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pacific0035'写真BBS

文学や史跡で登場するマチを旅しながら、折々、紹介することを心がけています。

「種市」無形資源開発学の意図と方法240512

2024年02月17日 08時50分56秒 | 時代
「種市」無形資源開発学の意図と方法240512

 1.方法
  1)現地を歩く、関係者に聴く
  2)新聞スクラップに象徴、資料の精読
  3)時代画期、空白領域を丹念に埋める

 2.意図
 4)「事業は<ヒト>でつながる」を解明。

 5)決して論じない、記録体系化を最優先。
 6)無形資源の顕在化、意味=説明内容を記載

 3.付加価値の創出
 7)「観光では『サー?』領域を作らない」生活学芸員から、市民学芸員「理解者(人材)養成」をめざす。
 8)自身で無形資源をめぐる導線を示し、野外博物館を構築
 9)自身がイメージした世界を、出版物を通じて具現化した。

 4.小括
  10)「本市への観光客入込数70万人」時点で、「季節・展観・通過型観光」主流の時代に、「通年・体験・滞在型観光」への展開を試みる位置にあった。
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ヤッパリ 金満球団が<投手力に負担>かける要因 落合博満談「何て練習しない球団」231008

2023年10月10日 06時06分42秒 | 時代
 ヤッパリ 金満球団が<投手力に負担>かける要因 落合博満談「何て練習しない球団」231008

 プロ野球。テレビの中継で眺めることがある。組織の管理術&構成員の育成能力が成果を発揮しているや、否や。
 その名をいえば、著名な老舗球団。入場料も、放送権料も<ひときわ高額>の報を聴くも、成績はそこそこのここ、数年。
 日本シリーズに出ても0勝4敗とは、いかがなものか。

 リーグ内でも特定の投手を打てない。そもそも「初物に弱い」は、このチームの伝統であったが、二度目、三度目には攻略できたではないか。
 自軍投手の「タマカズ」に比べ、相手投手に投げさせる級数との差。いつもそこに注目しながら、テレビ観戦している。
 淡白、ネバレない、諦めが早い。そこのところを、暴露した。そういうわけでもあるまいが、23年10月8日、かつて在籍の落合博満の回想談話。

 「ジャイアンツというのは、何て練習しない球団なんだろうと思ったよね」。「中日が特に練習しているというわけではないけれど、それでも中日よりかなり練習しない」。
 「我々のロッテ時代から比べれば……あのころの半分以下、3分の1ぐらいの練習量じゃないかな」(『激闘と挑戦/落合博満』・鈴木洋史/小学館)。
 あるときの日本シリーズ。「たいしたことない、ロッテよりも弱い」。3連勝のあと、そううそぶいて、反発を買った選手がいた。結果、4連勝されてシリーズを敗退したが。


 落合博満 巨人 練習 https://news.yahoo.co.jp/articles/b864ffe313362350d9d72d0d5990911b13ca5a22
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由緒・出自・作品に秀逸 「110年前のひな人形 令和の節句彩る」230302

2023年03月03日 09時31分57秒 | 時代
 「110年前のひな人形 令和の節句彩る」 市内を中心に配布の紙面一面に掲載された。 110年前。さかのぼること1913年のことであり、「父が京都へ反物の仕入れに行くたび」に「今年は三人官女だよ、ひな壇が増えていった」。
 今に継承するお方は、そう語っておられる。注を付しておくと、談話にある「母」は、語り部の「母」のこと。つまり「父」は祖母にあたる。

 紹介に、次の点がある。
 「(人形の)衣装は正絹、お道具も全て蒔絵、正装、本塗りと現代では考えられない由緒正しい品」。
 公開の<ひな壇>は由緒があって、往時の職人が精魂こめた作品。当時は「名家、富裕家庭に備わる水準」の逸品。そういうことに、なるはず。

 というのも、この記事に紹介された経緯。
 それを山形県は酒田港。特産の<紅花で造る紅玉>を京都の染物問屋に卸す商家の習慣を見聞したことにある。
 茜。その色合いを発する天然染料を、はるばる東北から機内に届ける。

