お願いです たまには顔も 見て下さい

今話題の理容室…1000円カットです。
安さ爆発で…そこらじゅうに開店しています。
長蛇の列を成して…1時間待ちの人気店もあるようです。

そして一流のカットマンの噂を…耳にします。
普通1000円カットは10分程で仕上げる為に…少し雑な仕上げが多いです。
しかし噂のカットマンは…1000円とは思えない出来栄えだそうです。

達人は土日は…他店で働いているとの噂です。
その時のカット代は…1万円は掛かるとの噂です。
そして平日は…1000円カット店を経営しているとの噂です。

店に入りますと…先客が女性の理髪師にカットされてます。
この女性が噂のカットマンと思い…僕はソファに座り待ちます。
すると店奥から体格の良い男性が登場して…僕を鏡前に促します。

そしてボソッと…「どうしますか」と聞きます。
僕は『後は刈り上げない程度でお願いします』と…頼みます。
そして『まだまだ暑いですからね…短くしようかな』と微笑みます。

しかし彼は…もう仕事を始めます。
黙々と話もせずに…僕の髪の毛をカットします。
そして鏡に映る僕を…決して見る事はありません。

「モミアゲはこれ位切りますね」と勝手に断言しても…鏡の僕を見ません。
「前髪はこの長さです」と勝手に断言しても…鏡の僕を見ません。
「後はこうしました」と勝手に断言しても…鏡の僕を見ません。

そして遂に彼は一回も…鏡の僕を見ませんでした。
まさに職人技を見せつけるように…彼は仕上げました。
そして終わりを告げた時に…始めて鏡の中の僕を見ます。

確かに…腕は確かです。
しかし一回も…鏡で僕のバランスを見ないのは不安です。
でも何も話さずに淡々と仕事をこなす彼に…自信を感じる僕です。

出来栄えは…なかなか評判が良いです。
しかし僕の想定以上に…髪は短くなっています。
でもカット中に何も言わなかった…いや何も言えなかった僕がいけないのです。

噂です…その店で噂のカットマンにやって貰うのは滅多にないとの事でした。