そろそろ受験シーズン、
ってことでこの際神頼みもしておこうって人は多いでしょう。
もう済ませた方は多いかしら・・・
ある神社の神主さんが二年前に代行でお守りを買って送料込みで
申し込まれた人に送り、法外な利益を得ているという業者をみつけたとのこと。
これは詐欺にも当たるのではないかと神主さんはいってらっしゃいました。
700円のお守りが2000円も3000円も払って買うという方も
考えれば可笑しなものですが、実際には行われているようです。
取材に答えていた子供さんは、
「自分でも行くとは思うけど、代行のもいいかなと思う」
とも言っていました。だいたい、家族や親族、知り合いなどが
「お札、もらってきてあげたで!」
などという場合は、代行者がご本人を思う気持ちが成すもの、
実際に社の前でご本人の顔や姿を思い浮かべて祈願するもの、
だからこそ、ご利益があるものではないでしょうか。
よって、顔も知らない人では気持ちがないに等しく、
それで商売しているというのもどうでしょうかねぇ。。。
本来は自分が行って神様にお願いすべきもの、しかし、
病気やご年配で動けないなど、どうしてもそれが出来ない時は、
直接神社側へ電話なりお手紙なりして相談頂ければ、お授けできるとのこと。
法的に定められたものはないから、「どこがあかんのや」といわれれば
なんともいいようがないと困っておられるようです。
私自身、宗教心は無い方ですが、
宗教とは心のよりどころとなるべきものと思っています。
なので、心のないものは意味がないと思います。
その心の無いものにお金を支払う人の気がしれません・・・
でも、現代では、、、
お金で何でも済ませたいっていう人々も増えているように思います。
だから、そういう商売も成り立ってしまうんだろうなあ・・・
疫鬼を追い払う俗習。 鬼やらいともいう。
元来、中国では周礼に則って熊皮を被り、黄金四目の面をつけて
玄衣朱裳をまとい、戈楯を執る方相氏が鬼を駆儺する式を演じた。
≪日本での追儺≫
陰陽道の行事としてとりいられた。
文武天皇慶雲3年(706)に疫病が流行し、百姓が多く死んだので、
その年の晦日に土牛を作って鬼やらいしたとあるのが初見。
これは臨時の行事であったが、恒例年中行事化したのは、
文徳天皇斉衡元年(854)12月30日以降のことである。
『延喜式』
大舎人寮の舎人が鬼となり、舎人長の演ずる方相氏が黄金四目の
仮面をかぶり、玄衣朱裳を着て右に戈、左に楯をとる。彼に従う振子
という8名の児は桃弓・葦箭・桃枝を持ち、それぞれ鬼を打擲する。
この除夜の追儺は、やがて寺院の修正会(しゅしょえ)・修二会の時に
行われ、年頭の招福攘災的意義を民間にも拡めることとなった。
この追儺の鬼になる家は鬼株・鬼講などといって特定の家が決まっている。
鬼になるときには、シオゴリをとって潔斎する。
室町時代には、節分に豆を撒いて鬼を追う習俗が知られる。
民族的には、豆まきは節分に限らず、大晦日に行うところもある。
豆を撒くのも鬼を追い払うのではなく、神に対する散供と考えられる。
寺院の追儺も、民間の豆まきも、その折に出る鬼は必ずしも悪鬼ではなく、
むしろ悪霊を鎮圧する善鬼の性格を示しているとみられる。
【 参考リンク 】
≪鬼やらい≫
鬼追・鬼打・追儺(ついな)ともいう。
古代に中国の追儺が伝わり、疫鬼を追払う式が宮中で行われた。
『蜻蛉日記』に「儺(な)やらふ儺やらふ」と騒ぎののしる様がのべられている。
厄祓いの行事。
大年・節分・寺院の修正会に行うほか九州の鬼火も同類。
災厄をもたらす精霊としての鬼を追払い、豆で目玉をつぶすというのが
一般的な理解である。本来は身についた摘みけがれを豆や銭に移して
流す固有信仰と関係があった。
それは伊勢の津の観音堂の「鬼押え」の行事にみられたように、に
けがれを負わせ漁師たちが青竹で散々打ちのめし血まみれになるのを
大杓子で押さえ、うんといじめたほど豊漁とさえ考えられるようになった。
伊勢津観音「鬼押え節分会」→福豆まき参加者募集中(1/31締切必着)
尾張国府宮→儺追い神事・儺追い行事一覧
大和法隆寺西円堂→追儺式
薬師寺→花会式(修二会)
≪修正会(しゅじょうえ)≫
「しゅうしょうえ」「しゅうせいえ」ともいう。
毎年正月、各宗寺院で修する年始の法会。
宮廷に、唐の内道場と同じものをもうけ吉祥悔過を催したのに由来する。
これが、平安中期以来修正会と呼ばれ、正月の上旬ないし中旬に、
