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教科書練馬学習会 「道徳」と教科書

2009年12月15日 | 集会報告
12月9日夜、練馬区役所会議室で「今教科書が危ない! 新検定制度と教科の道徳化を考える」という学習会が開催された(主催:1947教育基本法練馬連絡会議)。
3年前の12月15日教育基本法が強行採決で変えられ、それにともない学習指導要領も変わり、検定制度も悪くなった。新学習指導要領に基づく小学校の教科書は来年3月末に検定結果が発表され、夏に採択が行われる。また中学はその1年後に採択される。吉田典裕さん(出版労連教科書対策部事務局長)から「道徳教育をめぐる動きと教科書」という講演をお聞きした。教科書出版社は教科書だけでなく準拠教材の編集も加わり忙しさの渦中にあり、吉田さんも多忙を極めているそうだ。

1 新学習指導要領の中核としての「道徳」と教科書
教育基本法「改悪」による制度変更の最後に登場したのが教科書改訂だ。理由は、教科書が理念を伝える最強の手段と位置づけられているからだ。08年12月沖縄戦教科書問題で諮問を受けた検定審議会は「教科書の改善について」で「(新)教育基本法等に示される教育の理念・目標」は教科書に記述され初めて実現されると答申している。
新学習指導要領の中心的理念は道徳教育である。指導要領・総則の「道徳教育の目標」には「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し」「公共性の精神を尊び」「社会生活上のきまりを身に付け、善悪を判断し、人間としてしてはならないことを(しない)」など、新教育基本法で論議を呼んだ言葉が多数追加された。まるでモーゼの十戒ならぬ文科省の十戒のような「目標」を分類すると「公共の精神を尊べ」「他国を尊重せよ」「国際社会の平和と発展や環境の保全に努めよ」など生徒への命令と、「未来を拓く主体性のある日本人を育成せよ」「そのための基盤としての道徳性を養え」の教員に対する命令の2種類に分かれる。
教科書は、学校教育で特別な位置を占める。学校教育法34条で「文部科学大臣の検定を経た教科用図書」の使用が義務付けられている。また「教科書の発行に関する臨時措置法」2条で、教科書は「教科の主たる教材」と定められている。教科書は合計すると年間1億2000万冊、1ヵ月当たり1000万部と大量に供給されている。これを「国の理念を伝えるメディア」として使わない手はない。
外的価値を個人の内面価値に転換する方法として、「集団宿泊活動やボランティア活動、自然体験活動」など体を使って覚えさせる方法と、頭で覚えさせる方法の2つがある。後者の手段が教科書で、戦前の国定教科書と同じ役割を果たす。新学習指導要領で、どの教科の教科書にも「道徳」的内容を掲載することになった。新学習指導要領の各教科の節は「第1 目標」「第2 各学年の目標及び内容」「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」から成るが、すべての教科の「第3 指導計画の作成」で「第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づき、道徳の時間などとの関連を考慮しながら、第3章道徳の第2に示す内容について、○○科の特質に応じて適切な指導をすること」(○○は各教科の名前が入る)と定められている。
たとえば理科でいえば指導要領の解説(p83)には「栽培や飼育などの体験活動を通して自然を愛する心情を育てることは,生命を尊重し,自然環境を大切にする態度の育成につながるものである。また,見通しをもって観察,実験を行うことや,問題解決の能力を育て,科学的な見方や考え方を養うことは,道徳的判断力や真理を大切にしようとする態度の育成にも資するものである」と書かれている。

