(フェイスブックにも投稿)
末日聖徒の間ではごく稀にしか見られない視点であるが、敢えて紹介したいと思う。まず、ヨハネ19:26を欽定訳とギリシャ語本文を比較してみる。
Woman, behold thy son! v. 26
Behold thy mother! v. 27
Γύναι, ἴδε ὁ υἱός σου. v. 26
Ἴδε ἡ μήτηρ σου.” v. 27 (μήτηρ メイテア はmother と同じ祖語から)
欽定訳では「あなたの子を見なさい」、「あなたの母を見なさい」とある、しかし、ギリシャ語本文は、「子」も「母」も主格であって対格(目的格)ではない。どうしてKJVでこのようになっているのか検証することができなかったが、他の英語諸訳も邦訳も「見なさい、これはあなたの子です(or『ここにあなたの子がいます』)」と訳されている。
この二節の解釈は、先ず原義は文脈が示しているように、イエスの母に愛弟子ヨハネを指してあなたの子だと言い、弟子にこれはあなたの母だと言われ、この弟子がイエスの母を引き取ることになる。時代を経て、象徴的に受け取る解釈が現れる。例えば山谷省吾は「母マリヤをユダヤ人キリスト者に譬え、異邦人キリスト者との和合・一致をすすめたイエスの言葉」と解釈されうる、と書いている(新約聖書略解)。そして私は文脈をさて置いて、「成人した女性は若い少年を我が子のように、若い世代は年老いた人を自分の親のように接し、世話をする」ようにという意味を読み取ってきた。
そして興味深いことに東欧のリトアニアでは、十字架を見る度に誰が自分の子であり、母であるか自問すると言う。この伝統を間近に見たロバート・A・リーズ Robert A. Rees 交換教授は、末日聖徒が何か大切なものを失っていたように感じ愕然とした、と語った。彼は象徴としての十字架を外交的に如才なく(配慮をもって愛想よく)受け入れてもいいのではないか、と提案している。
ここで私たちの教会と十字架の関係についてざっと見ておくと、聖徒たちがユタに着いて「正にここである」という記念碑を建てようとした時、教会は市に十字架の建造物を建てるよう申請したこと、ブリガム・ヤングの娘たちが十字架のアクセサリーをつけていたことや、過去といっても比較的最近のデイビッド・O・マッケイの時代に十字架と象徴として用いないことが制度化されたことを覚えたいと思う。そして、大きな流れとして、米国に渡ったプロテスタントがカトリックを蔑視するあまりカトリックと一体視された十字架も忌避したが、年月がたって間柄が緩和され、十字架をプロテスタントも用いるようになった。しかし、西部に隔絶されていた末日聖徒はその転換に同調することなく、十字架をタブー視する風潮が継続した、とM.G.リード(「キリストの共同体」会員)は観察している。
私も長年十字架の形や飾りを遠ざけてきたので、心情的に微妙な問題であるが、徐々に受け入れ始めてもよいのではないかと思っている。同じキリスト教徒と理解し合うためにも、さらに十字架の意義の大きさから言っても(贖いは十字架の受難を経て完成する)。
[ローマ神殿の入り口に十字架が見える!?外交的工夫か偶然か?]
参照 Michael G. Reed, “Banishing the Cross: The Emergence of a Mormon Taboo” John Whitmer Books, 2012
伝来した棲雲寺では虚空蔵菩薩像とする伝承を持っている。金泥の使用や暈取り(くまどり)など中国・元代仏画の特徴を持つ。持物に十字架が描かれていることから尊格については諸説があり、江南地方で流布されていたネストリウス派キリスト教(景教)の聖像とする説や、マニ教の教主とする説などがある。
この掛け軸は以前は折りたたんで箱に収められていた。箱を開けると目がつぶれるといわれていたため、誰も開いたことがなかったが、昭和前期に箱を開けたところ、この菩薩像が発見された。
」https://09270927.at.webry.info/201410/article_2.html
との事ですが???
まず、「愛弟子」とは書いてますが、ヨハネとは書いてません。
原書をたどれば「愛弟子」がヨハネだと書いてあるのでしょうか?
聖書を読む限り、ヨハネがイエスの母マリアを引き取って面倒を見たって事は、何処にも書いてないでしょ?
それに、ヨハネはイエスの死後エペソに行きますが、母マリアを連れて行ったんでしょうか?
そもそも、母マリアは聖書にはほとんど出てこない人物で、どこで何をして暮らしていたのかもよく分からない存在だと思うんですが?