ほぼ一週間営まれる。結願には、どやどや・堂押・押合・だだおし・
会陽などが行われる。
岡山市西大寺観音院では、旧12月24日のコトハジメ、26日餅搗き
(修正会の御供餅)、27日深夜のシンギトリと続き、旧正月1日から
14日まで修正会が開かれる。
読経の間に楊製の福枝(牛王枝)で床をたたく。
結願の14日深夜に会陽、いわゆる裸祭が実施される。
すべての燈火を消して牛王紙に包まれたシンギが投下され、
裸の人々がシンギを獲得せんともみあう。
このように修正会にはたぶんに民間の正月行事が習合されている。
参考:和歌森太郎 『年中行事』(昭和32)
「仏教儀礼の民族性」(『仏教民族』2)
『日本民族辞典 大塚民俗学会編』弘文堂:参照
obiログ2012年1月20日の記事「節分のお化け」は→ こちら
【節分】
立春の前日、
太陽の運行関係で決まり2月はじめになる。
陰暦の正月がこのころなので両者の行事に混乱がある。
中国では、節分を農事初めとして祝ったが、日本でもこの時節に
事実上の農作業が始まり、冬から春への折り目があった。
この時、忌みの生活の期間があったことは、佐渡の忌みの日や、
伊豆諸島のヒイミサマの行事からも推測される。
また、除夜に行った追儺(ついな)の行事は室町期に民間では
節分の豆まきに変わっている。節分の行事については、
物忌みにこもった本来の意味が忘れられて、外から邪気悪霊が
入ってくるのを防ぐための行為のように考えられるようになった。
行事としては次のようなものがある。
① 鬼やらいと厄払い
寺社で年男が「福は内、鬼は外」と唱えて豆をもって鬼を打つ。
厄落としに銭や女の湯具を捨てた。
② ヤイカガシ
柊(ひいらぎ)に鰯(いわし)の頭をさして戸口にさすのが多い。
信州では鰯をくしに刺し「大根の花の虫の尻焼き頭焼き」と唱え、
つばをはきかけて火で焼く。渥美半島ではトベラを焼きその葉を入れて
豆まきの豆を炒るなど、悪臭をかがすことによって疫病を防ぐ。
にんにく・髪毛・タラ・グミの枝を焼くところもある。
③ オニノメツキ・メカゴ
④ 豆占
⑤ もぐら追い
⑥ オバケ
関西ではオバケといって変装する行事があった。
この夜、初夢をみるといって室町時代に船の絵をしいて寝たものが
江戸時代には宝船の絵に変わっている。
「大阪方言事典」から
=オバケ【お化け】=
年越(節分)の日、老女は若い時代を追憶するために島田や手鞠髷に結い、
若い娘は早く良縁があるように丸髷などに結って縁起を祝ったもので、これを
お化けと称した。明治末年頃まで、この「お化け」の風習は残っていた。
戦前、節分の日に、若い娘たちの間に日本髷がはやり出したとき、これを
お化けといっていた。
『日本民族辞典 大塚民俗学会編』弘文堂:参照
参考:「北新地の歴史探訪(ものしりガイド)」HP→ http://kgnet.jp/history.asp
一番下の記事『節分のお化け』です。
「オバケ」について詳しく載っています。(画像有り)
その中から一部抜粋させて戴きました、感謝!
参考: 「お茶屋ブログ」はこちら→ 「節分お化け」
(京都宮川町「お茶屋しげ森」様)
「舞妓さん」「仕込み体験」「舞妓になるには?」もわかります。
リンクさせて頂きありがとうございます。
「お化け」、私にとっては懐かしい言葉です。
着付け講師時代、初めて花嫁の授業というものが出来た時、
学院長自らが着せ付けをされた事がありました。着付け講師の方々が、
これから生徒さんたちに教えるための要領をご伝授戴いたのでした。
そのときのモデルとなったのが、私のお師匠様でした。
着せ付けが終わりかけた頃、
「ほらほら、お化けになったでしょう~♪」
って言われたんですが、一番若かった私と地方出身の方が意味がわからず、
(へっ?)っていうような顔をしていたんでしょうね~、
廻りのご年配の方々は知っておられたようで、どっと爆笑されました。
すかさず「おばあちゃんが綺麗な着物着たり、若い格好することよ~♪」
と教えてくれました。へ~そうだったんだ、と思ってはいたんですが、
それが節分の日のことだとは知りませんでした。
今回、調べてみて最後の≪⑥オバケ≫をみたとたん、
あ~、これか~!と何十年ぶりかにはっきりと理解できました。
節分の日に呑みに出たことないもんね、見たことないのはあたりまえやんね。
と、PC検索して面白い記事に出合って納得したのでした。
昔は一般家庭でもされていたようですが。。。
・
あっ!!
