多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

井上ひさし「私はだれでしょう」

2007年05月24日 | 観劇など
井上ひさし私はだれでしょう」(集英社「すばる」2007年3月号)を読んだ。

1
じつはこの芝居(こまつ座81回公演)、わたくしは1月27日(土曜)18時半からの公演を紀伊国屋サザンシアターで観劇した(演出 栗山民也)。例によって遅筆堂氏のシナリオが遅れ8日ほど初日が延びた7ステージ目あたりだった。

1幕目はまだよかったが、2幕目はセリフ合わせが終わったかどうかというレベルでやたらに時間が長く感じた(3時間に及ぶ芝居なので長いことは事実)。こまつ座の新作は1993年7月の『マンザナ、わが町』以降、何度もみたがこれほどひどい完成度のものはなかった。今後はこまつ座の新作は楽日ぎりぎりのチケットを取ろうかと真剣に考えたほどである。
完成度の低さがシナリオに起因するものか、あるいは練習不足か、を見極めるためにシナリオを読むことにしたのである。
結論からいえば、2幕もシナリオはけして悪くない。
ただ、登場人物7人それぞれの個人的なバックグラウンドを説明するエピソードが多いので、どうしてもシナリオが長くなってしまう欠点がある。
登場人物の重要性から判断して、落とすとすれば山本三枝子の劇作修行(およびその関連で「通信教育の師が、じつはほかならぬ佐久間であった」こと)か。

2
物語は、戦災で離散した家族をラジオで探す「尋ね人の時間」を制作するNHK脚本班分室の京子、三枝子、圭子と放送用語調査室の佐久間の4人がどのようにこの番組を生み出し、投書を選別し、放送したかという物語と、4人のバックグラウンド説明がベースになっている。そこに上司であるCIE情報普及課ラジオ班主任フランクと組合専従書記の高梨の4人への関わりがヨコ糸。一方この部屋にふらりと現れた、記憶喪失で「自分がだれかわからなくなった」山田太郎の過去を探り、高崎山田組、北佐久の地主一家、鎌倉の元陸軍少将(現在はコガ映画チェーンの社長)を順繰りに登場させる話がタテ糸、この3本の糸がからみ合いストーリーが進行し、フランクと京子が帝国生命ビルのGHQ東京地区憲兵司令部に逮捕され、逃亡中の高梨以外の4人が差し入れに行く場面で幕を閉じる。
シナリオを読んで、井上の構成はじつに緻密であることに気づかされた。
まず「とき 昭和21年(1946年)7月から22年(1947年)11月まで、1年5ヵ月間の出来事」
「ところ 国電新橋駅から歩いて5分、内幸町の日本放送協会・東京放送会館2階の脚本班分室と放送用語調査室」とカッチリ時空を限定していることが、シナリオの基礎が成功している最大の要因である。
この期間は、1946年9月が財閥解体、11月憲法公布、47年3月教育基本法・学校教育法公布、4月労働基準法公布、5月憲法施行、6月片山哲内閣成立、9月労働省設置と、60年後の現在とはまったく逆の方向に歴史が進行していた時期に当たる。47年8月にはいまも有名な中学校用副読本『あたらしい憲法のはなし』、高校用副読本『民主主義の手引』が文部省から発行されている。
一方、劇中にも46年10月のNHKのストが出てくるが、47年2月が2.1ゼネスト(涙の中止放送)、6月日教組結成、11月自治労連結成と労働組合運動が高まった時期でもある。
その後、48年12月経済安定9原則発表と翌年ドッジによる実行、49年7月GHQが関係するとされる下山事件、三鷹事件、8月松川事件、50年5月朝鮮動乱、8月警察予備隊発足(その後の自衛隊、将来の自衛軍)と右旋回が始まる前夜の時期だが、すでにこの時期に予兆があったことを暗示するストーリーになっている。
また場所も、闇市のある新橋駅前、GHQが駐留する日比谷、官庁街の霞ヶ関からほぼ等距離の内幸町に設定したのも象徴的である。
放送といえばラジオのみ、しかも、まだ民放がなく放送局はNHKのみという時代である。NHK放送のもつ「力」はきわめて強く「人と人を結び合わせるのがわたしたちの仕事」という理念が番組に生きていた。ただ「占領軍を批判する放送は禁ずる」という暗黙のルールも存在した。「そのなんでもいっていい学校の内側が、いってもいいと、いってはいけないの二重底になっている。最初から『二枚舌です』って、そういえばいいんですよ。NHKはマッカーサー元帥命令の伝達機関なんですか。」という京子のセリフは、政治家の圧力でスタッフ自身が自分の番組の内容を変更せざるをえなくなる現在のNHKにそのままあてはまる。

