第十六章 愛の絆
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薄暗い部屋だ。
ここにつれこまれてから幾日たっろうか。
翔太郎は長い夢をみていた。
バラの庭園にいた。
いつの日か塾から引退したら。
小説を書くことができるようになったら。
フルタイムで書けるようになったら。
原稿料がまたはいるようになったら。
「庭のバラをもっとふやしたら」
と智子にいってやる。
「もう待ちくたびれたわ。
あまりむりしなくていいから。
あてにしないで待っている」
智子の声だけがする。
「ターシャーの庭とはいかないが。
あの万分の一の庭でも一緒に作ろう」
「あなたが、庭仕事するところ見たいわ。
あまり期待はしていないけど」
声はする。
華やいだやさしい妻の声はする。
妻の姿は見当たらない。
赤いバラが咲いている。
黄色いバラ。紫雲。ピンクのアンジラ。
でも智子の好きだった白いバラが圧倒的に多い。
あれはアイスバーグ。
あるいは、安曇野のようなあわいピンクの可憐なバラ。
バラの咲き乱れ庭園で……。
あれは……。智子がバラの花言葉をいっている。
「白いバラは約束をまもる。純潔。枯れた白いバラは生涯を誓う」
声はするが妻はそのバラ園にいない。
妻の身になにかあったのだ。
いない。
いない。
「智子。智子。智子」
妻の名をよびながらこれは、やはり夢だと気づいていた。
妻の名をよびながら、智子にはもう会えないと。
妻はもうこの世にいない。
と、気づいていた。
翔太郎は目覚めた。
おれが不甲斐ないばかりに子どもや孫にまで迷惑をかけている。
こういうことが起きては困る。
山の人、鬼の攻撃が妻や子どもにまでおよんでは困る。
その思いで子どもたち三人を東京へ逃がしたのに。
おれに力がないために智子を死なせてしまった。
おれ――とおもったり、わたし……おもったりする。
こころが乱れている証拠だ。
子どもたちを守って。美智子を守って。
おねがい。あなた。
わたしはあなたのデスクを守ったから。
あなたの作品は守ったから。
智子が、妻がデスクをさしだしている。
これはゆめではない。
わたしの能力が見せている光景だ。
智子はもうこの世にいないのだろう。
わずかばかりの能力。
幽かな……微々たる能力。
人に見えないものが見える。
ただそけれだけのことだ。
智子は、出会ったときとおなじように。
ふいに消えてしまった。
バラの咲き乱れる庭。
静かに飲む午後の紅茶。
お互いの顔を見つめあいながらの死。
そんな最期を夢見ていたのに……。
わたしは、鹿沼を離れるべきではなかった。
わたしは家を留守にしてはいけなかったのだ。
わたしさえ、智子のそばにいれば、智子を守れたはずだ。
いや、守れないまでも智子だけを死なせずに済んだ。
死ぬ時は一緒と決めていたのに。
約束していたのに。
かわいそうに、ひとり寂しく死んでいった。
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薄暗い部屋だ。
ここにつれこまれてから幾日たっろうか。
翔太郎は長い夢をみていた。
バラの庭園にいた。
いつの日か塾から引退したら。
小説を書くことができるようになったら。
フルタイムで書けるようになったら。
原稿料がまたはいるようになったら。
「庭のバラをもっとふやしたら」
と智子にいってやる。
「もう待ちくたびれたわ。
あまりむりしなくていいから。
あてにしないで待っている」
智子の声だけがする。
「ターシャーの庭とはいかないが。
あの万分の一の庭でも一緒に作ろう」
「あなたが、庭仕事するところ見たいわ。
あまり期待はしていないけど」
声はする。
華やいだやさしい妻の声はする。
妻の姿は見当たらない。
赤いバラが咲いている。
黄色いバラ。紫雲。ピンクのアンジラ。
でも智子の好きだった白いバラが圧倒的に多い。
あれはアイスバーグ。
あるいは、安曇野のようなあわいピンクの可憐なバラ。
バラの咲き乱れ庭園で……。
あれは……。智子がバラの花言葉をいっている。
「白いバラは約束をまもる。純潔。枯れた白いバラは生涯を誓う」
声はするが妻はそのバラ園にいない。
妻の身になにかあったのだ。
いない。
いない。
「智子。智子。智子」
妻の名をよびながらこれは、やはり夢だと気づいていた。
妻の名をよびながら、智子にはもう会えないと。
妻はもうこの世にいない。
と、気づいていた。
翔太郎は目覚めた。
おれが不甲斐ないばかりに子どもや孫にまで迷惑をかけている。
こういうことが起きては困る。
山の人、鬼の攻撃が妻や子どもにまでおよんでは困る。
その思いで子どもたち三人を東京へ逃がしたのに。
おれに力がないために智子を死なせてしまった。
おれ――とおもったり、わたし……おもったりする。
こころが乱れている証拠だ。
子どもたちを守って。美智子を守って。
おねがい。あなた。
わたしはあなたのデスクを守ったから。
あなたの作品は守ったから。
智子が、妻がデスクをさしだしている。
これはゆめではない。
わたしの能力が見せている光景だ。
智子はもうこの世にいないのだろう。
わずかばかりの能力。
幽かな……微々たる能力。
人に見えないものが見える。
ただそけれだけのことだ。
智子は、出会ったときとおなじように。
ふいに消えてしまった。
バラの咲き乱れる庭。
静かに飲む午後の紅茶。
お互いの顔を見つめあいながらの死。
そんな最期を夢見ていたのに……。
わたしは、鹿沼を離れるべきではなかった。
わたしは家を留守にしてはいけなかったのだ。
わたしさえ、智子のそばにいれば、智子を守れたはずだ。
いや、守れないまでも智子だけを死なせずに済んだ。
死ぬ時は一緒と決めていたのに。
約束していたのに。
かわいそうに、ひとり寂しく死んでいった。
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