 帰路、紅花商人は愛娘の成長を楽しみに、「内裏」「三人官女」「五人囃子」「調度品」と年次を重ねて調達した、と。
 毎年、肥前・佐賀の公益財団法人鍋島報效会 徴古館では、鍋島家旧蔵の「ひな人形展」が開かれる。
 今年も2月11日から3月21日まで「鍋島家のひな祭り 会期中無休」を開催中、と。

 というのも、<ひな檀>が庶民の家庭に普及するのは、関東大震災後に百貨店が売り出したことが、契機であると。それを筆者は1980年ごろに承知した。
 鍋島家など大名家や、京の貴族の末裔は<一括調達>が可能であったはず。東北、北海道の名家には、それは<高嶺の華>であったかも。

 そうした思いめぐらす3月2日、『釧路新聞』一面に記載の「110年前のひな人形 令和の節句彩る」。
 そこには、「遠かった日の釧路」の一コマが投影されていた。
 記載のほかには天然染料で仕上げた衣装が、合成染料には叶わない深み・奥行・風合いを増しているはず。
 ここに願わくは継承する女系の繁栄を、これからの時、処、機会で願い、<継承されているお方>にエールを送らせてもらうことに。

 由緒・出自・作品に秀逸 「110年前のひな人形 令和の節句彩る」230302.
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政権の論理すり替え 沖縄返還&日米密約 スクープ記者の死230225

2023年02月28日 11時09分04秒 | 時代
 政権の論理すり替え 沖縄返還&日米密約 スクープ記者の死230225
政権の論理すり替え 沖縄返還&日米密約 スクープ記者の死230225
 2月25日発信の「沖縄密約スクープ 元毎日新聞記者の西山太吉氏死去」(『産経新聞』)。
 記載がある。「昭和47年の沖縄返還を巡る密約をスクープし、国家公務員法違反で有罪となった元毎日新聞記者、西山太吉氏が24日、心不全のため北九州市内で死去した。91歳」

 往時を思い出した。
 毎朝、出勤途上に駅の売店で『毎日新聞』を買い求め、「沖縄密約」の内容に目を奪われた。
 事は「1971年に沖縄返還を巡る日米間の密約文書の内容」を公にしたもの。

 公共放送は江川紹子氏の談話を紹介。
 「政権の秘匿と報道の<主権者が知る権利>のせめぎ合いは、これからも続く」。
 TBS系列はサンデーモーニングで、青木理氏がコメントした。
 「(裁判で)検察が『情を通じて』っていう言葉を使ったもんだから、そっちの方がクローズアップされて」

 「結果的に『西山事件』とか『外務省機密漏えい事件』っていう名前に」。
 「本来は『密約事件』あるいは『密約隠蔽(いんぺい)事件』」と西山さんのスクープ内容が注目されるべきだった」と指摘。
 「国家のウソっていうものが問われなくちゃいけなかった本質が、ある意味で歪曲(わいきょく)とか矮小(わいしょう)化とか、本質がずれてしまった」。

 最後にさらに、一言。
 「密約事件」が「西山事件」となったことを「戦後日本のメディアの、戦後日本のジャーナリズムの蹉跌(うまくいかないこと、挫折、失敗などの意)」と表現。
 「密約とか日米関係とかっていうものが問われなくちゃいけないのが、ジャーナリズムとかメディアの問題になってしまった」。

 政権がお得意とする「論理のすり替え」。
 そこまでして、堅持する「日米関係」。あらためて、なんであるのか。
 そこは、考え続けねばならないのではないか。
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集団就職 その五  集団就職の幕引き 230115

2023年01月16日 16時21分52秒 | 時代
  集団就職 その五 230115 
 集団就職を象徴する「集団就職列車」。
 その第一便は「昭和29=1954年4月5日青森発上野行き」に始まり、「1975年3月24日、盛岡発の集団就職列車が上野駅に到着」して終わるとされている。
その22年間において日本経済は、1)「もはや戦後ではない」=昭和30年、2)炭鉱閉山と農業構造改善事業=昭和36年前後、3)転型期論争が展開した昭和41―48年、4)本邦高度成長経済が終焉し地方が構造不況期に当面する昭和55年。
 それぞれの時期を経過する中で、集団就職も変化の局面を経過したものと整理できる。

