秋晴れの11月3日、西新宿の芸能花伝舎で「フリーランス文化祭2010」が行われ、編集者、音楽家、映像関係者などのユニオン参加者による「フリーランスの理想と現実 仕事編」というシンポジウムを聞いた。
●講師 鎌田耕一さん(東洋大学法学部教授)
フリーランス(個人請負)は4つのタイプに分類できる。1つはNHKの受信料の委託集配人のような委託就労者型、2つ目はダンプやトラックの運転手や大工など自営業者型、3つ目はカメラマン、音楽家など専門職型、最後は「その他」で、在宅ワーカー、会社のトレーナー、コンサルタントなどである。
フリーが抱える問題としては、仕事の供給が不安定で単価が低いこと、職業能力開発の更新が難しいこと、法律的な問題では、中途解約、雇い止め、業務上災害がある。個人請負型労働は法的に手つかずの状態にあるので、労働裁判をすると、まず労働者であることを認めてもらい、次に労働法の適用を求めることになる。ところが近年判決で労働者性を認めることが渋くなってきている。中労委ではほぼ労働者性が認められるのに、裁判所でことごとく引っくり返されている。新国立劇場事件、INAXメンテナンス事件、ビクターサービスエンジニアリング事件などがその例だ。
そこで3つの課題がある。まず法制度の整備だ。個人請負は、工場労働のような純粋労働者とはやはり違うので、法的ニーズも異なる。こういう職種に合う法律を制定することだ。次に裁判所は実態とかけ離れた判断をし、ただ契約書の文面から労働者ではないということが多い。実態に見合った判断を求めたい。また委託労働者の労働組合は、裁判闘争のほかに、どのように実態として組合活動を作り上げるかという運動論としての課題がある。
●スペシャルパネリスト 東海林(とうかいりん)智さん(MIC議長、新聞労連委員長)
委員長に就任した今年7月まで厚生労働省を担当していた。取材で、新卒正社員として信販会社に就職し、1年たったとき「君は1年でこの仕事をすっかり覚えたので、契約の切り替えをする。そうすれば手取りも多くなるしみんなそうしている」と言われ、個人請負の契約にサインしてしまった若手社員に会った。それまでと同じ事務所、同じ勤務時間で、同じ上司の指揮監督を受けているものの実質的にクビになったわけである。こういうタイプの新しい個人請負が生まれている。
裁判については、契約書の解釈を何より優先し、労働実態をかえりみない判決が増えている。「司法の反動化」とすら呼びたくなる事態である。
なお新聞労連でも、最近、組合のない通信社勤務などの人を対象に個人加入を始めた。
2人のお話のあと、インディユニオン、日本音楽家ユニオン、出版ネッツ、映画演劇アニメーションユニオンの3つのフリーランスの労働組合の代表が加わり、会場からの質問や感想も交えてシンポジウムが始まった。
いま直面する問題
Aさん(日本音楽家ユニオン)●日本音楽家ユニオンは、1983年に個人加盟の2つの組合が合同して発足した全国組織の組合で30年の歴史をもつ。音楽家はオーケストラに所属する人とフリーの人に大別される。現在の問題としては、食べていけないという問題がある。いまでは全国で音大卒業生が年に1万人生まれている。せっかくユニオンで演奏基準料を設定しても、仕事がほしいがために売値を下げる悪循環が生まれている。また新国立劇場事件や事業仕分けによる文化予算削減問題がある。
Oさん(映画演劇アニメーションユニオン)●映演ユニオンでは、瀬川労災訴訟を事件発生から15年、芸能関連労災問題連絡会結成から13年がかりで取り組み高裁で逆転勝訴した。芸能労災連は来年から、労働条件通知書や雇入れ通知書を使用者からスタッフに交付してもらう運動を開始する予定だ。トラブルには話し合いでの解決をめざしているが、それにもまず労働者性を証明する書類が必要になるからだ。
Sさん(出版ネッツ)●出版ネッツでは労働相談を行っているが、内容の4割は不払いだ。出版不況で編プロや出版社の倒産が増えている。要請書を出し粘り強く交渉し、苦しい懐から分割で7割を支払う約束を得たこともある。しかし相手によっては「ない袖は振れない」の一点張りの対応もある。また仕事がないことも大きな問題だ。経験を積んでも単価が上がるわけではないので仕事の量を増やすしかないが、年をとるとキツくなる。
Kさん(インディユニオン)●インディユニオンは在宅ワーカーや出版・広告・映像系のアーティストの組合で08年12月に発足した若い組合だ。校正者の料金の一方的引き下げやデザイナーの不払い問題で交渉の支援をした。あるタレントがプレゼン用だといわれ、音楽をスタジオ録音して数千円の謝礼を受け取った。ところがラジオで本放送されているのを本人が発見し正当な料金支払いを求めた。相手方は「頭がおかしい」「そんなことは言っていない」などと主張したが、支払わせた。相手に攻撃され自尊心を傷つけられる人もいるので心のケアも行っている。またわたしたちにトラブルを話すだけで満足する人もいる。
仕事がない理由
会場からの質問●仕事がないのは、フリーの人が増えたからか、それとも業界自体が縮小しパイが小さくなったからなのか?