>「成人した女性は若い少年を我が子のように、若い世代は年老いた人を自分の親のように接し、世話をする」ようにという意味を読み取ってきた。
中年女性がジャニーズ系の追っかけをしてるのはよく耳にしますが、逆はあまり聞いたことが無い。
ただ、日本で明治以後「養老院」を設立したのは、キリスト教関係者だったらしい。
儒教で言う「長幼の序」とは少し意味合いが違うのかもしれない。
第四福音書とも呼ばれる『ヨハネによる福音書』の最後にある記述[1]によって、その著者が示される。匿名の「この弟子」は、「イエスの愛しておられた弟子」あるいは「愛する弟子」として同書にたびたび登場するが、他の福音書(共観福音書)には登場しない。 英語では The Beloved Disciple として、しばしば固有名詞的に扱われる。
」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%BC%9F%E5%AD%90
「,ヨハネに関係する書によってこそ,ヨハネが自分の主であり友であるイエス・キリストの神性についての力強い証人である,ということが最もよく分かるのです。これら新約聖書の書は,ヨハネを,わたしたち自身の弟子の務めの教師ならびに模範として描
」https://www.churchofjesuschrist.org/study/liahona/2019/01/john-the-disciple-whom-jesus-loved?lang=jpn
https://en.wikipedia.org/wiki/Eric_D._Huntsman
「Disciple -- mathētēs (μαθητής) | Eric D. Huntsman (BYU New Testament Commentary Conference 2019)
」
https://www.youtube.com/watch?v=dmgf8XhY2qw
そう言えば思い出した話がある。
礼拝堂の檀上正面に、映写用のロールスクリーンが設置された時に、それが、壁の中央に縦長に設置されているステンドグラス窓と一体となって、「十字架に見える」と言うクレームが、ステーク会長か?から出て、一時撤去されたことが有った。
モルモンが既存のキリスト教会に対して「差別化」を図るためにどうでも良い教義の先鋭化に走ったために、会員も無意味な非キリスト教的教義を受け入れ、拡大再生産させたのかと思う。
ただ、既存のキリスト教の解釈でも、本来では無いものを感じることも多々ある。
人間はどうも自分なりに解釈する癖があるようだ。
知恵の言葉なんてその最たるもの。
ジョセフの妻が集会後の部屋の掃除が大変だと苦情
↓
戒めじゃないけど強き飲料、熱き飲料、タバコは控えるように
↓
やっぱり戒めってことにしよう
↓
健康の戒めを守って肉体を神聖に保つべき
↓
とは言えカフェイン抜きならOK
↓
逆にカフェイン入りはダメ
↓
でもなぜかココアにはカフェインが入ってるけどOK
↓
面倒な質問をされたら「知恵を使って考える」と極意(笑)を教える
↓
旧約聖書のダニエルが王の用意した食事と酒を飲まなかったのは知恵の言葉
もう、アホらしくて脱力ですわ
」おおさけ ダビデ
https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%95%E3%81%91%20%20%E3%83%80%E3%83%93%E3%83%87&ei=UTF-8
大阪 == 大避(闢) で、大阪はいわばダビデの町、京阪神にミニ神殿でも建てるべきだったんでしょうね・・・
たまWEBやヒラ会員の誰でもが、そうネットでつぶやいたりすれば、即、それに真面目対応されて検討・実施・実行へとなったりするんだったらいいのにな・・
教会の意思決定にヒラも参加できる・・むしろ既存の教会幹部とかアメリカのシステムが障害なのかもな・・
今年3月にやや大きめ地震、ソrトレークでありました。ある予知夢見た米国会員によれば年は不明だけど4月総大会中、地震でカンファレンスセンタ崩落等、多くの幹部犠牲、物故して・・・
そういったことを経て教会は変貌、風通し良くなっていくのかもな・・
http://www.jma.go.jp/jp/amedas/211.html?elementCode=2
「十時」とは現代の時刻でいうと、午後4時ころです。午後4時はユダヤでは一日の終りです。ユダヤの一日の始まりは午後6時頃からです。ですから、午後4時というのはもう少しで一日が終わるという時です。二人の弟子たちがイエスの泊っているところにいって、彼らはその日はずっとイエスと共にいようと決心した時です。それが十時です。彼らが人生の一大転換をすることになる決意をした時刻は「たそがれ時の午後4時」でした。
このことは象徴的です。あなたも今「人生のたそがれ時」にいるかもしれません。
①年齢的な意味の「たそがれ時」―仕事をリタイアした時、一生懸命何かをしてきた後、
②精神的な意味の「たそがれ時」-自分の人生はこんなものかと半ば諦めている時、なんとなく空しく、はかなく感じられるとき、
いずれの「たそがれ時」であったとしても、「来て、そして見なさい」という方に従うならば、決して遅すぎることはありません。ふたりの弟子の人生の大転換となるそのときをヨハネがはっきりと「十時、つまり午後4時ごろ」と記録したように、私たちにもそうした時を主が与えてくださるように祈りましょう。「自分の日を正しく数える知恵の心が与えられ」(詩篇90篇12節)て、あなたの人生が「いのちを得て」全く新しく変わることができますように。
」http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E4%B8%BB%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%8F%8B%281%29%20%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC%E3%81%A8%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D
人生 黄昏
https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BA%BA%E7%94%9F%20%E9%BB%84%E6%98%8F&ei=UTF-8
その辺のところは、無学な豚も心得て入るのですが、問題は「誰が?何故?」その様に解釈するようにしたのか?だと思います。
>主旨は時代と共に読み方も変遷するということ (NJ)
例えば、NJさんは、集団的自衛権による海外派兵が憲法に反しないと言う解釈を「時代と共に読み方も変遷する」と言って納得できるんでしょうか?
聖書の文言をどう解釈するかは、言語学的な問題では無く、宗教集団の「意図」の問題であり、政治的な問題である、と言う事を認識すべきではないかと思います。
何故「愛弟子」をヨハネだと特定したのか?
何故、「イエスが死んだ後に母マリアをヨハネが面倒を見た」と言う話をでっちあげたのか?
カソリックとプロテスタントとモルモンの十字架の解釈の相違は、なぜ生まれたのか?
私はそっちの方が気になります。
そして、NJさんは何故、モルモンの十字架の解釈を変更するように望むのか?
イエスの愛弟子と言えばヨハネ、聖書にはそう書かれてはいないが、そういう意味だと定着してますね。なぜそうだと言えるのか、それにはきっと詳しい理由はあるハズなのでしょうが、それをキチンと説明できる人は少ないかもです。説明できたところで、「ふーーん、それがどうしたの?」
と言い返されそうな気もしますね。
ま、私はモルモン教義が間違いってことならばキチンと説明できますよ。でもあんまり需要は無さそうです。ほとんどの人は、なぜ間違っているのかという説明を聞きたいのではなくて、自分の信じているが正しいとの思い込みを補強したいだけですから。
特にモルモン教会員はね。