詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

母の死顔&首切り

2009年08月14日 | 日記
母は
トヨタ系の会社からの上司のお見舞いの後
見舞いに持ってきた水羊羹を食べてから
一週間の意識不明の後
亡くなってしまった

母が亡くなった日は
朝まで付き添っていて
目の下に隈が広がってゆく母の傍らで
母の死を覚悟しながら
読んでいた宮澤賢治の詩や「十六夜」

昼頃に電話があって
母の死を知らされて
「ごめんな母さん」と
泣いて 泣いて 泣いて・・
気がつくと葬式だった

その後
その上司に
その時にの話を聞こうと思ったら
すでに遠くへと転属してした
二週間とも経ってもいないのに・・

それまでは
「絶対にクビにしてやる」
「早く辞めろ」
「仕事なんかしなくてもいいからこの部屋に一日いろ」
という毎日だったので
たぶん・・と今でも思っている


   首切り

つい先日 
トヨタグループに続いて
創価学会系企業からの首切りだった

何度訴えても
労災隠しやパワハラや
セクハラの訴え
(公的施設で山積みのロリータビデオを観ることの強制やそれらをダウンロードして加工した写真をパソコン画面に貼り付け等・・)を
鼻でせせら笑うだけだった労働基準監督署の偉いさん
「もう二度とくるな!」
と怒鳴り声を浴びせかけた厚労省高給官僚課長
出世の障害になることには
一切関わりたくないんだろう

僕の頭は
本来は労災だった事故のために天辺が禿げたり
(学会系企業の上司が拒絶)
機械挟まれた後遺症で感覚なく曲がったまま
火傷の傷跡が醜く腕に・・

そういえば
警察でもみ消された
下請業者に殴られた事件や(犯人がわからないと)
会社敷地内で車をわざとぶつけられたこともあった
(母親の介護があったので、後者は金で妥協してしまったが・・)

トヨタ方式のリストラ方法は
グループ内の人事・総務責任者が
定期的に集まっての共産党対策や著名人を呼んでの勉強会
極秘の「要注意人物ブラックリスト」の検討会
誰それが何月何日にどこへ行って誰と会ったとかの報告会

共産党員や他の左翼やなにかの反体制的運動をやった人々のリストが
コンピュータシステムを寄贈した警察署等との間でやり取りされる
会社への反抗度から 交友関係図式
(「それ見りゃスパイは一目瞭然!」とうっかり口をすべらせてしまったので
リストラ後に共産党からも見放され
警察からは目をつけられて
ほとんど毎日パトカー等の尾行つき
散弾銃でフロントガラスが弾痕だらけになったことも

ブラックリストの内容はというと
借金・貯金額から趣味やセックス内容から
本人ですらうろ覚えの家族の車ナンバー
通院・病歴や病院での診察内容や言った事まで
僕もリストラされた何人かの上司も
「病院でなんで会社の秘密をばらすんだ」と
もっと上の上司からの大目玉

過労死や突然死や自殺も多かった
団体割引の生命保険ウン千万円が
濡れ手で粟で入ってくるのでお偉いさんたちのドンちゃん騒ぎ
ウン千万円の臨時収入だ
トヨタでは一番の出世コースの組合もまた
組合費で接待ゴルフや海外旅行は日常茶飯事
僕はといえば満期の生命保険を受け取り拒否したので
出世コースから外れて窓際族になってしまった
あの時受け取っていたら
課長や市議くらいにはなってたのかも

以前はまだまだ穏便だったトヨタ方式首切り方式
仕事を与えず 配転先で「あいつはアカだから話すな」とか
中高年社員や女子社員を一列に並ばせて退職するまで芝生のゴミ拾い
トイレの時間や回数をストップウオッチで測定
僕の場合は手かざしの新興宗教に連れて行かれて「狐がついてる」とか
逃げ出した女子社員を皆で取り押さえて引きずりまわし 
「山口系暴力団の殺し屋に注意しろ」との脅迫

創価学会系企業の方は
社会貢献や 悩める人々の救済どころか
税金ネコババ官僚ども顔負けの
汚れた金のマネーロンダリングや 
政党・政治家へ渡される我々の血税の守銭奴への上納
この国の腐りきったすべての宗教団体同様の
人間など虫けら同然と見なしてのやりたい放題
宗教団体の利益よりも
一人一人の人権こそもっとも大事なものであるはずなのに

半年くらい仕事を与えず
電話も受けるな 
掃除もするなと
そして公然と目の前で僕の悪口を言い
「首にする」「早く辞めろ」の毎日
自分らの私利私欲しか眼中になかったトヨタでさえ
「掃除をやってます」とか
「母の介護が出来なくなるので出向できない」とか
という事は認めざるを得なかったというのに・・
法務官僚がリストラのために天下ってくるまでは・・

まだまだ
ここには書けないことも多い
(自尊心なんちゅうもんせいかもしれない・・)
それでも やっぱり
墓場まで持ってくつもりはない
いよいよ死が直前となった日には
決着をつけなければならない

沖縄の友人

2009年08月14日 | Weblog
ふっと
沖縄の友人を思い出してしまった
もう5年以上会っていないけど
元気でやってるんだろうか・・

顔がまっ黒けに日焼けして
どんな強い酒もストレートで飲み
その後必ず水をごくごく

飲むといつも
どっちも知らない沖縄戦の話になった
ぼくの沖縄についての知識は
彼から聞いたことがほとんど

ぼくらの結論はいつも
沖縄独立論だった

アイヌのように
この列島先住民で差別されるばかりだった
この二つの民族は独立すべきだと・・
その気持ちは
今もずっと変わりない

◆苦さを味わう・・ゴーヤチャンプルーは世界的に珍しい料理かも。
そのコツは、豆腐をちぎって炒めてから、一度出してから・・最後にまた入れることだとか。それとゴーヤを炒めすぎない点とか。


やかん

2009年08月14日 | 日記
やかんが大好きで
家の中は
大小様々なやかんだらけ

やかんのような人間が
ずっと大好き

お湯が沸くたびに
ピューとけたたましいやかん
登山用の平べったいひしゃげたやかん
いざという時のために
2リットルの水と共にじっと耐えてるやかん
母が愛用してた琺瑯製のカラフルなやかん

やかんのように
生きていこう
誰に理解もされずとも
遠い風の音を聞きながら