11月19日、デンマーク最大のダンスケ銀行で、8年間で総額2000億ユーロ(約26兆円)もの巨額の資金洗浄が行われていたという底なしのスキャンダルは、デンマークや同銀行の評判を失墜させた。写真は11日、パリで開かれた第一次世界大戦の終結100周年を記念する式典に出席したプーチン露大統領(2018年 ロイター/Yves Herman)
それだけではない。プーチン大統領のロシアに巣食う組織化された汚職の実態と、同大統領が直面する政治的困難をもあらわにした。
資金は、旧ソ連圏にあるダンスケ銀エストニア支店を経由してロシアから流出していた。ダンスケ銀を巡る捜査は、内部告発者のハワード・ウィルキンソン氏が欧州議会とデンマーク議会で証言し、改めて注目を集めている。
同行のバルト諸国におけるトレード部門責任者を務めていたウィルキンソン氏は19日、デンマーク議会で証言し、他の複数の大手行が疑わしい取引に関与していたと述べた。
しかしこのスキャンダルは、金融面だけでなく政治面にも同じくらい大きな教訓をもたらすだろう。
大富豪のオリガルヒ(新興財閥)にとどまらない多くのロシア人がエストニアを経由してマネロンを行っていた事実は、多くのロシア企業や低賃金の官僚にとって、マネロンが生存スキルの一部となっている実態を浮き彫りにした。腐った秩序の中に閉じ込められた個人にとって、西側への資金飛ばしが「安全弁」となっていることを認識しているプーチン氏は、本気でこうした流れを止めようとはしていない。
しかし、ロシア経済が低迷し、マネロン隠しが難しくなるなか、そのような態度でいられる時間はなくなりつつある。
ダンスケ銀の発表によると、「非居住者」の顧客1万5000人が絡んだマネロンは、主にロシア市場が対象だった。その手口は、ロシアのリテールや法人顧客向けに1992年に設立された2つのエストニア支店で、資金をルーブルから別の通貨に両替し、第3国に送金するというものだった。近年では、ダンスケ銀のエストニア事業の税引き前利益のほぼ9割が、こうした顧客の送金や両替の取引から来ていた。
エストニアの銀行取引は、より大きな問題の一角でしかない。
ダンスケ銀の報告書によると、同行のエストニアにおける顧客のうち177人が、モルドバの仲介者を通じてロシアから資金を転送するマネロン集団の一味として過去に名指しされたことがあるロシア人だった。この集団の顧客は、ダンスケ銀エストニア支店の大多数の非居住者顧客と同様、英国や、べリーズや英領バージン諸島のような租税回避地に登録された法人だった。
2000億ユーロは途方もない金額だが、ロシア富裕層が国外に保有しているとみられる8000億ドル(約90兆円)のほんの一部でしかない。この額は、ロシアの全世帯が現在保有している資産の合計とほぼ同額だ。
この巨大な資金のほとんどが、プーチン政権時代にロシアから秘密裏に移転されたものだ。マネロンが、時折が行われる犯罪ではなく、経済システムの欠かせない一部になっていることの証左といえるだろう。
ロシア通貨ルーブルが、インフレや失政で常時値下がりする、他通貨との交換能力が低いソフトカレンシーであるという事情も背景にある。自国通貨がソフトカレンシーの住民は、資産を守るためにユーロや米ドル、英ポンドなどのハードカレンシーに現金を換金したがる。国民にハードカレンシーへの換金を制限している国から送金されるソフトカレンシーの現金を銀行が両替すれば、法に抵触する。こうした資金は、非合法に入手されていたり、出所が疑わしかったりすることも多い。
エストニアの支店を経由したマネロンは、以下に詳述するような手口で行われていたとみられる。
ロシアのある中級官僚の手元に、10億ルーブル(約17億円)規模のプロジェクトがあるとしよう。この官僚は、サプライヤーに請求書の金額を1.5倍に水増しするよう依頼する。サプライヤーは、実際の金額との差額を、この官僚が管理するダンスケ銀行エストニア支店の口座に送金する。
このルーブル建て資金は、不利なレートで米ドルに換金される(マネロンは高くつくのだ)。その後、この官僚は同支店に、残高をロンドンの銀行口座に送るよう依頼する。この口座は、ロンドンを観光した際にでも開設しておいたものだろう。英国の銀行が送金を不審に思うことを恐れて、官僚が所属する役所のロンドンにおける法律担当者は、英領バージン諸島などにある口座への送金を指示する。
とはいえ、租税回避地は規制当局の目に留まることもある。資金をより「クリーン」に見せるには、もう1度資金を移動させる必要がある。ロンドンや米国で不動産を購入するのが、典型的な次のステップだ。
その間ロシアでは、資金不足で当該プロジェクトが遅れる。役所は予算を増額する必要があるが、中には完成されないまま放置される橋や道路、新病院なども相当数ある。
各国政府は近年、こうしたマネロンを取り締まるようになっている。オーナーの身元を隠すペーパーカンパニーを使った不動産取引は、ニューヨークやマイアミなどの高級不動産市場では現在禁止されている。英国も今年、同様の対策を導入した。
ダンスケ銀行エストニア支店。タリンで2018年8月撮影(2018年 ロイター/Ints Kalnins)
銀行への圧力も強まっている。米国は2010年、米国人がスイスに保有している金融資産の報告を義務付け、スイスの秘密口座市場に風穴を開けた。この規制が転機となり、経済協力開発機構(OECD)が音頭を取って、約50カ国がこうした情報の共有に同意した。租税回避地も参加している。
マネロンが難しくなるに従い、プーチン氏は「安全弁」を失いつつある。さらに悪いことに、国際制裁とこの6年の低調な経済成長により、ロシア人の実質収入は低下し、ロシアの銀行からのハードカレンシーの引き出しが急増している。
国内では、退職年齢の引き上げ政策を受けてプーチン氏の支持率が低下し、与党は最近行われた4つの地方選で敗北している。このことが背中を押して、プーチン氏は再び外国で冒険を仕掛けるか、または市場改革に着手するかの選択をするかもしれない。
この選択肢は、両方とも危険だ。ロシア人、特に制裁対象となっている富裕層のロシア人は、2014年のクリミア併合によって追い込まれた孤立状態に飽いている。再び軍事行動を取れば、大規模な抗議活動が起きかねない。
一方で、市場改革に乗り出せば、西側政府からは称賛されるだろうが、プーチン氏が敷いてきた強権的な統治システムは揺らぎ、政治が不安定化しかねない。
いま問われているのは、プーチン氏の選択だ。国際的なマネロン対策のルールに従えば、国外への資金流出が止まることはないにしても、減少し始めるだろう。国内で市場改革に着手すれば、新たな投資を刺激できるだろう。しかし、このような政策が国内で支持を集められるかは不透明だ。また、側近たちが実行させてくれるかも定かではない。
ダンスケ銀行のスキャンダルにより、ロシアの経済復活と世界経済への段階的な合流が、瀬戸際に立たされていることが明らかになった。