Sさん●業界が縮小したことが大きい。その他、容易にライターやイラストレータになれる時代になり、仕事が若く安い人に流れていき、その結果経験を積み重ねた人の仕事が少なくなるということもある。
Aさん●プロとアマの差が縮まった。たとえば市民オケに音大卒の人が大勢入っている。またいままで10人でやっていたスタジオ録音を、コンピュータを使い4人ですませる時代になったこともある。
Oさん●技術革新に伴う産業再編という問題がある。音楽配信が成長しCDの売上が1/3に縮小し、ネットで情報を収集できるようになり情報誌が売れなくなった。かつては撮影所には必ず正社員のスタッフがいたが、いまではフリーの人しかいない。
フリーランスが労働者であること
出版ネッツの組合員●フリーランスのなかには「自分は労働者ではない」という人がいる。売れれば年収もすごいし、自分の力で仕事を取り自分の力で生きていくことに誇りをもつ人で、出版ネッツは交流会でよいという。そういう人は、不払いに遭うこと自体が自分のミスに感じられ、恥ずかしいと思う。いままで仕事払ってくれた相手なのでいつか払ってくれるのではないかと黙っているうちに200万とか300万とか半端でない金額、生活が立ちいかなくなるような額にふくらんではじめて相談に訪れる人がいる。
Kさん●フリーになった人のモチベーションは、時間も場所も拘束されず、自分の価値を認められて報酬を得、やりたい仕事をやっていくことだった。しかしいまでは企業にとって派遣も有期雇用者も切れないので、委託労働者が最下層の調整弁として位置づけられ、いいように使い捨てにされている。これが現実だ。かつては仕事を選んでいるとか自己責任と批判された時代もあったが、いまや「フリーはかわいそう」といわれる時代になった。「働かせたカネは支払う」という最低のところさえ揺らいでいる。
Oさん●労災で亡くなったカメラマンの瀬川さんは、おそらく自分のことを労働者というより芸術家だと信じていたと思う。しかしそうした主観的な問題と、労働基準法9条の労働者や労働組合法上の労働者ということは区別して考えるべきだ。
鎌田●ポイントが2つある。ひとつは、実態としては労働者なのに企業が雇用を「偽装」している問題だ。もうひとつはフリーランスの人が、労働者の感性と個人事業主の感性を合わせ持つ、つまりグレーゾーンの労働者だが、そういう人のニーズを満たす法制度がないことだ。この2つの問題を分けて考えるべきである。
今後力を入れたいこと
Sさん●出版ネッツはセミナーを多く開催している。セミナーに参加した人が組合員になることもある。またMLを活用し情報交換している。その他、労働者というと正社員のイメージがあるが、フリーという働き方もあること、その実態を社会にアピールしていきたい。
Aさん●音楽は文化を支える一分野だ。音楽文化は人がつくるものなので、今後も人を守る運動を続けたい。
Kさん●労働相談への対応、インディズギルドによる事業創出のほかに、社会の仕組みを変えて安心感のある社会づくりのような活動にも力を注いでいきたい。
このあとギャラリー会場の展示をみた。雑誌に掲載されたルポや写真、PR誌のイラスト、アクセサリーや本の販売など、ユーストリームを使った実況放送など、教室ひとつ分と規模は小さかったがフリーランスの「文化祭」にふさわしい内容だった。その他、弦楽四重奏の演奏や映像作品の発表もあった。
☆労働裁判について「最近の裁判官は質が落ちている。上級審の判例に沿って3つくらいのパターンから選んだような判決文しか書けない。憲法を勉強していない」という指摘があった。ピアノ裁判最高裁判決丸写しで、内心と外部性を有する行為は違うという判決が連発される日の丸君が代をめぐる教育裁判とよく似た話だ。
☆芸能花伝舎は芸団協(社団法人日本芸能実演家団体協議会)の事業展開の拠点である。2005年4月から音楽、演劇、落語、人形劇などの協会が入居している。それまでは1915年創立、82年の歴史で閉校した旧・淀橋第三小学校だった。光が丘の小学校跡施設も、区がこういう社会的意義のある活用方法を選択すれば、住民の抵抗感は少なかったと思う。
●講師 鎌田耕一さん(東洋大学法学部教授)
フリーランス(個人請負)は4つのタイプに分類できる。1つはNHKの受信料の委託集配人のような委託就労者型、2つ目はダンプやトラックの運転手や大工など自営業者型、3つ目はカメラマン、音楽家など専門職型、最後は「その他」で、在宅ワーカー、会社のトレーナー、コンサルタントなどである。
