NHKアナザーストーリーズの再放送を見ました。
当時、幼かった私の断片的な記憶とともに、三島由紀夫さんの人となりや、日本について真剣に考える姿を垣間見たような気がします。
アプローチの仕方は様々ですが、国を思う気持ちから全共闘を前に、単身乗り込んだ東大900番教室での話と、最後に交わした代表との握手・・・。
私的には一番心に残りました。
しかし、あらゆる手段が手詰まりとなったとき、文筆活動という手段を持っている稀代の才能が
「非合法的手段しか残されていない」
と言ったことが、非常に残念でなりません。
ところで、なぜ今、「三島由紀夫」なのでしょうか。
私は、NHKが好きです。
某NHKから云々の党とは異なり、NHKによる放送技術開発や、スポンサーを持たない(国民がスポンサー?)ことによる放送内容の中立性と、視聴率の縛りがないことで広く視野を広げた番組(「国会中継」や「目撃!にっぽん」など)の作成が可能などにより、その存在意義はあると思うからです。
しかし、籾井会長以来、NHKの報道に疑惑を持ってしまいました。
やはり、「三島由紀夫」は、憲法改正に向けての土台作りなのでしょうか?
マスコミが、その「中立・公正」に疑問をもたれては、民主主義を支える立場としてはまずいのではないでしょうか。
権力の広報部ではないはずです。
そういえば、権力があるはずのどこかの市長が、権力のない市井の人々が行う「座り込み」を15分間ほどしたことがありました。
パフォーマンス?何なんでしょう?
権力をもつ者は、その立場で、広く国民に問うべきでしょう。
正直、意味がわからない!
折角の素晴らしい番組が、自分の中で味噌が付いていることに、戸惑いながら番組を見終えました。
よい番組を視聴しました。
情報を与えてくれた『小父さん』に感謝です。
でもはじめは、正直なところ彼の変人性が目につきました。
私の父(1900年生まれ)が寝床で読んでいた「文藝春秋」だったか?に「私はこれになりたかった」という写真が毎回載っていたのですが、三島由紀夫氏が白バイにまたがった雄姿を記憶しています。
たぶん、小中学生だと思います。
東大の全共闘へ出向いたことは、かすかな記憶がありますが、テレビではある種のショックを覚えました。
>・・・ 「非合法的手段しか残されていない」 と言ったことが、非常に残念でなりません。
テレビ構成ではそのように感じましたね。
もう忘れましたが、当時の論評は文学の死か、いや政治的なものかと「かんかんがくがく」な識者たちの議論記されていたと思います。
テレビ全体には、またも深く見入りましたが、最後の元サンデー毎日の記者?の言葉が染み入りました。
「三島さんの唯一の欠点は、静かに老いるということを知らなかったことだったと思いますね~、静かに老いてもっと良いものを書いてくれていたら、我々の老後も豊かになったのにと思いますがね~。」
です。
私もNHKが好きなんです。
私の知人二人はNHKは北京放送みたいだと言うし、ネット上では権力におもねるみたいに言う人も居ますが、果たして誰から見ても「中立・公正」が保たれているということがあるのだろうか?なんて思っています(笑)
籾井会長はうわべしか見ていませんが変でしたね。
>やはり、「三島由紀夫」は、憲法改正に向けての土台作りなのでしょうか?
石原慎太郎氏も政界デビュー時から日本は核兵器をもつべきだと主張したと思います。
1900年生まれの父は陸軍士官学校出の職業軍人でしたが、私には何も言いませんでした。
願わくば、三島由紀夫氏の憲法論議と安倍総理の憲法9条改定論議を同一線上には置きたくないです!
元航空幕僚長の田母神俊雄氏に百田尚樹(呼び捨て)に安倍総理には「戦争に行ったことがあるんかい!」と言いたいです。
そういう私が憲法9条に関する確たる信念があるかと言うと複雑な気持ちですが、少なくとも短絡的な安倍総理の主張には反対です。
三島由紀夫氏が何を伝えたかったかは、また頭の片隅にもおいておきたいものです。
有難うございました。
むちゃくちゃ腹が立つ人の意見も、冷静に受け止められる自分でいる為に、報道のレベルの低下は看過しがたいものに感じてしまうのです。
小父さんの意見はとても参考になっています。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。