大津のいじめ(犯罪)問題をきっかっけに警察が介入して以来、
学校長・教育委員長の「いじめはあった」と公表している学校が現れ、
そして警察に調べてもらっている学校が増えてきています。
なぜこんな常識的なことが今まで行われなかったのか…
学校の治外法権が当たり前のようになっているのはなぜかと思って
学校教育法(第35条)をあげてみました。
教育上必要な処置とは・・・明らかに犯罪とも言える行為に対しては
出席停止ぐらいの罰では済まない事も多々あったのではないかと思います。
いや、出席停止なんて高校生ならまだしも、小学生や中学生に使われた
なんて私は聞いたことがなかったぐらいです。今回の事件の関連で知り
ましたが、実際には極わずかに事例はあったらしいです。
調べることが専門の警察を使わない教育委員会や学校だけの捜査
なんて偏見も大有りだろうし、ましてや大人の前で犯罪なんか見せない
のが当然な子供たちなのは大昔から決まっている。
殴る・蹴るは当然暴行罪、
万引きをするのも犯罪なら強要させるのも犯罪、窃盗のたぐいです。
それが出来ないならと金銭を要求するかつあげは恐喝という犯罪、
自殺を練習(強要)させるは自殺教唆罪、
こんなにも沢山の犯罪が行われていたのに、警察は被害者が死んだから
調べられないと断っていたとは本当に信じられないです。
この機会に犯罪といじめの違いを、そして犯罪を犯したらどういうことが行われる
かも含めて子供たちにしっかりと教えなければならないと思います。
『学校教育法』 (参考URL→http://www.kyouin.com/exam/gakkou.htm)
<第35条>(出席停止)★★
(1)市町村の教育委員会は、次に掲げる行為の一又は二以上を繰り返し行う等
性行不良であって他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、
その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる。
- 他の児童に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為
- 職員に傷害又は心身の苦痛を与える行為
- 施設又は設備を損壊する行為
- 授業その他の教育活動の実践を妨げる行為
(2)市町村の教育委員会は、前項の規定により出席停止を命ずる場合には、
あらかじめ保護者の意見を聴取するとともに、理由及び期間を記載した文書を
交付しなければならない。
(3)前項に規定するもののほか、出席停止の命令の手続に関し必要な事項は、
教育委員会規則で定めるものとする。
(4)市町村の教育委員会は、出席停止の命令に係る児童の出席停止の期間に
おける学習に対する支援その他の教育上必要な措置を講ずるものとする。
ある面白いブログ記事を発見、
こんなまともな考えを持って学校に通う生徒の犯罪に対処された
校長先生もいらっしゃたことに感動、反対を押し切っての行動だったらしい。
しかし、これこそ本当の学校教育、将来、社会へと出てゆく子供たちに
教えるべきことではないだろうか。
一般的な学校の思考とは全く逆の発想で、下記の②を処理した
ブログ主のお父様である校長先生のお話を紹介されています。
****************************************************
『これでも私立高校教員』様 ブログより
「学校で子供が悪い事をしたら ~学校の治外法権~」
→http://ameblo.jp/nopposan180/entry-11310830989.html
学校で子供が悪いことをしたら・・・
悪いことの定義が難しいが、ここでは「ルール」を破ったとしよう。
この場合の「ルール」を2つに分ける。
①校則や校内での一般的なマナーなどのルール
②法や条例によって規制されているルール
一般的に、学校内ではこの2つのルールについての区別がない。
現実的には、校内とは治外法権だと学校は考えている。
いわゆる「学校は警察」ではないという考えが根底にある。
・
・
・
「この生徒は法を犯し、法によってすでに処罰されてる。
校則ではなく、法律を犯したのです。なぜ学校で処罰する必要があるのか。
彼の処分はすでに終わり、彼は罰をうけた。すぐに普通の学校生活に戻しなさい。」
やがて、万引きをした生徒が学校に戻ってきたときの校長の言葉です。
担任や生徒指導の教員は、その生徒を指導し、停学などの処分を科そうとした
ことに対しての言葉だったそうです。
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この校長先生は素晴らしい対応、考え方だと思います。
子供であれ現社会に生きるべく人の一人としての扱いは大人への第一歩です。
中学・高校でも卒業したらすぐに社会人の一人となる場合もあります。
当然こういうことは教えなければなりません。
昔はこういうことは、地域社会で当たり前に教わっていたものですけどね、
江戸時代より前から続くなんとか講とか、女の家などもそうだったのでしょうね。
