田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

愛の賛歌(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-02 09:06:29 | Weblog
4

キリコが階段の踊り場で叫んだ。
叫びながら階段を駆け下りてくる。
ただごとではない。足音。
ただごとではない。叫び。
「美智子さん下りてきた?」
里恵と隼人は思わず階段を見上げた。
「たったいままで窓に影がうつっていたのに。いないのよ」
まばゆい部屋の光の中で、キリコの顔が不安にゆがんでいる。
「裏階段だ」
外階段から庭に出られる。
隼人がカーテンを開ける。

「ほら……滝をみている」
そびえたつミニチュア―の滝。
直人への愛の想いで眺めつづけてきた滝。
夕闇にはまだ間がある。
蒼穹の広がっていた白雲が茜色に染まっている。
淡い光の中で美智子が滝を見ている後姿が庭に在る。

その後ろ姿は、ハンマースホイの静謐な絵のなかの人物像のようだった。
妻のイーダの後ろ姿を繰り返し描いた画家。
その筆が生みだした傑作のようだ。
遠目にも美智子の、うなじから肩にかけての哀愁ある風情か見える。
美しい。
さすが女優。
後ろ姿のプロポーションだけでもひとの心を惹きつける。
隼人はしばしみとれていた。
まだ着替えはしていない。
部屋を出たときのままだ。
黒とグレイの毛糸で編んだスエタをきている。
美智子のお気に入りのマックスマーラの太めの毛糸仕様。
ざっくりとした感じのスエタだ。

「よかった。びっくりしたよ。きゅうに影も形もみえなくなったのだもの」
美智子の部屋はキリコの部屋と向かい合っている。
ガラス窓になっている。
そこから、美智子の部屋が見える。
美智子の存在をたしかめられる。
庭にある人工の滝には直人への想いがなまなましく生きている。
その滝を静かにみているはずの美智子が――。
唐突に動きだした。

「やっぱオカシイよ。外にでてくよ」
キリコの不安と危惧は、この後、現実をともなって展開した。



 今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。

にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へにほんブログ村