「ゆわさる別室 」の別室

日々BGMな音楽付き見聞録(現在たれぱんだとキイロイトリ暴走中)~sulphurous monkeys~

博多座、11日夜(20130211)

2013-02-11 | live2002-2025

○(二月博多座大歌舞伎・夜の部)(2/11、博多座、16:00~)
 …一昨日・昨日と校正の残業で、今日午後だけ不意に予定が空いた。いつもそういう感じで忙中に突然日程が空くだけまだましな方だとは思うが、前もって物見の予定を立てられないのが難だ(泣)。今日は建国記念の日で、11日というと震災以来日本国民にとっての祥月命日のようになりつつあるが、日本伝統文化顕彰の気持ちでLIVEに向かう。先月11日のMuseの日本公演と同じ方法で、家から一番近いコンビニのチケットぴあで残席僅のところを取れたのは、今回は「二月博多座大歌舞伎」夜の部だ(※共通点といえば、あいかわらずのミーハー度、ってところか><)。冒頭の写真は、郵便局とかがある通用口前側のキイロイトリである「ミニ キマシタ」


 博多座は家から近いわりには、自分は毎回大歌舞伎公演に通っているというわけでもない。しかし今回は「平家女護島」「義経千本桜」という、超有名すぎる義太夫狂言である。要するに「俊寛が島に取り残されるやつ」と「知盛が碇綱巻きつけて飛び込むやつ」でしょ、という程度の認識はあるが、やはりそこに至るまでの展開を味わうべきで、せっかくこんな近くで毎日やってるんだから一回くらい立ち寄って生で見ていい。しかも俊寛が仁左衛門、ってことは孝夫さんですよね!そりゃ生で見なきゃ!と時代劇専門チャンネル時々実況ファン的なミーハー心も刺激されて、来た。もちろん六代目勘九郎襲名公演として華々しく、口上もある。


 …そして戻ってきました。満席。いやあ、至近距離で迫力があって予想以上です。「平家女護島」の俊寛は島の娘を乗船させようとして自分が代わりにと考える、結構ヒロイックないい人なわけだが、仁左衛門さんは絶望と未練と人情とが錯綜するような、性格劇というか存在感がじわじわとにじみ出るような演技で、しかも流刑地で衰弱してる感じでよろよろと来る(それにしても、かっこいい)。一日程度の限られた時間と限られた場の中で次々と事件が起こって、すべてが通り過ぎた後に見ている方もちょっと茫然となる(歴史的事件で決まった結末とは知ってはいても、もしこの24時間が違う展開だったら、全然違う結果だったかも…などとふと思ってしまう)のだが、そんなラストシーンの俊寛の表情が、見た後しばらく忘れられないかも。意外と歌舞伎って古いようで現代的なのかも、と感じたり。


 渡海屋銀平の新・勘九郎さんは、テレビの芸能ニュースの現代風の青年姿のインタビューなどでしか見たことがなかったのだが、舞台で見て全然今までの印象と違った。こんな荒事が出来る人なんだなと。だんだん鬼気迫る瞬間に向かっていく勘九郎さん、凛とした女形の七之助さん。あと楽しかったのが、彌十郎さんの安定感と、二代目中村錦之助さんが「あ、錦之助の声だ」(笑)だったこと。勘九郎さんもそうだが、歌舞伎俳優は男性で親類で血がつながってたりすると「男声」がどこか似るのですな(うちの父と兄が、顔は全く違うのに声がよく似てたりするようなものか)。孝太郎さんの千鳥は可愛らしく、橋之助さんは(お兄様でしょ?「おじさま」なのか!?)中堅どころというか若干とぼけた味なところもあり、奴踊りもすごい身体能力だ(笑)。


 それにしても義太夫とは(今日のは二つとも悲愴なラストの定番のシーンを期待し待ち望む演目の性格ということもあったが)、日本人には情的に「来る」もんだなあ、と改めて思った。歌舞伎やシェイクスピア劇は残虐な殺人事件も自殺も暴力も抑圧も目白押しなのに、そこに様々な格言や成語が頻出し、あざとい笑いや涙も人生も絡んで息をのむという不思議な世界だ。若手もベテランも充実した配役で、本当にいいものを身近に見せていただいたのが大変ありがたい。これは機会があればもうちょっと注意して駆けつけるべきLIVEだな、と反省。


 ※帰ってきたたれぱんだとむすび丸たち。
 二月大歌舞伎のパンフレットと、売店おみやげの三日月屋のクロワッサン。

帰りのBGM:昨日の続きで
 Waterfall / The Stone Roses (「The Stone Roses」)  (20130211)
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