地域での触れ合いも少なくなった今は学校がその役割を担っているのだと思います。
だからこそ、悪い事は悪いと社会的な交わりを持ち教える事は必要だと思います。
学校内だけの特別意識がかえって社会に溶け込めない現代人を、
人となじめない人間関係を作ってしまっているのではないでしょうか。
もともと、この第35条は少々のいじめ?・・子供時代に多い悪気がないもの、
ちょっとした悪戯やふざけての手出しもあるでしょうが、そういった対応のよう
に思えます。それぐらいのことなら警察なんかいらないですからね。
常勤が委員長たった一人の教育委員会の調べ方って、はっきりいって警察の
比ではないし、そんな教育委員会が絶対的に力があるって言われているのが
変ですよね。だから今までことが不思議でなりません。
現代人は少子化のせいか、
あまりにも大人が子供に対して過保護になってしまった気がします。
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今日13日のWebニュースで見つけたので
12日の記事の下に追記致しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日はまだニュースの動画が出てないけど、そのうち出てくるかな・・
夕方にちらっと聞いただけであっというまだったので
よくわからなかったんだけど、
大腸がんの検査が指の採血からできるというもの。
近い内に500円ぐらいで検査ができるようにしたいというニュース、
1分ぐらいの超短いニュースで覚える間もなかった。
義母の弟の叔父さんが、大腸がんが見つかって8月に手術と
今日の夕方、マーちゃんから聞いたばかりだったので、
余計に反応してしまった。
とりあえず、ネット検索・・
あった・・これだかなぁ・・→ 『DEMECAL 血液検査』
(http://www2.odn.ne.jp/~ccp78920/demecal.htm)
採血方法は、指先からのほんの少しだけの血液を採るだけですので
ほとんど痛みはありませんとのことです。
これだと、忙しくて病院へいけなくても手遅れになることもなくいいかも・・
まあ、治療に当たるための病院での検査は、
もちろんちゃんと受けなおさなければならないでしょうけどね。
でもホント、今は医療に関しては凄いですね~♪
(2012-07-12 19:24:24 記)
~~~~~~~~~~以下追記~~~~~~~~~~~
血液1滴で大腸がん診断 早期発見の新手法
(2012/7/13 11:33 日本経済新聞Web速報より)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1203N_T10C12A7CR0000/?dg=1
1滴の血液から大腸がんを早期に発見する方法を、
神戸大大学院の吉田憂准教授(消化器内科学)が13日までに発表した。
吉田准教授は「従来の血液検査より正確に診断できる。
大腸がん以外の病気の診断にも応用できる」と話している。
今後、医療メーカーと連携し、実用化をめざす。
吉田准教授によると、「メタボロミクス」と呼ばれる代謝物質の解析法で、
大腸がん患者の血液中に多いアスパラギン酸など4種類を数式化。
この数式に採取した血液のデーターを当てはめると、
大腸がんにかかった確率や進行の度合いがわかる。
自覚症状がほとんどない早期の大腸がんは発見がこんなんだったが、
今回の方法では早期でも8割以上の確立で発見できたとしている。
必要な血液量は1滴ほどと少量で、患者の負担は軽くなる。
費用や診断に必要な時間もこれまでより半分以下に抑えられる見込みだ。〔共同〕
(ニュースは後々移動・削除が多いので転載させて頂きました。)
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【 物忌場所 】
古くは、海浜または海に通じる川の淵などに作られたもの
↓
村落が山野に深く入ると、大河の枝川や池・湖の入りこんだ所など
を選んで、ユカワダナ(差し出し棚・湯河板挙)を作った。
その地で生まれ育った女子は、その村落の神の嫁となる神女で、
物忌み籠り・修行をし、成女戒を受けはたした後は、女子皆この
資格を得ることができた。その中から選りだされた兄乙女(えおとめ)
が、この棚造りの建物(サズキ・サジキ・タナとも言われる仮屋)に
住んで、神の訪れを待っている。
↓
こうした処女の生活が、後世伝説化して水神の生け贄といった型に入れられる。
【 手布(たな) 】
訪れる神のために地機(じばた)を設けて、タナ(手布)を織っていた。
その手布による神忌布・神忌衣は、神の身そのものと考えられていた。
この印象が外国から渡来した置部・海部伝承の信仰を受け継ぎ、
今に残る深淵・大河・渓谷の掟・滝壺の辺りに、筬(おさ)の音がするとか、
水底に機織る女がいるとか伝える――若い女とも婆様ともいうが――
村落から離れての生活(人の近寄れぬ所)のためその年齢は不明になる。
これは、常世神とそれを迎える巫女の姿であり、
特に初秋の水神祭りが、農作の豊穣を祈願した夏祓えと同じく、