フリーが抱える問題としては、仕事の供給が不安定で単価が低いこと、職業能力開発の更新が難しいこと、法律的な問題では、中途解約、雇い止め、業務上災害がある。個人請負型労働は法的に手つかずの状態にあるので、労働裁判をすると、まず労働者であることを認めてもらい、次に労働法の適用を求めることになる。ところが近年判決で労働者性を認めることが渋くなってきている。中労委ではほぼ労働者性が認められるのに、裁判所でことごとく引っくり返されている。新国立劇場事件、INAXメンテナンス事件、ビクターサービスエンジニアリング事件などがその例だ。
そこで3つの課題がある。まず法制度の整備だ。個人請負は、工場労働のような純粋労働者とはやはり違うので、法的ニーズも異なる。こういう職種に合う法律を制定することだ。次に裁判所は実態とかけ離れた判断をし、ただ契約書の文面から労働者ではないということが多い。実態に見合った判断を求めたい。また委託労働者の労働組合は、裁判闘争のほかに、どのように実態として組合活動を作り上げるかという運動論としての課題がある。
●スペシャルパネリスト 東海林(とうかいりん)智さん(MIC議長、新聞労連委員長)
委員長に就任した今年7月まで厚生労働省を担当していた。取材で、新卒正社員として信販会社に就職し、1年たったとき「君は1年でこの仕事をすっかり覚えたので、契約の切り替えをする。そうすれば手取りも多くなるしみんなそうしている」と言われ、個人請負の契約にサインしてしまった若手社員に会った。それまでと同じ事務所、同じ勤務時間で、同じ上司の指揮監督を受けているものの実質的にクビになったわけである。こういうタイプの新しい個人請負が生まれている。
裁判については、契約書の解釈を何より優先し、労働実態をかえりみない判決が増えている。「司法の反動化」とすら呼びたくなる事態である。
なお新聞労連でも、最近、組合のない通信社勤務などの人を対象に個人加入を始めた。
2人のお話のあと、インディユニオン、日本音楽家ユニオン、出版ネッツ、映画演劇アニメーションユニオンの3つのフリーランスの労働組合の代表が加わり、会場からの質問や感想も交えてシンポジウムが始まった。
いま直面する問題
Aさん(日本音楽家ユニオン)●日本音楽家ユニオンは、1983年に個人加盟の2つの組合が合同して発足した全国組織の組合で30年の歴史をもつ。音楽家はオーケストラに所属する人とフリーの人に大別される。現在の問題としては、食べていけないという問題がある。いまでは全国で音大卒業生が年に1万人生まれている。せっかくユニオンで演奏基準料を設定しても、仕事がほしいがために売値を下げる悪循環が生まれている。また新国立劇場事件や事業仕分けによる文化予算削減問題がある。
Oさん(映画演劇アニメーションユニオン)●映演ユニオンでは、瀬川労災訴訟を事件発生から15年、芸能関連労災問題連絡会結成から13年がかりで取り組み高裁で逆転勝訴した。芸能労災連は来年から、労働条件通知書や雇入れ通知書を使用者からスタッフに交付してもらう運動を開始する予定だ。トラブルには話し合いでの解決をめざしているが、それにもまず労働者性を証明する書類が必要になるからだ。
Sさん(出版ネッツ)●出版ネッツでは労働相談を行っているが、内容の4割は不払いだ。出版不況で編プロや出版社の倒産が増えている。要請書を出し粘り強く交渉し、苦しい懐から分割で7割を支払う約束を得たこともある。しかし相手によっては「ない袖は振れない」の一点張りの対応もある。また仕事がないことも大きな問題だ。経験を積んでも単価が上がるわけではないので仕事の量を増やすしかないが、年をとるとキツくなる。
Kさん(インディユニオン)●インディユニオンは在宅ワーカーや出版・広告・映像系のアーティストの組合で08年12月に発足した若い組合だ。校正者の料金の一方的引き下げやデザイナーの不払い問題で交渉の支援をした。あるタレントがプレゼン用だといわれ、音楽をスタジオ録音して数千円の謝礼を受け取った。ところがラジオで本放送されているのを本人が発見し正当な料金支払いを求めた。相手方は「頭がおかしい」「そんなことは言っていない」などと主張したが、支払わせた。相手に攻撃され自尊心を傷つけられる人もいるので心のケアも行っている。またわたしたちにトラブルを話すだけで満足する人もいる。
仕事がない理由
会場からの質問●仕事がないのは、フリーの人が増えたからか、それとも業界自体が縮小しパイが小さくなったからなのか?
