私の人生の中での忘れられないことを、「思い出語り」として書いています。
今は、 『看病記☆8』 小学3年生の時の話・・
第8話 ≪カーテンの奥≫
あるとき、二人部屋の病室に新しい入院患者さんが入ってこられた
ことがあります。ICUの前であり、ナースセンターの近くでしたので、
それなりの重症患者さんだったと思います。
あわただしく隣のベッドに来たかと思うと、夜中に限ってなぜか
容態って悪くなるようで、昼間は静かでした。
そして三日めの夜・・・・
私は看護婦さんの足音で、目が覚めてしまいました。
廊下をパタパタと早足の看護婦さんたちが、慌ただしさを増して
廊下を行ったり来たりしていました。
「あ、これはやばいな・・」
カーテン越しからでもわかる雰囲気がありました。
家族や親族の人たちでしょう。何人かぞろぞろはいって
こられた時は、見てはいけないものを見た気がして、無理やり
布団をかぶって、寝ようと努めました。どこか遠くすすり泣く声を
聞きながら、知らぬ間に眠り込んでいました。
ーーー 朝、目が覚めるともう、そこには誰もいませんでした。
まるで夢の中の出来事かとおもったぐらいでした。
母も何も言わなかったので、私も触れてはいけないのかなと黙っていました。
誰にもいつかは来るのだろうなと覚悟にも似た複雑な気分でした。
私は、このたかだか1か月ほどの看病生活でしたが、
ものすごく大人になった気がしたものです。
つづく。。。
2008年2月26日(火) 放送より
花粉症スペシャル つづきです。
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症例) スギ花粉症をいつも完全防備で乗り切っていた人の例。
症状 1. 倦怠感ーーー体がだるい
症状 2. くしゃみ・鼻水ーーー河川敷を通って会社に着くとおこる
別の花粉症にかかっていたとおもわれる。
5月ごろから花粉をまき散らすイネ科の植物
ーーー河川敷に多い「カモガヤ」などのイネ科の植物の花粉症は、
遠くに飛ばないで、一気に大量飛散するので、その場所を
通った時だけ症状が出たとみられる。(症状1・2・3・4)
症状 3. 喉の奥がひりひりと痛むーーーこの日だけ
症状 4. 首の赤み --- イネ科の花粉症に反応した証し
血糖値とコレステロールが高くなっていた。(肥満気味)
ダイエットのため昼食をパンにして、帰宅してからジョギングに出かけた。
症状 5. めまい
症状 6. 呼吸困難
症状 7. 全身の腫れ
アナフィラキシーショックを起こしたと見られる。
ーーー食べたパン(=イネ科)にも反応して、さらに決定的なのが
ジョギング(=運動)をしたためにアレルギー反応が激化した。
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【 アナフィラキシーショック 】 ーーー 劇症型のアレルギー反応
体内に入ってきた異物に体が過剰反応し、あらゆる場所が腫れあがってしまう病。
最悪の場合、呼吸困難で死に至ることもある。
≪ 原因 ≫
アナフィラキシーショックを起こす3っつの花粉
1.イネ科の植物
「カモガヤ」「ギョウギジ」「ススキ」「コヌカクサ」
小麦・ライ麦・グルテンの摂取に気をつける。(5月~7月)
2.シラカバ科の植物
「シラカバ」「ツノハシバミ」「ヒメヤシャフジ」「ハンノキ」
りんご・いちご・バナナ・キウイ・セロリ に注意
3、キク科の植物
「ブタクサ」「マーガレット」「ヨモギ」「タンポポ」
5月~11月に注意
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★ スギ花粉の人は、様々なアレルギーを引き起こす
可能性が高いので、注意が必要。
過去に激しいアナフィラキシーショックの前兆を疑う症状
(食後に体の一部が腫れる・食後の息苦しさ・じんましん・痒みなど)
を起こしたことがある場合、アナフィラキシーショックを
引き起こす可能性が高まるので、血液検査 で自分が何に対して
アレルギーがあるか知るとよい。
【サバを食べて呼吸困難】
サバ自体がアニサキス・アレルギー
サバやカツオ等に寄生する虫に対するアレルギーで、
寄生した魚を食べると、激しいアレルギー症状を起こす。
免疫はできないし、40歳以上はひどくなる。
【 治療 】
1.すぐに病院へ行く。
2.エピネフリン自己注射器・・・携帯用注射液(治療薬)
激しいアナフィラキシーショック症状を起こしたときに、太ももに直接
当てれば針が飛び出し症状を緩和するというもの。
『エピネフリン自己注射器』は『特定の専門医による処方薬』です。
内科やアレルギー科に、お問い合わせください。
2008年2月26日(火) 放送より
私は次男の中学卒業式の日、突然朝、花粉症になってました。
目が開けられず、涙が止まらなかったのです。
その日は土曜日、式が終わると同時に眼科へ行くため着物を
着れなかったという苦い思い出があります。