5.集団就職の幕引き 本項をむすぶにあたり、1960年代初頭から開始の農業構造改善政策で3割強しか残らなかった北海道東部の余剰労働力はいかに、吸引されたか。
 最後はそこのところに目配りをしてみることにする。

 一つの画期は1965年と言うことになる。
 1)釧路炭田で戦後、石炭資源を補完した小規模炭鉱があいつぎ閉山に追い込まれた。
 2)酪農業では「(戦後の)飼養普及期」から「選択拡大期」に転じ、大型多党化飼育、少数経営への端緒となる。生乳集荷のシステム変更をめざし、国営・道営の草地改良事業が起業され泥炭湿地を牧草地に転換する土地改良事業が着手する・

 1)は地域雇用が縮小し、
 2)は投資可能経営と離農・転職の分岐点となった。1960年に始まる農業構造改善事業の酪農版は、草地改良・生乳集荷・機械化の三側面で「多投資型経営」に移管し、農業経営体縮小の時代を迎える。
 
 1965年はまた「高専教育」。つまり工業高等専門学校教育が開始され、高校全入運動も間口拡大がすすみ、義務教育卒業者の進路が変化する。域内の雇用構造は1955~60年の首都圏、道央圏からの補充にかわり、1960年~70年は釧路国内からの労働力移転で賄われた。
さらに71年8月ニクソンショック、73年10月オイルクライシス、77年4月国際海洋法漁業規制。79年第二次石油危機。1971年~80年の10年は第一次産業からの経営撤退に加えて原材料加工業種の経営撤退、生産拠点海外移転の端緒となる。

集団就職 その五  集団就職の幕引き 230115
「1975年3月24日、盛岡発の集団就職列車が上野駅に到着」。1954年に始まる集団就職列車は、ほぼ20年の役割を終える。すこぶる素描すぎる概観ではあるも、その概観した20年の期間には、中学、高校を卒業して実業界に移転する供給側の生徒にも、また受け入れる需要側の企業にも、経済事情の変化や雇用能力、さらには期待される労働力の質的変化があった。その点を読み込んでおかねばならない。そう考える(230116 稿)。
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集団就職 その四 230113  集団就職を象徴する「集団就職列車」

2023年01月13日 14時34分18秒 | 時代
 集団就職 その四 230113  集団就職を象徴する「集団就職列車」
Category : 日記
集団就職 その四 230113  集団就職を象徴する「集団就職列車」。
 その第一便は「昭和29=1954年4月5日青森発上野行き」に始まり、「1975年3月24日、盛岡発の集団就職列車が上野駅に到着」して終わると、されている。
その22年間に日本経済は、1)「もはや戦後ではない」=昭和30年、2)炭鉱閉山と農業構造改善事業=昭和36年前後、3)転型期論争が展開した昭和41―48年、4)本邦高度成長経済が終焉し地方が構造不況期に当面する昭和55年。5)そして高校進学者が9割超の時代を迎えた。
それぞれの時期には集団就職も、<金の卵>たる義務教育卒業者にも、それぞれ変化の局面があったはずだ。

4.集団就職の送出地-移住県の差異 さきに集団就職その二で、「TEXTに『岩手は日本のチベット』と記載のあった記憶があります」と、書いた。そこで、この記憶ってなんだった、その思いで調べてみた。
 「ニュース映画の題材【「脚光あびる日本のチベット」岩手県】に使われたのが最初です」。そう、記載するネット情報があった。
 (https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12652965.html  質問者:katsuobox.質問日時:2021/11/02 07:24)
 