≪コスプレ≫
あれって、「オバケ!」(もいてる)やん!
料理研究家、村上祥子先生の本を
参考にして作ってみました~♪
甘酒のもとをベースにしてるので簡単でしたョ。
【基本のべったら床】
≪ 材料 ≫
麹の甘酒のもと 1カップ
エリスリム(0甘味料) 大さじ1/2
塩 小さじ1
(今回の甘酒のもとには砂糖が入っていたので減らしました)
(砂糖無しなら砂糖大さじ2)
(エリスリムなら大さじ1)
≪ 作り方 ≫
甘酒のもとに、エリスリム(または砂糖)と塩を加えて混ぜるだけ。
【大根のべったら漬け】
≪ 材料 ≫
大根 2~3cm(100g)
基本のべったら床 全量
≪ 作り方 ≫
①大根を5~7mmぐらいのいちょう切り(または輪切り)にする。
②ターンテーブルにクッキングペーパー2枚敷いて輪に並べる。
(画像の大根の分量は倍ぐらいあります。
残りは市販ラッキョウの残り酢につけました。)
③ラップをしないで電子レンジ600Wで30秒かける。
新しいキッチンペーパーにのせてさます。
(※早く漬かるようにするため。)
④べったら床に③の大根を漬け込む。
クッキングシートをじかにかぶせ、小皿をのせて、
再び電子レンジ600Wに30秒かけ、そのままさます。
⑤大根をひきあげ、洗わずにそのまま盛って戴く。
【べったら漬けと三五八漬け】
塩 3カップ、米こうじ 5カップ、米 8カップ
と、材料を3:5:8の割合で合わせて発酵させた
ところから三五八漬けと名前がつけられたもの。
甘酒は米こうじで作るよりも酒粕で作る方が自分的には好き
なのであまり普段は飲みませんが、べったら漬けは大好きです。
米こうじ甘酒に漬けるとは考えたものだと思います。
美味しかったですよ~♪
「村上つけもの工房」村上祥子
こちらの本を参考にしました。
分量はまるっきり同じではありませんので悪しからず!
原発検査、丸写しの報告書ニュース(テレビ朝日)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220112042.html
書類を丸写ししたり、表紙を変えただけの検査書を作っていました。
問題となっているのは、原発に関する国の唯一の法定検査機関である
原子力安全基盤機構です。12日に渡された第三者委員会の報告書によりますと、
2003年の設立当初から、電力会社などが作った書類を丸写しし、表紙を変えた
だけの検査書を作ったり、実際には行われなかった検査に合格を出したりした
ずさんな内容が指摘されています。この機構は、2002年に起きた東京電力の
トラブル隠しを原子力安全・保安院が見抜けなかった教訓から、保安院の
外郭団体にあたる独立行政法人として設立されています。
驚きの事実!
これで原発復活を願っている方たちがいるなんて恐ろしいです。
検査される側の人間が検査する側の理事なんてあり得ない!
検査もしていなかったなんて!
日本国民を騙していたのと同じやん!
しかも天下りのような人事も見受けられる。
うわ~~、怖い!
