日本で女性の決闘の絵画としてはこんなところしか手に入りませんでした。上は歌川広重の三枚もの。
ところでこの文字「嬲・なぶる」とは違って「うわなり」と読んで「後妻」の意味、そして「後妻打ち」というのは、離縁された先妻が後妻に対して人を集めて戦いを挑むという平安から戦国期ぐらいまでにあった風習である。
ただむやみに攻撃をしかけるのではなく、たとえば離婚した夫が一か月以内に後妻を貰った場合とか、事前に後妻側に通告しなければならないとか、夫男どもは手出しをしてはいけないとか、後妻側の器物を破壊するだけで当人を傷つけてはならないとかちゃんとルールがあったようである。もちろん後妻側も黙って見ているのではなくこちらも人を集めて応戦、防戦するのである。
広重の絵はそのスペクタクルを描いたもので、一対一の対決とはまた違った女性の「ユーモラスな凄まじさ」を描いている。
(美女はどれだって聞かれても困るんだけれど、これだけ集まりゃ一人くらいいるでしょうから、自分で探して・・)
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ところでこの文字「嬲・なぶる」とは違って「うわなり」と読んで「後妻」の意味、そして「後妻打ち」というのは、離縁された先妻が後妻に対して人を集めて戦いを挑むという平安から戦国期ぐらいまでにあった風習である。
ただむやみに攻撃をしかけるのではなく、たとえば離婚した夫が一か月以内に後妻を貰った場合とか、事前に後妻側に通告しなければならないとか、夫男どもは手出しをしてはいけないとか、後妻側の器物を破壊するだけで当人を傷つけてはならないとかちゃんとルールがあったようである。もちろん後妻側も黙って見ているのではなくこちらも人を集めて応戦、防戦するのである。
広重の絵はそのスペクタクルを描いたもので、一対一の対決とはまた違った女性の「ユーモラスな凄まじさ」を描いている。
(美女はどれだって聞かれても困るんだけれど、これだけ集まりゃ一人くらいいるでしょうから、自分で探して・・)
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