川水に供物・流し物をし、機織る女(たなばたつめ)
――銀河の織姫星が持つ常世神――牽牛星と輪郭がそっくりゆえ、
漢文学に溺れた藤原・奈良時代の歌人を喜ばせた。
七月七日・・・星祭の支配から選ばれた日取り
本来は季節の交差点に行ったいわゆる「ユキアイ祭」であった。
歌人だけでなく、「※乞功奠(きこうでん)」の星の故事を学んだことは、
手習師匠などの感化もあるようだ。
※「乞功奠(きこうでん)」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〔技巧を乞う奠(=祭り)の意〕陰暦七月七日の行事。牽牛(けんぎゆう)・
織女の二星を祭って、手芸・芸能の上達を祈願する。中国から伝わった
行事で、日本では奈良時代から宮中で行われ、のち七夕として民間にも
普及した。(三省堂大辞林より)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【 田端祭・種播祭・タナマツリの古型の残存 】
根源・・・農作予祝祈願
「田端祭」「種播祭」「タナマツリ」ともいう。
「タナ」・・・種子のこと
「タナバタ」・・・田端すなわち水口
苗代播種の日の祭りが行われ、炒豆・焼米とともにキリコという小さな
切り餅を苗代の水口に供え、寄ってくる子供などに分けてやるが、祭壇
には桜などの季節の花を供えるほかに木の枝なども立て、鳥の羽や鳥
の足形のワラ細工などを置くのも、神の形代であったかもしれない。
七月六日の晩にこの祭りをして願い事を書き、神迎えをした立ち物に
吊るし、笹竹などに茄子・胡瓜など農作物の実物、あるいは模型を吊るし
祭って、七日の早暁にその竹を流すか、田畑の中央に挿している。
六日に棚を軒下に造り、「七夕棚」と称しているのは、古形で、
藁製、また胡瓜・茄子の牛馬を神の乗り物として供えている。
盆の精霊迎えと同様のこの七夕祭りは、年の切り換え日に、
新たなる年の神(山の神・農の神・祖先神)をこの棚に迎えるひであり、
六日の晩は年越しにあたるのであろう。
それで流しものの行事が行われたのである。
『日本民族辞典 大塚民俗学会編』弘文堂:参照
【 棚(たな) 】
陸地のタナ・・・山の傾斜の少し緩やかになった部分
これはタイラ(平)と呼ぶほどには広くもなく、その上に完全に
平らかでもない場所である。丹那・棚場・タナエ(棚合い)とも
いう地形、上方で急傾斜地の場所に対する緩傾斜地にあたる
ものがタナであるが、流れにのぞんだ平地がタナとなる。
水上のタナ(タチともいう)・・・魚が水中にいる深度、魚のいる層位
人間の生活の中のタナ・・・木の板を渡すこと
必ずしも物を乗せる台でもない
船のタナ・・・波除の側板
物見櫓造りのものを、サズキ(サジキ・銭敷)に対し、
懸崖造(かけづく)りのものをタナという。
盆だな・・・カンダナ
壇や囲ってあってもタナという。
小塚を土で作ってもタナという。
古くは「板擧(タナ)」とも書く。
【 穀物(たなつもの) 】
「日本紀」・・・保食神〈うけもちのかみ〉(宇迦之御魂〈うかのみたま〉)の神物語
古代の穀物霊のひとつ――ウカ・ウケ・ケは食物のこと
水田種子=タナツモノ(米)
陸田種子=ハタツモノ(粟・稗・麦・豆)
後には両者をタナツモノとしている。
沖縄・・・穀霊を「ユリ」という。
新麦の初穂祭りに麦粉の供物を庭に投げつけ、
女房を悪口した咎で、この穀神に見放されている、
古来の信仰・・・大歳の客譚・竜宮童子譚・白米城譚
(穀霊が特定の人に憑きまわる)
【他説】
☆タナブ・タナル=「孕(はら)む」意に源を持つ語かもという説。
☆穀類は小粒なので小さい神の呪力を与えるという説。
【 手布・手巾(たな) 】
物忌み用のごく小さな布切れ。
それで最も穢れやすい局部を覆い隠した。
その布を織る女性がタナバタツメ(棚機津女)という聖女。
≪古事記――湯河板揚(ゆかわたな)≫
神を迎えるには、水辺に棚状に差し出し設けた桟橋式の棚(湯河板揚)
の上に、地機(いざり機〈ばた〉)を据え、神への布を織っていた。
使う長さだけの布をいうことになり、用途によって長短の布になる
わけで、帯とは関係はない。
≪出産の時のオブイ手綱(児を背負うためのもの)≫
ウブの神・産神(うぶがみ:後天魂の一つ)迎えとして、馬を率いて山の神を
迎えにいくが、馬を飼わぬ家では、この背負いタナを持って行き、安産の後
には、再びこれを持って、産神を神社か分かれ道、または山裾まで送って行く。
すなわち、神を背負うにも、このタナを用いることが原義に近い。
☆褌(西日本)・手拭い(東北地方)・腰帯までものちにタナというようになった。
≪物忌み中のしるしのもの≫ (タナバタツメと説くのは否とする説)
「額髪結在染木綿(ひたいにゆえるしめゆふ)」風の聖女のシルシ。
もともと神事や神秘な労働のとき用いるもので、
秋田県あたりで、ヒロタナ、ハナタナと呼び、年頃に相応しい色合いを付け、
労働をするとき女が目だけ出し顔に巻きかぶる、秋田県・新潟県のハンコ
タナ(手拭い半分の幅のタナの意で害虫よけ・汗よけ用)もそのひとつ。
『日本民族辞典 大塚民俗学会編』弘文堂:参照
七夕(2)へつづく。。。