2 2009年度検定申請の小学校教科書への影響
今年4月に始まった小学校の検定申請では、検定規則実施細則が変更され、白表紙本に付ける編修趣意書に、教育基本法2条1―5号がどのページの何行目に記載されているかを明示することになった。しかし、美術・図工、音楽などの教科書で「勤労を重んずる態度」とか「公共の精神に基づき」をどう扱えるのだろう。今年4月に沖縄戦教科書問題で文科省に要請にいったとき、担当者を追及すると「ムリですね」と答え、後日教科書発行会社に「すべて書かなくてもよい」という通知が届いた。検定意見は来年3月末か4月に公表される予定である。
では、国が期待する「道徳」教育はどんなものなのだろうか。「心のノート」から判断すると、ひとつは「規則を与件と認識すること」である。「きまり」は与えられるもの、守るべきものとされる。きまりづくりに参加し、主権者としての批判や対話能力を培う視点は生まれない。もうひとつは「労働の神聖化」である。労働はあくまで抽象的に「よいこと」とされ「勤労の尊さや意義を理解し、奉仕の精神をもって、公共の福祉と社会の発展に努める」ことが強調される。働くことは、ほぼ「奉仕」と同義で、国家による権力や経営者に従順な、ものいわぬ労働者の育成策であることが明らかである。
各教科で行う道徳的指導(押谷由夫、09年6月教育開発研究所)という本があり、実践例が掲載されている。たとえば中学理科で小松川第一中学の「ヤゴ救出作戦」が紹介されている。プールの水を抜いたときヤゴを救出しトンボまで育て生命尊重を学ばせるというものだ。しかしヤゴは獰猛な肉食で金魚やメダカを食べる。少なくともエサとして糸ミミズを与えているはずだが「生命尊重」になるのだろうか。また理科として肝心の「観察」はどうなっているのだろう。音楽では「心のノート」の言葉を使ったミュージカル上演が紹介されている。

3 道徳教育を推進する勢力
道徳教育を期待するのはどんな勢力なのだろう。まず日本教育再生機構のような右派・靖国派がある。08年8月「道徳教育をすすめる有識者の会」を設置し、「教科書に載せたい道徳の話」の募集を開始した。童門冬二、渡部昇一ら4人が審査し優秀作を来年2月発表し、「パイロット版道徳教科書」を秋に発行する予定にしている。これを副教材とし2011年から学校で採択させ、世論を味方に道徳の「正教科化」をねらっている。「世論を味方」にするやり方で思い出すのは、「つくる会」教科書採択をめざし99年ごろ「国民の歴史(西尾幹二 扶桑社)を全国でばらまいていたことである。
右派グループは、自己犠牲による「公共」への献身を描いた「稲むらの火」や、危険を顧みない「義」を示す「エル・トゥールル号事件」を好むが、学習指導要領の「道徳」と親和性が高い。なお平和教材で、美化された「死」を感動の材料に使う方法も同根の点があることに留意したい。
また財界・大企業も推進勢力である。09年9月15日、日本経済団体連合会は「新内閣に望む」を発表したが、10ある要望の6番目は「公徳心をもち心豊かで個性ある人材を育成する教育改革の推進」で、7番目の「雇用・就労の多様化の促進」に適したメンタリティ育成に見合っている。2005年に日経連が発表した労働者の「長期蓄積能力活用型グループ」「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」への3グループ再編路線のうち、もの言わぬ従順な「雇用柔軟型グループ」の育成をターゲットにしたもので、まさに道徳の全教科化の根拠となっている。

最後に、今後のわたしたちの課題として、道徳教育を批判するだけでなく、わたしたちの道徳教育としてどのようなものがあるのか鍛え上げる必要がある。市民の道徳教育、対抗的でオルタナティブな道徳教育を探り、多くの人に広げることが大きな課題である。

このあと扶桑社版歴史教科書が再び採択された杉並区の社会科教員から報告があった。
「杉並の教員の8割は扶桑社教科書に否定的だが、そういう調査書を教育委員は見ようともしない。杉並と横浜の教育委員は『つくる会』教科書を『面白くてためになる』という。それが採択理由だった。いままでの教科書は主人公を描くものでないので面白くはない。それに枝葉や味をつけ面白くすることが教師の使命だった。教育委員のメンバーや委員を人選する首長の問題は杉並の大きな課題である」

☆吉田さんの講演で、今年の採択から参入した自由社版歴史教科書の採択状況が報告された。横浜市で71校、私立中学の甲子園学院中学、真和中学(熊本市)など4校だったそうだ。私立のうち1校は事務手続きの誤りで自由社を採択したが、変更のための救済方法がないとのことだった。

光が丘学校跡地問題については別のブログを立ち上げました。こちらをごらんください。
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