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【 気管支喘息 】
気管支が狭くなり 咳や呼吸困難などの発作を起こす病。
重症の場合は死に至ることもある危険な病。
国内の患者数 = 900万人以上といわれる
年間死亡者数 = 約3000人
花粉症と喘息には大きな関係がある。花粉症になると、
喘息予備軍ともいわれる気道炎症になることが多い。
気道炎症ーーーアレルギー物質(花粉・ハウスダスト・ダニ・排気ガス等)を
日常的に吸い込むことで気道に炎症が起きてる状態。
WHO(世界保健機構)によると
花粉症の人の多くが気道炎症を併発している。さらに、花粉症の人は
アレルギー体質のためアレルギー物質にも反応しやすい。
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本当は怖い、夜の咳
症例) 軽く花粉症を患っていた人の場合
≪症状 1≫ 夜の咳 ---2月、1年前から朝にはよくなる
この時点で気道炎症を起こしていたと考えられる。
アドレナリンが減少する夜は気管支が収縮し、咳込んでしまう。
気道炎症自体は特に心配するほどではない。
≪症状 2≫ 夜に激しい咳 ---3月、翌朝には消えていた
花粉アレルギーを引き金にディーゼルの排気ガスにも、
反応していたと考えられる。
≪症状 3≫ 息切れ ---これこそが最終警告である
症状2よりひと月後階段を上っていた時、少し休むと治まった。
息切れの原因は、大量の花粉(例年の2倍)が入ったことによって、
気管支が収縮し酸素量が低下。
≪症状 4≫ 激しい咳 ーーー寒い朝、車の多い店先でのこと
スギ花粉と冷気の刺激のよってアレルギー反応が急激に起き、気管が収縮。
≪症状 5≫ 呼吸困難
そこへ、炎症の影響で発生した痰などの分泌物が狭くなった気管支を塞いだ。
一歩間違えれば命を失っていたかも・・
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☆ 日常的に夜の咳が出る場合には、喘息予備軍を疑い
検査してもらうことが大切。
≪血液検査≫
花粉症の人なら誰でも血液中に持ってる、「I g E 抗体」の量を調べる。
I g E 抗体 = 免疫機能のひとつ。体内に入ってきたスギ花粉などを
異物とみなし過剰反応。その結果、様々な症状を
引き起こしてしまう花粉症の元凶。
I g E 抗体の量によってクラス0~6まで分けられている。
0 ---陰性(スギ花粉症ではない)
1 ---スギ花粉症予備軍(ほとんど症状が出ていない)
2 ~ 6 ---陽性
クラスが高いほど気管支喘息になりやすい。
クラス2でもかなりのアレルギー症状が出る。
気管支喘息は発作性の息苦しさなどの症状を伴う。
ただし、予備軍になってる可能性はある。
【 血管運動神経性鼻炎 】 ーーー 0か1の人で症状が出てる人
気温の変化などによって敏感に反応して症状が出てる可能性あり。
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≪チェック≫
喘息かどうかがすぐに解る 気道の状態検査器
スパイロメーター検査器 ・・・ ノズルを口にくわえて思いっきり
空気を吐き出す。
健康な人 = 一気に大量の空気を吐くことができる。
喘息予備軍 = 一気に吐き出せる空気の量が少ない。
気道に炎症が起きてるため、空気の通り道が狭くなってしまう。
80%に満たない場合ーーー気道が狭くなっている状態
気道に炎症が起きている可能性あり、注意が必要。
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市販薬は花粉症に効果あり。
鼻炎の治療をすると気道の炎症も抑えられる可能性がある。
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★花粉症の薬を飲むのは、少し鼻がむずむずしたときに
飲み始めても効果あり (以前は花粉症シーズンから
2~3週間前から飲み始めると良いとされていた。)
ーーー我が家の次男、ゆうちゃんの話。
前に「爪の病気」メモで気になってたのだけど、
やっぱりゆうちゃんの爪の切り方は、絶対おかしいって・・
これですよ、これ これが深爪じゃないっていうんです。
「痛くないもん伸びてたら気持ち悪いねん
」
ーーー伸びてないやん 切りすぎじゃ~ちゅうねん
「伸びたら絶対巻き爪なるでぇ~」
という脅し文句にも動ぜず・・
「伸ばせへんからならんわ。」
だってさ
もっと前にみたときは、確かもう少し面積あった気がするけどなあ・・
ホントに大丈夫かなあ・・・
よく考えれば、最近は見たいと思って見るものが少ない。
何か用事をしながら見てるってとこでしょうか。
朝は準備をするときにつけてるが、
天気予報をやればちょっと手を止めて見る。
一人のときはさみしいからつけてるってときもあるかな.