 その時代を別なネット記事は「戦後、1950~1960年代には」
 「山あいで交通の便が悪いこと」「主な産業が新日本製鉄の釜石製鉄所位しかなく」
 「所得水準が全国でも低いことから、『日本のチベット』と呼ばれてもいました」
 ( https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109387295?__ysp=5bKp5omL55yMIOaXpeacrOOBruODgeODmeODg%2BODiA%3D%3D )

 2010年のことながら、広島市東区で農家世帯で育った方の連れ合いさんと話をした。
 (筆者)「広島は移住県といわれて北海道にも、そしてハワイにも多くの移住者を送り出している」。
 (同)「しかし、代々営農を持続してきたことは、とても恵まれていたのではないか」。

 応じてくれた稲作農家の末弟を夫にもつ女性は次のように応じた。
 「家を継ぐ跡継ぎはなんとかなるのです、しかし余剰労働力となる非後継者はたいへんです」
 そこで「跡継ぎ者は農閑期にどのようにして経営をつづけるの?」の問いを、その時はしていなかった。

 末弟にあたる一家は、そこは県内に軍都を間近にもつ<ふりかけ製造業>の工場長職にある家柄。
 実家は長兄がつぐも最後は県内の高校長を務める兼業農家。その娘さんが連れ合いを経て高校教員と兼業している。そう聞いている。
 一時期、30キログラム入りの袋詰め玄米を送っていただき、あわてて精米機を購入したことがある。
 なんでも、実家の姪たちが収穫後贈ってくれるなかから、<お裾わけ>に預かれたものらしい。

 ここでの話題は「集団就職」。
 中国地方の中枢都市たる広島県の県庁所在地。そこの専業農家さんでは、後継者たりとも農閑期の出稼ぎはなかった。
 そこが集団就職対象地にして、1960年代初頭から開始の農業構造改善政策のなかで、7割の農業経営体が残った西日本と半分が離農したとされる東日本の差異ではないか。
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「見えぬ不都合、見逃して良い、か 価値の揺らぎに-6-」230107 『北海道新聞』。

2023年01月09日 10時37分59秒 | 時代
 「見えぬ不都合、見逃して良い、か 価値の揺らぎに-6-」230107 『北海道新聞』。

 「『便利』という名の地上の都合ばかり考え、地中で起こることには無関心」(53p)。
 後に法政大学総長を務める田中優子氏は記載する。
岩波ジュニア新書『グローバリゼーションの中の江戸』(岩波書店 2012年)にある、一節。

「着物は使い尽くされて土に戻り」(52p)。
「(同)世界を巡りながら地上と地中を循環」(53p).
「陶磁器もまた世界を巡りながら、人から人へ受け渡し、最後はふるさとである土に戻る」(同)。

「漆もまた、すべて木の成分でできていますから、土に戻ります」。
 「プラスチックや原子力では、こうはいきません」

北海道内配布の紙面、年始ならではの「社説」。シリーズもその最終回。
「最終判断はAIに頼れぬ」の主題。
 むすびは、「(AIが存在しない社会は考えにくい)その過程では人間優先の価値観を大原則とすべきだ」。そう結んでいる。

 「期待高まる救いの手」の小見出しで、AIが存在しない社会は考えにくい。そのように時代観を示しているようだ。
 「負の側面無視できぬ」の小見出しから、人間が担うべきこととAIを活用することの仕分けを進め、社会全体でルールや合意の形成を図る努力」を提起しているように、読める。

 田中の論にもどると、AI、その特性。
 目に見える、すなわち<地上の都合ばかり考え>、AIのもたらす懸念される点。
 目に見ようとしない<地中で起こることには無関心>が、<まかり通る>ことにはならぬか。

 ITが発達、しかし長時間労働は解消したか。
 ITの普及、経営は人間に対する投資より、機材に寄せる投資を重視していないか。
 ITの時代、情報・金融・生活様式を一元化しすぎて寡占、独裁、他者の意見を切り捨てるに転じていないか。
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都合良い統計を並べたその影で 「安さ変調を脱却する時だ 価値の揺らぎにー4-」230105 『北海道新聞』。

