「アブラハムの書」を公然と批判していた中近東学の権威故
W. F. オールブライトは、ユタ州ミドヴェールのグラント・S・
ヒュワード宛の書簡でジョセフ・スミスに言及し、次のように
記していた。
「ジョセフ・スミスがエジプト語を少し勉強した形跡がある。
エジプト語を修得しようとお金を費やし努力していることが
わかっている。ただ、当時エジプト語は漸く判読され始めた
頃で、パアンカイ、パホーランというエジプト語の名前がモ
ルモン書に出ているのは驚くべきことである。原語が変形エ
ジプト語であるとされていることと考え合わせると注目に値
する。」
「私はジョセフ・スミスが人を欺こうと意図していたとは思わ
ない。私はユタ大学のユダヤ人の友人(多分ルイス・C・ズッカ
ー)の見解と同意見である。ジョセフ・スミスは宗教界の天才
で、自分が古代の文書を本当に判読できると信じていた。これ
は彼の正直な気持ちであった。これに対し彼が欺いていたと主
張することは現存する立派な宗教に悪意をもって阻害すること
になり、天分豊かな創立者に不当な仕打ちをすることにほかな
らない。」(文中強調は引用者)
なお、この書簡は1966年7月25日付けで, シカゴ大学クラウス・
ベアー書簡ファイルの中に見出されたものである。書簡中の2つ
の固有名詞がエジプト語に遡ることについては、ヒュー・ニブレ
ーが最初に指摘している。
典拠:FARMSの ‘Insights,’ Feb. 1988 p. 4
ジョセフ・スミスの天与の才能について、ロバート・M・プライ
スも次のように記している。「ジョセフ・スミスはアメリカにおけ
るニーファイ人とレーマン人の物語を描き、新しい生きる意義を
創造している。そして数百万にのぼる人々がその後そこに登場す
る人物に励まされ、謂わば自らもその人物に模して(なりきるよ
うな気持ちで)生きてきた。この点でスミスの宗教創設者として
の貢献は、キリストにさえ比較されるものである。聖書に記され
ている。「だれでもキリストにあるなら、そこには新しい創造があ
る。古いものは過ぎ去って、すべてが新しくなった。」
(コリント人への第二手の紙 5:17 新改訳 一部脚注による)
また、アンソニー・A・ハッチンソンも「最近ジョセフ・スミス
を学問を受けていない少年と見るよりも、大変才能にあふれた人
物であったと見る学者たちが出始めている」と自身も含めて述べ
ていたのが思い出される。(1988年に香港米大使館勤務の氏を香
港の家に訪問した時、沼野が聞いた。)
参考 W.F. Albright 1891-1971 米中近東学者、考古学者、聖書学者。
Robert M. Price 新約学Ph.D. 「聖書の人物の役を演じる」
ことについての引用は Joseph Smith: Inspired Author of
the Book of Mormon, 2002。
本blog 2006/3/1 「神学者が見た聖書の読み方」参照
Anthony A. Hutchinson 米カトリック大学Ph.D.コース修了、
現在米国務省香港領事
JSの宗教創立者としての非凡な創造的才能については、Lawrence
Foster も心理分析の方向から詳細に論じている。(Dialogue,
Winter 93)
W. F. オールブライトは、ユタ州ミドヴェールのグラント・S・
ヒュワード宛の書簡でジョセフ・スミスに言及し、次のように
記していた。
「ジョセフ・スミスがエジプト語を少し勉強した形跡がある。
エジプト語を修得しようとお金を費やし努力していることが
わかっている。ただ、当時エジプト語は漸く判読され始めた
頃で、パアンカイ、パホーランというエジプト語の名前がモ
ルモン書に出ているのは驚くべきことである。原語が変形エ
ジプト語であるとされていることと考え合わせると注目に値
する。」
「私はジョセフ・スミスが人を欺こうと意図していたとは思わ
ない。私はユタ大学のユダヤ人の友人(多分ルイス・C・ズッカ
ー)の見解と同意見である。ジョセフ・スミスは宗教界の天才
で、自分が古代の文書を本当に判読できると信じていた。これ
は彼の正直な気持ちであった。これに対し彼が欺いていたと主
張することは現存する立派な宗教に悪意をもって阻害すること
になり、天分豊かな創立者に不当な仕打ちをすることにほかな
らない。」(文中強調は引用者)
なお、この書簡は1966年7月25日付けで, シカゴ大学クラウス・
ベアー書簡ファイルの中に見出されたものである。書簡中の2つ
の固有名詞がエジプト語に遡ることについては、ヒュー・ニブレ
ーが最初に指摘している。
典拠:FARMSの ‘Insights,’ Feb. 1988 p. 4
ジョセフ・スミスの天与の才能について、ロバート・M・プライ
スも次のように記している。「ジョセフ・スミスはアメリカにおけ
るニーファイ人とレーマン人の物語を描き、新しい生きる意義を
創造している。そして数百万にのぼる人々がその後そこに登場す
る人物に励まされ、謂わば自らもその人物に模して(なりきるよ
うな気持ちで)生きてきた。この点でスミスの宗教創設者として
の貢献は、キリストにさえ比較されるものである。聖書に記され
ている。「だれでもキリストにあるなら、そこには新しい創造があ
る。古いものは過ぎ去って、すべてが新しくなった。」
(コリント人への第二手の紙 5:17 新改訳 一部脚注による)
また、アンソニー・A・ハッチンソンも「最近ジョセフ・スミス
を学問を受けていない少年と見るよりも、大変才能にあふれた人
物であったと見る学者たちが出始めている」と自身も含めて述べ
ていたのが思い出される。(1988年に香港米大使館勤務の氏を香
港の家に訪問した時、沼野が聞いた。)
参考 W.F. Albright 1891-1971 米中近東学者、考古学者、聖書学者。
Robert M. Price 新約学Ph.D. 「聖書の人物の役を演じる」
ことについての引用は Joseph Smith: Inspired Author of
the Book of Mormon, 2002。
本blog 2006/3/1 「神学者が見た聖書の読み方」参照
Anthony A. Hutchinson 米カトリック大学Ph.D.コース修了、
現在米国務省香港領事
JSの宗教創立者としての非凡な創造的才能については、Lawrence
Foster も心理分析の方向から詳細に論じている。(Dialogue,
Winter 93)
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