-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

山百合(ヤマユリ)続編

2013-07-26 14:22:09 | 自然

 先日、山百合がお盆のころに咲くだろうとの見方をしていましたが、昨日、畑沢では満開の所がありました。

 ここは、「金鳥」の伝説がある岡田沢です。山裾の下刈りしたところに点々と白い大輪の花を広げています。金鳥の効果でしょうか。耕作をしている人が、長年の間、手をかけていたものでしょう。また、人家が近いことも盗掘防止に役だっていることもあると思います。このような姿が、畑沢の本来の姿です。


少しだけ御恩返し

2013-07-25 20:57:02 | 近況報告

 今年になってから、畑沢の多くの方から教えてもらうなどの御親切を賜りました。今日はほんの少しだけ、御恩返しをしてきました。

 畑沢地区生涯学習推進センターの南側の通路と建物の東側を草苅してきました。雨が十二分に降って、萱などの雑草が生い茂っていましたので、草刈り機でちょっと刈ってみました。道路側からの眺めが、すっきりしたようです。

 

 下畑沢の地蔵庵への入口に葛が伸びていましたので、バッサリと鎌で切りました。雑草の中の太い葛は、まるで蛇のようで気持ち悪いものです。

 

 いつも小学校からの帰り道で水を飲んでいた地蔵庵の南側の湧き水を掃除してきました。湧き水は私の大好きなものの一つです。水の中の落ち葉を掻き出し、泉のほとりに堆積した土砂も除去したところ、昔の水が甦りました。


山百合(ヤマユリ)

2013-07-24 17:40:43 | 近況報告

 大雨と大雨の間に、畑沢で山百合を撮影しました。まだ、咲いていませんが、大分、花の蕾が大きくなっています。

 畑沢では、山百合を特別に扱ってきました。田んぼと接する山裾は、きれいに刈り取りますが、山百合だけはしっかりと残します。お蔭で、お盆のころになりますと、山裾に点々と白い山百合が咲き誇ります。

 ところが、私は何年か前にとんでもない御夫婦に出くわしました。ワゴン車の荷台いっぱいに山百合を株ごと積んでいました。スビタレの頭でも血が上ります。「山には、所有者がいる。勝手に採ってはだめだ」。すると、奥様らしき人が、「山の物は誰でも採っていいのだから、文句を言われる筋合いはない」。おまけに、この御夫婦は、某市の山岳会のユニフォーム姿です。スビタレはあきれ返りました。山岳会員ならば自然を愛しているはずだが、山岳会の活動で盗掘する植物に目星を付けて、後で株ごと盗掘するのでしょう。

 山菜などは、土地の所有者でなくても採取していますが、これは「入会権」という特殊な民法上の解釈に基づいています。村落共同体の慣習を物権として認めたものです。それを、村落共同体の構成員でない者が、我が物顔で山に入っている現状があります。それが当たり前になっています。ましてや根こそぎ採取するなどは、村落共同体の構成員にでも認められません。

 どうか、みなさんのお力をお貸しください。

 


「金鳥」の伝説

2013-07-23 18:17:52 | 伝説

 今回は、畑沢の岡田沢に伝わる伝説です。岡田沢は、下畑沢の東側にあります。「おばなざわの地名考察」によりますと、「岡(おか)」は、周囲よりも一段小高い地形を言うそうです。岡田沢とは、小高いところに田んぼがある沢ということでしょう。実際、岡田沢は、千鳥川の河岸段丘にあり、沢の西端には1.5mほどの段差があります。畑沢全体が山間の傾斜地ですから、河岸段丘の発達は乏しいのですが、唯一、千鳥川の最下流部に近い岡田沢にだけ、河岸段丘が見られます。

 さて、今回は尾花沢高校が昭和41年に発行した「尾花沢伝説集」から、「金鳥」の伝説を紹介します。なお、「きんちょう」と読むのか、「きんのとり」と読むのかは確認していません。

 

-金鳥- (以下は原文のままです。)

 岡田沢には金鳥二羽と朱漆一樽埋められてある。

 昔、岡田沢に大長者が住んでいて、そのころに埋めたのである。その場所は一番早く朝日が当たり、また一番遅く迄夕日が映え、三ツ葉木を目じるしに植えてある。夜になるとその金の小鳥が出たい出たいと啼くそうである。

 

 短い伝説です。金の鳥は軍資金、漆は武具作製の材料と仮定して、素人は自由な想像をします。時は戦国、いつ敵が攻めてくるかもしれない物騒な世の中です。もしものために、畑沢を本拠地とする豪族が、岡田沢に隠しました。岡田沢の奥へ進むと、隣村の細野に抜ける道があります。敵に攻められて撤退する時は、この道を抜けることができます。一番、早く朝日が当たって一番遅くまで夕日が当たるのは、峠のところです。峠に隠せば畑沢にも細野にも下ればよいので、運搬が楽です。そのような準備をしていたのですが、やがて延沢氏の統治になり、さらに最上藩が廃藩になるに及んで延沢氏もなくなり、この地で戦の準備をする必要がなくなりました。そこで、宝の持ち腐れで悔しい気持ちを「小鳥が出たい出たい」と表現しました。

 ただ気になるのは、「大長者」です。この場所は、背炙り古道へ向う畑沢の入口に近いところです。もしかしたら、峠の荷役で財を成した長者が出たのかもしれません。畑沢の昔を見ると、大金持ちがたびたび出ているようです。これらは、背炙り古道との関係を疑いたいのですが、とんと手がかりはありません。

 ところで、全く伝説とは関係ないお話ですが、4月に紹介した「ツヅラ貝(マツカサガイ)」は、この岡田沢に生息していたそうです。今も生存していれば、私にとっては金鳥です。


オオバギボウシ

2013-07-22 09:02:14 | 自然

 7月19日に撮影しました。漢字では大葉擬宝珠となり、「大きな葉で、その形が欄干の柱頭などにつける)宝珠の飾りに似ている」の意味だと思います。畑沢に限らず、どこの沢にも極、一般的な植物です。今、畑沢では雨や朝露に濡れた美しい姿で咲いています。葉が大きいので、他の植物が繁茂しても負けません。そのくせ、花は淡い色で可憐です。花房の下から順々に咲いていきます。私は、この花が好きで毎年のように写真を撮ります。

 この園芸品種は斑入りのものが多数あります。山形県寒河江市で改良されたその名も「オオバギボウシ寒河江」が有名です。