2023年01月06日 11時38分49秒 | 時代
 都合良い統計を並べたその影で 「安さ変調を脱却する時だ 価値の揺らぎにー4-」230105 『北海道新聞』。

 安倍政権は終始、政権に都合の良い統計を出し続けた。
 安倍政権は常に、政権に都合の悪い統計を隠し続けた。
 安倍政権は時に、統計の内容にも介入し、実勢を伝えるものではないとの批判を受けることするあった。

 北海道内配布の紙面、その「社説」は記載する。
 「日本が安くなった。先月の日銀の実質利上げで円安進行は収まったが、昨年は年始めから一時1ドル151円と3割も急落した」。
 それだけではなない。「安いのは通貨だけではない.。平均賃金は経済協力開発機構(OECD)35カ国中24位で米国の半額だ」。

 「海外頼みで賃金抑制」の小見出し。
 そこには「道内で働く外国人は約2万5千人と10年前の2.5倍に増えた。うち半数は技能実習生が占める」。
 2020年5月。コロナ禍で国際間の渡航が禁じられ、東南アジアからの技能実習生がゼロとなった。たちまち十勝の農業が悲鳴をあげた。

  「海外実習生入国禁止、営農計画や生産量に影響」。見事に転化したもので。
 江戸時代、本州経済が蝦夷地に現住のアイヌ民族を収奪し、他軌道を植民地経済に組み込んだ本州移住者。
 その移転農業経営が、現地の低廉安価な労働力を「実習生というアイヌ民族に代替する海外技術者で賄う農業」。

 メディアが平気で伝え、地方政権もそれを認める。紙面は重ねて記載する。
 「海外移転できない食産業は同様に実習生が支えた」
 「国は今年制度を見直す方向だが、日本離れで深刻な人材難に陥らぬよう、労働力と認め低賃金を是正すべきだ」。

  結びに近く、「多様な働き方模索を」の小見出しで、次の2項目。
  「(セコマートは)店内調理のフライドポテトに使う道産ジャガイモ比率を8割に上げる。来年は全量をめざす」。
  「手間はかかるが。個々の価値を認め合い、技術や産業をつくり出す。そんな強い経済を目指したい」。

   これまで諾々と「国家統計すら改変する」政権に与してきた政治家。
   それは、傾聴するのみならず、自らのポリシーで自身の政策を鍛えてはいかが。
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「強権が分断を広げた」 「声なき声くみとる政治を 価値の揺らぎにー3ー」230104.

2023年01月05日 10時42分55秒 | 時代
 「強権が分断を広げた」 「声なき声くみとる政治を 価値の揺らぎにー3ー」230104.
 新春、1月4日の道内配布紙は「価値の揺らぎにー3-」で、「声なき声くみとる政治を」と<民主主義の危機>についての第3報を掲載した。
 「新たな民意探る試み」「強権が分断を広げた」「制度見直しも必要だ」と、<小見出し>を付す。

 冒頭には「首相が昨年7月、参院選の応援演説中に銃撃された事件は国内外に衝撃を与えた」に始まる。
 「価値観が多様化し、既存の民主主義の仕組みでは捉え切れない民意が膨らんでいる」と指摘する。
 そのうえで、「声にならない市井の意思をくみ取る丁寧な政治が求められる」と、受けているのだが。

 安倍政権の時期に、国会中継の番組。チャンネルを切り替えたり、テレビのスイッチを切断ことを繰り返した。
 与党の提灯担ぎの質問には、ここぞとばかり得意満面で喜々と応ずる。他方で野党に対しては木で鼻をくくり、ご飯論法をもちだして、まともに答えなかった。
 「声なき声くみとる政治」などという、モノ優しい段階にはなかった。

 参院選といっても3年前の2019年のことだ。札幌で遊説中の首相にヤジを飛ばした。
 北海道警察の警察官がちかづいてきて、「不当に排除されたとして、道に計660万円の損害賠償を求めた訴訟の判決」。
 結果は北海道警察の全面敗訴となった。当然といえば、当然ながら、これとても「声なき声くみとる政治」であったか、どうか。

