肝硬変は、ウイルス感染や過度の飲酒などによる肝炎が進行し、肝細胞が線維化して硬くなった状態。肝臓は再生力が強いが「ある程度線維化が進むと戻らない。この『線維化部』をいかに消すかが課題だった」と坂井田教授。
人工万能細胞の1つ、ES細胞を使った治療を試みたが、ES細胞自体ががん化する問題に直面。2000年、米国の論文に目が留まった。男性から骨髄移植を受けた女性の肝臓から、男性にしかないY染色体が見つかったというものだった。「骨髄細胞は肝細胞に分化する能力があるかもしれない」と考えたという。
マウスの実験で、骨髄細胞は線維化した部分にだけ定着し、徐々に線維を解かしていくのが確認された。線維化部は約1カ月後には半減し、肝機能の数値も改善した。副作用がないか調べた上で03年11月、B型肝炎から重度の肝硬変に進行した60代の男性に世界初の臨床研究を始めた。
治療法は難しくはない。全身麻酔をかけた患者から骨髄液約400ミリリットルを採取。洗浄、濃縮した後に、点滴と同じように腕の静脈から投与する。半日もあれば終わる。
1例目の患者は治療の3日後、肝機能の指標となるアルブミン値や、線維化の進行度を示す血小板値が改善し、腹水の量も減った。他の患者でも腹水が消えるなどの効果が相次いだ。
「自分の骨髄細胞なので拒絶反応や倫理面の問題がないのは大きい」と坂井田教授。肝硬変の治療の最終手段は肝移植だが、臓器の提供者は少なく、術後は免疫抑制剤を飲み続ける必要がある。
新しい治療を受けたある患者は肝機能が回復したことで、強い副作用のため使えなかったC型肝炎治療薬インターフェロンを使えるようになった。肝炎ウイルスは完全に消えたという。
なぜ骨髄細胞が肝硬変に効果があるのか根本的な仕組みは分からず、解明は今後の課題だ。当初は骨髄細胞が肝細胞に分化していると考えられたが、坂井田教授は「肝臓に残る健康な細胞が骨髄細胞で刺激され、増殖するようになった可能性もある」という。
採取した骨髄細胞の全量を一度に投与するため、治療を繰り返せないのは難点。時間が経過するとアルブミン値が再び低下する患者もおり、将来は細胞を一部凍結保存し、分割して投与することも考えているという。
同様の治療は山形大や韓国・延世大などとも共同で始めている。坂井田教授は近く、医療費の一部が負担される国の先進医療に申請する予定だ。
【写真説明】骨髄細胞による治療を最初に受けた肝硬変患者の経過
=2009/02/23付 西日本新聞朝刊=