、自戒とともにつよく考えさせられた映画でした。

    

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