 政治家の論理の貧困、ユーモアの欠落よりも前に、お粗末な政治家の仮面が一度ならず、なんども市民の前に明示された。
 そうではなかったか。ヤジを飛ばしてこの訴訟で原告となった一人は、当時、申していた。
 「ボクは安倍的なものにNOをいうような判決かもしれないとおもった」。

 民主主義の危機。国民の信託をうけた政治家の発言に対しても、政権にしがみつく愚かさを見せた本邦の政治。
 いまこそ投票率をあげたい。「投票率が高まらないと、政治家は緊張しない」。
 そうした論がある。傾聴したい。


 (2022年3月25日 『毎日新聞』ネット配信)
 札幌市内で2019年7月、参院選の街頭演説をしていた安倍晋三元首相にヤジを飛ばした札幌市の大杉雅栄さん(34)と桃井希生さん(26)が北海道警の警察官にその場から不当に排除されたとして、道に計660万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、札幌地裁であり、広瀬孝裁判長は「政治的表現の自由を侵害した」などとして、道警側に計約90万円の賠償の支払いを命じた。【撮影・貝塚太一】
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「絶望を救うのは日常そのもの」 アレクシービッチ談「誰もが孤独の時代 人間性失わないで」230101

2023年01月04日 10時35分43秒 | 時代
  「絶望を救うのは日常そのもの」 アレクシービッチ談「誰もが孤独の時代 人間性失わないで」230101

 『朝日新聞』。2023年1月1日の第一面を綴ったのはノーベル賞作家 スオエトラーナ・アレクシービッチ氏の言葉。
 「誰もが孤独の時代 人間性失わないで」と述べている。「灯 わたしのよりどころ」特集。
 ウクライナ人の母、ベラルーシ人を父に持つ身。2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を始めた日から、その東部や南部で激しい戦闘が続く地に、思いをはせる。

 記者は書く。ウクライナでは、「前線から遠く離れていても、人々は電力不足や毎日のように鳴り響く空襲警報に悩まされる」。
 「どうすれば救われるのか、文学の役割とは何なのか」。

 インタビューの全容を示した、2面の末尾に注目する。
 「近しい人を亡くした人、絶望の淵に立っている人のよりどころとなるのは、まさに日常そのものだけなのです」。
 「たとえば孫の頭をなでること、朝のコーヒー一杯でもよいでしょう、そんな人間らしいことによって、人はすくわれるのです」。

 他方で「文学の役割となんなのか」と聴かれ、次のように応えている。
 「作家は『人の中にできるだけ人の部分があるようにするため』働くのです」。
 諭すように語った、その後にで。

 「私たちが生きているのは孤独の時代」。
 「私たちの誰もが、とても孤独です」。「人間性を失わないための、よりどころを探さなくてはなりません」。滞在先のベルリンで語った。
 
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21世紀もまもなく四半世紀 北海道東部の日出230101

2023年01月01日 11時08分07秒 | 時代
 2023年が明けました。黎明の早い北海道東部では、午前7時が日出の刻限時刻です。

 新しい世紀もすでに四半分に近づいています。
 本邦最後の坑内掘り炭鉱の閉山、地域産針葉樹の資源立地型加工業の典型たる新聞用紙工場の機械停止。
 新世紀は20世紀を彩った原材料の素材加工型産業が撤退する時代の始まりとなってきました。

 多様なモノ、情報、システムがあふれる今、時に<選ばれる>存在でなければ。
 大量生産と大量消費。売れ筋商品とお手頃価格。軽薄・短小。
 もてはやされるも、量より質、無国籍の味より本当のおいしさ、本来のうま味。

 分断がすすむ一方、一元化の枠組み途上にある今、<つなぐ論理>の構築。
 気がつくとネットはgoogleやらappleやら、Amazonなど。
 金融は三菱やら三井の支配力が高く寡占化がすすむも、国民はズタズタ。