タイトルの「私はだれでしょう」は表面的には山田太郎の過去探しを指すが、内容的には高梨の話にもなっている。
戦時中は学徒動員の特攻隊員として国の鉄砲玉となり、戦後は京成電鉄に運転手として就職して「電車を止めず、あべこべに本数をふやし、客を無料で乗せるスト」を企画し、腕を見込まれ日本放送協会従業員組合書記に引き抜かれ、20日間ストを貫徹する。高梨はかつての恩人(現在は内閣官房の嘱託=公安)に会ったあと、分室の仲間宛てに下記のハガキを投函したまま行方不明になる。
「ストライキをよりはげしいものにして、人びとに「ストライキはいやだ、マッカーサーか日本政府になんとかしてもらわないといけないね」と云わせるための、おれは鉄砲玉ではなかったか」
「NHKの二十日間ストライキも、同じ構図のような気がしてきた『国家の所有物たる電波を、組合などの不逞の輩に奪いとられてはいけない』、そういう世論をおこして、たとえば、社団法人のNHKを国営放送にするためのお先棒担ぎが、それがおれだったのではないか」
「もう他人から与えられる鉄砲玉の役割はごめんだ。工場にでも入って、一から勉強し直すことにした」
安倍極右政権のもと9条2項を削除する憲法改正が着々と進展する状況下での「わたしはだれでしょう」、これは現在のわれわれへの問いかけでもある。

3
芝居の感想を少し。
登場人物は
川北京子(33)脚本班分室長/元アナウンサー 浅野ゆう子
山本三枝子(35)分室員/元アナウンサー 梅沢昌代
脇村圭子(21)分室員/神田脇村書店長女 前田亜季
佐久間岩雄(42)放送用語調査室主任 大鷹明良
高梨勝介(25)日本放送協会従業員組合書記 北村有起哉
山田太郎?(?)陸軍戸塚病院患者/高崎山田組組長の長男?/長野北佐久の農村の地主の孫? 川平慈英
フランク馬場(32)CIE情報普及課ラジオ班斑主任 佐々木蔵之介
ピアノ奏者 朴勝哲
古書店の両親を助けNHKで働く前田亜季の健気さがよかった。前田は「リンダリンダリンダ」(山下敦弘監督 2005年)でドラムの女子高校生役を演じた若い女優である。
水とビールを間違えて飲み酔った場面で「てやんでえ。あんなもん。言って聞かせておきたいことがあるから、そのへんに立たせておけ。こっちは神田の生まれだい」という気風(きっぷ)のよいセリフもあった。
また、梅沢昌代も三枚目の女性として好演。わたくしは「父と暮らせば」(94年9月初演)の演技が忘れられず、梅沢がこまつ座に出演するときはできるだけみるようにしている。今回も期待は裏切られなかった。
大鷹のセリフは、どうしてもすまけいを想起させる役柄であった。
ピアニスト朴勝哲もこまつ座の音楽劇にかかせないが、今回もしっかり舞台を支えていた。「きらめく星座」の森本君役のようにピアノと仕草に専念するほうがよいようだ。

北村有起哉は、5月6日に亡くなった北村和夫氏(文学座)の息子。北村氏とは2年くらい前に歌舞伎町の飲み屋で偶然出会ったことがある。
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