Sさん●業界が縮小したことが大きい。その他、容易にライターやイラストレータになれる時代になり、仕事が若く安い人に流れていき、その結果経験を積み重ねた人の仕事が少なくなるということもある。
Aさん●プロとアマの差が縮まった。たとえば市民オケに音大卒の人が大勢入っている。またいままで10人でやっていたスタジオ録音を、コンピュータを使い4人ですませる時代になったこともある。
Oさん●技術革新に伴う産業再編という問題がある。音楽配信が成長しCDの売上が1/3に縮小し、ネットで情報を収集できるようになり情報誌が売れなくなった。かつては撮影所には必ず正社員のスタッフがいたが、いまではフリーの人しかいない。
フリーランスが労働者であること
出版ネッツの組合員●フリーランスのなかには「自分は労働者ではない」という人がいる。売れれば年収もすごいし、自分の力で仕事を取り自分の力で生きていくことに誇りをもつ人で、出版ネッツは交流会でよいという。そういう人は、不払いに遭うこと自体が自分のミスに感じられ、恥ずかしいと思う。いままで仕事払ってくれた相手なのでいつか払ってくれるのではないかと黙っているうちに200万とか300万とか半端でない金額、生活が立ちいかなくなるような額にふくらんではじめて相談に訪れる人がいる。
Kさん●フリーになった人のモチベーションは、時間も場所も拘束されず、自分の価値を認められて報酬を得、やりたい仕事をやっていくことだった。しかしいまでは企業にとって派遣も有期雇用者も切れないので、委託労働者が最下層の調整弁として位置づけられ、いいように使い捨てにされている。これが現実だ。かつては仕事を選んでいるとか自己責任と批判された時代もあったが、いまや「フリーはかわいそう」といわれる時代になった。「働かせたカネは支払う」という最低のところさえ揺らいでいる。
Oさん●労災で亡くなったカメラマンの瀬川さんは、おそらく自分のことを労働者というより芸術家だと信じていたと思う。しかしそうした主観的な問題と、労働基準法9条の労働者や労働組合法上の労働者ということは区別して考えるべきだ。
鎌田●ポイントが2つある。ひとつは、実態としては労働者なのに企業が雇用を「偽装」している問題だ。もうひとつはフリーランスの人が、労働者の感性と個人事業主の感性を合わせ持つ、つまりグレーゾーンの労働者だが、そういう人のニーズを満たす法制度がないことだ。この2つの問題を分けて考えるべきである。
今後力を入れたいこと
Sさん●出版ネッツはセミナーを多く開催している。セミナーに参加した人が組合員になることもある。またMLを活用し情報交換している。その他、労働者というと正社員のイメージがあるが、フリーという働き方もあること、その実態を社会にアピールしていきたい。
Aさん●音楽は文化を支える一分野だ。音楽文化は人がつくるものなので、今後も人を守る運動を続けたい。
Kさん●労働相談への対応、インディズギルドによる事業創出のほかに、社会の仕組みを変えて安心感のある社会づくりのような活動にも力を注いでいきたい。
このあとギャラリー会場の展示をみた。雑誌に掲載されたルポや写真、PR誌のイラスト、アクセサリーや本の販売など、ユーストリームを使った実況放送など、教室ひとつ分と規模は小さかったがフリーランスの「文化祭」にふさわしい内容だった。その他、弦楽四重奏の演奏や映像作品の発表もあった。
☆労働裁判について「最近の裁判官は質が落ちている。上級審の判例に沿って3つくらいのパターンから選んだような判決文しか書けない。憲法を勉強していない」という指摘があった。ピアノ裁判最高裁判決丸写しで、内心と外部性を有する行為は違うという判決が連発される日の丸君が代をめぐる教育裁判とよく似た話だ。
☆芸能花伝舎は芸団協(社団法人日本芸能実演家団体協議会)の事業展開の拠点である。2005年4月から音楽、演劇、落語、人形劇などの協会が入居している。それまでは1915年創立、82年の歴史で閉校した旧・淀橋第三小学校だった。光が丘の小学校跡施設も、区がこういう社会的意義のある活用方法を選択すれば、住民の抵抗感は少なかったと思う。