 個の質量豊富化、深層・構造・論理的思考の深化。
 立法・行政・司法の三権が独立性を失い、政治と宗教にご都合主義が発生、学術会議に口を挟んで政治が学問を支配。
 主権者を甘くみている哲学不在の政治家を選ぶ国民を、メディア・スポーツ・政治は一体化して誘導していまいか。

 21世紀もまもなく四半世紀 北海道東部の日出230101
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人類の<おごり 思い上がり>形に タンチョウにインフル、サケ漁獲減に赤潮221130

2022年12月04日 10時13分28秒 | 時代
 市内配布紙の一面。そこに二日続けて「自然界の深刻」をうかがわせる見出しが躍った(写真))。
 そうではないだろうか。11月30日「給餌場や靴底消毒徹底 タンチョウ高病原性確認」 12月1日「秋サケ定置網 漁獲減 昨年の赤潮回遊に影響」。

 その本文は、紙面を直接読んでもらうのが、ここはセオリー。
 しかし「秋サケ漁獲減」の要因に、「昨年の赤潮回遊に影響」は。見逃せない。
 「木を伐りすぎて、川が濁り、水量が少なくなって、貧栄養に」は、地域の努力でなんとかなる。

 「なんとかなる」 ではなく、過去の歴史は「魚つき林」を造成して、資源回復に努めてきた。
 1988年には「お魚を育てる森」運動を北海道中で取り組み、資源の涵養 かんよう に」取り組んできた。
 20世紀は「魚つき林」。、21世紀は「お魚を育てる森」ながら、そこには「地域の努力、資源を護り、育てる」の<可能性>があった。

 だが、「昨年の赤潮」は違う。
 その発生源は「北方領土」とも、カムチャツカ半島沖とも申すではなかったか。
 2021年はウニの繁殖に。深刻な影響をもたらした。稚苗を移植するも3-4年は漁獲困難では、と。

 赤潮発生は要対処区域が<地域段階>から、<地球規模>に拡大。
 極点付近の氷河が解氷し、氷河で閉じ込められていたプランクトンが、活動を開始。
 それ<プランクトンが活動開始>は<いささか乱暴>な論であっても、 産業革命に炭を発する科学にくわえて技術の発展。

 「科学と技術」が地球上の人類を大きく抱えることが出来るようになったとしても、だ。
 故に産み出した「人類のおごり・思い上がり」。
 今、人類の<おごり 思い上がり>形に タンチョウにインフル、サケ漁獲減に赤潮。

 そういうことでは、ないだろうか。
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優等生・酪農大型化経営の危機 政策誘導の一到達点、北海道の今221201-後-

2022年12月03日 09時51分28秒 | 時代
 優等生・酪農大型化経営の危機 政策誘導の一到達点、北海道の今221201-後-

 優等生。北海道酪農をかく評するベース。
 その第一は、国際化時代の対応をめざし政策誘導してめざした乳牛多頭化飼育の到達点。
 次に第二は、化学肥料で育てる飼料、輸入飼料の給餌で賄う量産確保、均質生乳の生産、
 結ぶ第三は、北海道産生乳を<加工乳>と区分し、本州産<飲用乳>よりも低価格で大量確保。

 国産飼料は高価。ヒトの食糧も経済動物の飼料も海外依存。
 化学肥料で粗放栽培の量産海外産飼料に<旨み>は担保されているや。
 自動車を購入してもらう販路が重要で、海外農産物供給に大きく依存、カロリーベースの<食糧受給率>は大きく、低迷している。

 コロナ禍。本邦が受け入れる海外技術研修生の入国が制限され、たちまち農業労働力の不足が指摘された。
 ロシアのウクライナ侵攻。食糧供給がストップし、石油価格や輸入肥料価格がたちまち高騰した。

 さきに記載。「量産確保、均質生乳」。
 それって、誰のための、なんのための生乳生産。メーカーのための乳製品加工のための生産。そういうことではなかったのか。
 家畜もヒトもそれぞれに個性がある。それぞれの経営が個性を発揮することが、どうなのか。

