○金曜土曜とも外回り営業で緊張連続。小倉駅前で偶然見た、待ち合わせぽい20代位の青年の格好が(…あるいはPati-Pati8月号の表紙の○イコスか何かですか?)みたいなキメ方だった(こっ、この暑いのに…でも顔も似てて真っ白で細っこくて全然汗かいていないぽく見えるんだ。かっこいいのかわるいのか、つか何してんだこん人は)。自分の服装が完全会社員業務仕様なので声をかけるわけにもいかず(爆)博多に戻ると今度は山笠で長はっぴとふんどしの尻の兄さんたちがどやどやと集結している。これも毎年のことではあるが。去年の今頃よりも外回りで精神的には「無理しすぎない耐え方」を学習しているような気もするのだが、完全には何も解決してないのに夏になっちゃってたりするんだなあ…と暑気に閉口するのであった。
外に出て様々な大人に会って、初対面の人の数が圧倒的に増えていくと、ロールモデルも反面教師もその幅が増えていく。そうすると不思議と「肩書」だけのイメージが崩れていって、会った後で思い出すと、そういう仕事の名前を聞いた時に、ああ、ああいう感じの「人」がそうなんだ、ていう感覚を感じるんですよね。それは、これから大きくなろうという子供に必要だ、と限った話ではない。むしろ小さな部屋に閉じこもっているいい年の大人の方が、脳の活性化(NHKラジオでやってた大隈典子さんの話)には必要なのかもしれない。これまで、あんまりそういう意識で人を見たことがなかったのだけれど。と、去年を経ての今年、思うことが多いのです。
FM-Fujiは受信できないので、netのレポなどで「LOVE DHA」の話を時々読む。同じ事務所の人でいえば国分太一氏とかそういうラジオトークみたいな普通に考えていることを普通に話しているだけなのではないかと。当然30歳位の人なら来し方行く末を考えることも無い方がおかしいし、そりゃ長い目でみれば物事山もあれば谷もあるで、そういう見直しをしとるわけでしょう、そんなもんだろなと。20代以下の人がこのことわかんないのはまだ若いからしょうがないかもしんないけど、堂本剛より年上の人はわかってないと逆にどうかなと。一般論で。ただ芸能人だからそれにまとわり媒体も宣伝も伴うだけであって、だから聴く方もそんなに強迫的になることもなく(つか、最近あいどるでないくせにあいどるくさい、よりあぐれしぶなシモなおっさんくさいラジオばかり遭遇するので、さほど動じないのかもしれない)。そんな感じで遠くの外国から風の便りに聞いてる感じですが、感動して泣く、ってのはもうちょっと別の、特別な意味の時なんだよね。子供の頃の才能のままでは人間「大成」とはいえないと思うんですよ、自分も現在の業界考えてみると小学生デビューに近かったから、その感覚で思い出してみると。自分的には誰であれ、10年後20年後生きてるかなんて計画してなくてもそんなにかまわないけど、もし生きのびてたらかっこいいおっさんになりたいもしくはそうあってほしい。という常に気楽なただのわがまま(笑)。きれいでも楽でもないんでしょうけど。だってさ、オリコンとか全然関係なく、弱小企業musicianだって「好きな音楽一生続けて行きたい」って苦労して生きてて、歴史に50年100年残る超名盤作ったり人の心動かしたり歳老いても神仙の如くかっこよかったりするわけじゃないですか。しかしその維持のためにはロハではなくて多少おぜぜも要ると。このへんの加減が難しいですよね。(20080712)