これでよくも安全宣言してきたものですね。
こんなずさんな管理の原発復帰を願っている方たちがいるなんて恐ろしいです。
政府の管理体制ってかなり昔から崩れてしまっているみたいです。
もっと徹底的に見直して、だらだらせずに、即、改善してもらいたいものです。
やはり、根本からの政治仕組みの改革は必要だと思わざるを得ないですね。
かつては成年式と呼ばれ、子供の社会から
大人の社会へと仲間入りし、社会の公認を得るべく重要な儀礼。
男子・・・15歳
女子・・・13歳
労働・婚姻・戦闘の能力を具備するものとみなされて
成年式が行われ、以後一人前の社会人として遇された。
公家や武家社会における元服・烏帽子着の儀礼は著名だが、
一般庶民の間でも普遍的な慣習であった。
山間部では、昔は男子が17,8歳になると、
成年式に登山をして肉体的試練を得、神仏に参拝して加護を得、
かつ性的経験をする(帰りに遊郭へ寄る)という意義があるものもあった。
こうした事例は広く分布する。
古くは「穴打ち」などの試練を課し、「死」「再生」をなぞらえた事も考えられ、
成年式における名替えの習俗はこの観念に由来するとみられる。
このときに擬制的親子関係が結ばれることが多かった。
≪儀礼の装飾≫
頭部装飾型・・・剃髪・結髪、烏帽子着用
腰部装飾型・・・褌・腰巻を贈られ着用
身体装飾型・・・鉄漿(かね)つけ(=おはぐろ)・入墨
≪仮の親を村の長老などに依頼する≫
成人となった若者を家長(実親)から引き離し、
村共同体の統制化に服さしめる意義があったと考えられる。
≪成年式にあたる儀式的なもの≫
家族・親族内で行われる私的なもの
村人の前で集団的になされるもの
若者組、娘組への入社式 など
≪成年式の呼称≫
兵児祝い・褌祝い・鉄漿付祝い・ゆもじ祝いなど。
『日本民族辞典 大塚民俗学会編』弘文堂:参照
そういや~、
村人などの前で集団的に行われるものの名残りとして、
近畿のある成人式では、寒中の海に上半身裸
(褌のときもあったような・・)でつかる(みそぎ)っていうのを
TVのニュースで毎年観てる気がします。
あ、今日観たのは中学生?ぐらいの子もいたような・・・
昔は、庶民の暮らしでは家が苦しくて、13や15の年で親から離れて
暮らし、奉公や親方などについて暮らすということもかなりあったのでしょう。
いや、苦しくなくても人に預けられる事もあった。農村などでは、
村民の協力無しには年貢を納められない所も多々あったでしょうからね。
それらはもう大人としての行動とみなされたものだったのですね
ちゃんと性教育でさえも現実的にしっかりと社会上でなされてきたのですね。
男と女、生と死、それらをしっかりと見つめることを、
いやがおうにも普段の生活の一部として社会的に課せられていた。
人の道として本来のあるべき姿のような気がします。
それを思えば現代の日本で成人といわれるハタチって、もうかなりの大人。
少々甘やかされてるって気もしないでもないですね。
でもまあ、それを許しているのが現代の社会ですから、
仕方が無いのかもしれませんね。
とにもかくにも、成人式を迎えたハタチの諸君、
大人としての責任感だけは持つように頑張ってください!
振袖変わり結び「杜若」
1996年振袖記念日平成7年12月発行本より
「昴」のアレンジです。
この本が一番今でも斬新な結び方が多くて
私の一番のお気に入りの一冊です。
毎年振袖変わり帯結び本をチェックしていますが、
これ以上のものが今のところ見つかっていません。
今回、昔ながらの刺繍の豪華な帯が硬く短くて
最低限の羽しか取れませんでした。
帯柄やごつごつした感じが「昴」のイメージ
(大人っぽく)にはなりませんでした。
なので・・
文庫的に整え、可愛く個性的に仕上げました。
「杜若(かきつばた)」の花のように見えるでしょう?
今日は成人式、
成人の皆様方おめでとうございます。
今日は友人の娘さん の着付けに行ってきました。
着物が大好きなお母様で、一緒にお写真を撮ると
傍でお着物をご自分で着ておられました。
お着物が素敵でしたのでシャメ撮らせて戴きました。
よく着物で出かけようとお誘い戴く方なのョ~
いつも有難うございます。
また今年も誘ってね~♪
2012年1月1日 京都祇園 八坂神社初詣
今年の記念のフォトチャンネル
一応あっぷしておきましょうっと。
ときどき白くもやっている写真は私の携帯で撮ったものです。
とうとうダメになっちゃったみたい~!
この間落としちゃったのが悪かったかも~
今年のメインは「扇スライド鏡」コレ↑↑です。
着物着用時使うものを
少しづつお土産で買っていま~す♪
ちなみににおい袋は一つはダーリンの所望です。
(何に入れるんだろ?)
広島のマゴちゃんへは
「京都アートクッキー」と「あぶらとり紙」
≪今年の覚書!≫
「黒ゴマ三色おたべセット」
はローソンで!