もったいない!とも思うこともしばしば・・・。だから、昼間全く見ない。
でも最新情報としてたまに、大変なニュースが流れたりすることもあるので
やはりつけてしまうって感じかな。主婦ってそういう人多いんじゃないかな。
新聞をじっくり読む時間がとれないのでまずは、TVでニュースを知ってから、
それについて詳しく新聞記事を探すというようになってますね。
ついでにほかの記事に目を通す。全部ではないけれど・・。
今日はマーちゃんが飲み会です。ついつい長く起きてしまいました。
(マーちゃんがいると寝る時間を知らせてくれるのですが・・)
では、2時間だけ寝るとします。
私の人生の中での忘れられないことを、「思い出語り」として書いています。
今は、 『看病記☆7』 小学3年生の時の話・・
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第7話 ≪就寝の準備≫
6話に続いて夜の話です。
病室の消灯はどこでもそうでしょうが、かなり早いです。
確か8時ごろだったように覚えてますが、その時間に牛乳屋さんを
待っていたから、もう少し遅く8時30分ごろだったのかなあ・・・。
とにかく、それぐらいの時間になると、母のベッドの下に置いてる
ボンボンベッドを引き出して寝る準備をして、その前にしっかりと
トイレに行っておきます。そして、私の左手首に紐をくくりつけて、
その先は母の手首へと巻きつけてました。
これは、夜中に私がすぐに起きられるようにと考えてしたものでした。
母が私の名前を呼ぶ声で、私が起きた後いつも
「悪いね。起きられるか」 と、心配してくれたものでした。
結構、起きられるものですね。子供だから無理かなと思っていましたが、
使命感・責任感みたいなものでもあったのでしょうか・・不思議です。
でも、やはり、病院のトイレと廊下は少し怖い気がしていたのです。
当時、オカルト的な漫画「蛇女」「化け猫」「蜘蛛少女」・・などなど
グワッシの「まことちゃん」で有名な楳図かずおさん(字あってるかな?)
の漫画がたくさんあって(たぶん付録で付いていたのが多かったと思う)
結構好きで、怖いもの見たさで見ていたと思います。とにかく病院にいる間は、
それらのことをできるだけ考えないようにはしてましたね。
最近、漫画家さんは違えど、
そのたぐいの漫画を立ち読みしたことがありますが、
こっ、怖~い 怖すぎる
リアルすぎて昔より怖く感じてしまい、買う気になりませんでした。
なにしろ今は、草木も眠るうしみつどきに仕事ですから・・・
その手のドラマ・TV・漫画・記事・話題、すべて封印しています。
つづく。。。
私の人生の中での忘れられないことを、「思い出語り」として書いています。
今は、 『看病記☆6』 小学3年生の時の話・・
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第6話 ≪夜の牛乳屋さん≫
母の看病生活の中で、唯一、私がとても楽しみにしていることがありました。
それは、夜8時ごろ、決まって周って来る牛乳屋さんでした。
今はテレビは、カードを入れて患者さんが自由に見れたりするところも
結構あるようですが、この当時は病室には何もありませんでした。
時間を確かめるのに、ラジオだけ持ち込んでいました。
それでいつも8時前ぐらいになると、まだかな、まだかな・・と
(小銭を用意して病室の前を通る頃、
ーーー手押し車の音とガチャガチャという瓶の音でわかるのです。)
見逃さないように用事をすべてすませて、返す瓶を持って、まっていたものでした。
最初知らない頃はよくタイミングがずれて、よく見逃していたのでした。
買いに行こうとしたら小銭がなくて、残念というときもしょっちゅうでした。
よく銭湯で売っていたようなフルーツ牛乳で、これがおいしいのなんの・・。
でも冷蔵庫がないので今の分か朝の分だけしか、買えません。
夏場でしたから、やはり冷たい方がおいしいですものね。
ホントのこというと夜の病院は少し気味が悪いと思っていたのですが、
この牛乳屋さんのおかげで、結構楽しく過ごせていましたね。
もう、今はたぶんこなくなったようにおもいます。
代わりに自販機が置かれているのではないでしょうか・・
折角、今日はと楽しめる()と思っていたのに・・・
あ~~あ、残念!