 一農家が<旨み>に思い入れ、<脂肪含有量>が高く、高付加価値の生乳生産を達成したとして。
 メーカーは、そうした<個性的生乳>を<期待していない>というよりも、均質製品の量産確保。そこにネライがあった。

 以上に応えるべく「多頭量産」で生き延びた経営。
 そのバックヤードを支える飼料・肥料の高騰。供給乳量増と肉牛価格低迷。
 生き延びてきた「優等生・酪農大型化経営」に、危機を産み出している、のでは。
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酪農大型化経営の優等生に危機 政策誘導の一到達点、北海道の今221201-前-

2022年12月02日 09時07分26秒 | 時代
酪農大型化経営の優等生に危機 政策誘導の一到達点、北海道の今221201-前-

 北海道内配布紙は、朝刊一面で伝えてる。「酪農三重苦 飼料高騰・牛価格急落・減産」。
 内容は申すまでもないことであろう。事例は搾乳牛250頭、搾乳日量7トンの十勝国酪農家。
 生後2ヶ月の牛価格は、(根室管内家畜市場で)6月に一頭当たり平均9万3432円であったが、10月には1頭=6705円、11月以降はようやく1万円台に持ち越した、と。

 事例に示されている十勝国の酪農家は、搾乳日量の40数パーセントをバイオガスプラントに回すことを約半年間続ける決断をした。
 1985年当時なら、小流河川に登記していた<廃棄>という形、そのものだ。
 これが「減産」の二字でくくられる現実の一部なのだ。


 「組合勘定=組勘 くみかん」という用語があるらしい。農協からうけている融資の精算行為。それが年末12月に必要な手立てなのだ。
 着業から時間を要して、収穫・売買・換金にいたる農業の特性で、経営と生活の「つなぎ資金」が不可欠とされている。

 飼料高騰は経営計画以上の<支出増>を結果する。
 減産も牛価格急落も<収入源>を意味する。
 結果、今。「「組合勘定=組勘 くみかん」を凌ぐため、日本政策金融公庫など協同組合外のセーフティネット資金に駆け込むことに、なる。紙面はかく伝える
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カン・知恵・技術で高めた循環型社会 環境負荷を考える三冊221008

2022年10月08日 11時14分26秒 | 時代
カン・知恵・技術で高めた循環型社会 環境負荷を考える三冊221008

 手軽に読めて、持続可能利用を考えるならこの三冊ではないか。
1)石川英輔著『大江戸リサイクル事情』 講談社文庫 2008年。
  江戸時代は「太陽に水、植物と空気で暮らしが成り立っていた」。そう表現して、江戸時代の時代特性を<リサイクル社会>にあり、とする。
 
 2)田中優子著『グローバリゼーションの中の江戸』 岩波ジュニア新書 2012年。
  日本発の伊万里焼、彩色浮世絵、再生の技術。大きなグローバリゼーションの波がうねるなか、その波にのまれることなく、独自の〈自前〉文化を保ちつうづけた江戸時代。
 
 3)前田正名著「滞仏中の無事」 『前田正名自叙伝』所収 一匡社 1937年。
  パリ万博で正名は三点の実演を公開する。その一はなんと「忠臣蔵」の脚本を変書き、演出することであった。「日本には(西洋の)神とは違う神がいる」。西欧は戦争で荒廃している。

 江戸時代はコメの生産高増加で、3000万人の人口を支えていた。
 今日、これまでに1億3000万人規模を有することができた背景には、目をみはる産業の発展が基盤となっている。

 「それしか方法がなかった」「そんなことしかできなかった」。それゆえ、庶民はまことに貧困であった。
 
 ワラ、竹、灰。みな太陽エネルギー。なにか説明はできなかったが、庶民の多くが「カン、知恵、技術」を広く持ち合わせていた社会。
 今、モノつくり産業でリコールが繰り返されて、技術の劣化が指摘される。大学の研究論文やその引用件数で国際的にヒケをとる。

 大衆がささえ培ったカン、知恵、技術。エリートのそれらが評価される時代に、<落とし穴>はないか。
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