義姉と姪っ子の演劇を見に行く予定だったのに~~~
本当のお楽しみは、そのあとの・・・・会なんだけどね。
水曜日あたりから、体調くずして三日間、仕事休まれました。
ちなみにインフルエンザでなくてよかったです。
同じ仕事場なので心配でした。
楽しみはまた今度ということで・・・
早く良くなって仕事に来てよぉ~、でないと明日が怖~い
私の人生の中での忘れられないことを、「思い出語り」として書いています。
今は、 『看病記☆5』 小学3年生の時の話・・
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第5話 ≪病人用おまる≫
人間として、いや、生物として当たり前のことなのですが、
食べたものが消化して排泄物として体外に出される。
人間にとってそれは人前でするにはとても恥ずかしいこと、
特に女性にとっては、同じ女性同士でもタブーとされていることのひとつでしょう。
それを、寝たままするというのがどんなに嫌なことかぐらいは
小学3年生の私にもわかっていました。
だから、母は看護婦さんより、私の方が言いやすかったのだと思います。
私が初めて経験したのは、手術が終わってからの初めてのトイレのときです。
看護婦さんが丁寧に教えてくれました。
「簡単でしょ!この差し込み式おまるをさしこむだけなのよ。
冷たいからタオルまいてあげるといいわね 」
「そう、上手ね。女の人は漏れることあるから気をつけてしっかりと、
お尻の奥までさしこんでね。それから・・・これがこつなのよ」
と、何をするかと思えば、ティシュを一枚、立てに二つ折にして、
すっと置いただけでした。こうすると、
布団が汚れず自然におまるに流れていくらしいのです。
「はい、これであとは布団を軽く掛けといてあげてね
見られてると出てこないものなのよ。」
私は自分で言われたとおりにやってみて、うまくいったことに感激して、
「看護婦さんって凄いなあ。いやな顔一つせずにやりはるわあ。」
と心の中で、拍手していました。
後始末の仕方もトイレまで行って、専用の捨てるための便器の
使い方を教えてもらい、消毒までしてやっと終りなのです。
こうして私は、9歳になる前に、病人用の差し込み式おまるの
使い方をマスターしたのでした。
私の人生の中での忘れられないことを、「思い出語り」として書いています。
今は、『看病記☆4』、小学3年生の夏休み・・・
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第4話 ≪ボンボンベッド≫
ちょうど学校は夏休みに入ったばかりでした。
私はまだ小学3年生でしたし、一人っ子でもありました。
山の一軒屋には、子供ひとり置いておけません。
仕事場の近所の病院の方が安心だろうということで、
結果、付添いなら病院にいてられるということで、
そのまま病院で、母の横で看病しながら暮らすことになりました。
足を骨折していたので、身動きとれない母にとっても、
夜勤の看護士さん(当時は看護婦さんといってました)達も
助かるわと、どちらかといえば、付添歓迎のようでした。
一応二人部屋でしたが、ちょうどベッドが空いてましたので、
使ってもいいよといってくれてました。
しかし、ベッドから落ちたら怖いのと、
母のお世話をしなければなりませんでしたので、
声が遠すぎて母の呼び声が聞こえない(=起きれない)こともあり、
当時流行っていたボンボンベッド(=パイプ式折りたたみベッド)
を家から持ってきてもらいました。
どこの家にも一つはあったのではないでしょうか
付添いといえばこのベッドを見かけた気がします。