2009年5月21日に裁判員制度がスタートする。裁判員制度は、裁判官制度、アメリカの陪審員制度、ドイツの参審員制度の3つを足して割りよいところをそぎ落とした制度とも言われる。すでに今年10月15日までに各選挙管理委員会から裁判所に候補者予定者名簿が提出され、候補者には11月から12月にかけて調査票が送付される予定で、準備は着々と進んでいる。
10月29日午後、商工会議所と最高裁判所の共催で、裁判員制度の映画上映会・説明会が開催された。
まず酒井法子主演の映画「審理」(最高裁判所企画・制作 2008年)をみた。東京都内の駅の構内でナイフによる刺殺事件が発生した。五十嵐義男・27歳(田中圭)は電車の中で見知らぬ男にからまれ、下車した駅の階段から突き落とされ撲る蹴るの暴行を受けた。さらにその男が妊娠3ヵ月の妻を突き飛ばし、「かっこつけんじゃねえ」と捨て台詞を残して立ち去ろうとしたとき、ナイフで刺し殺した。ナイフはフィッシング用に数日前に購入し、うれしかったので身につけていたものだった。
3月に見た「裁判員」は放火事件(死傷者なし)で、執行猶予を付けるかどうかが問題になった。2006年制作の「評議」は三角関係の末の殺人未遂事件(全治1か月)だった。今回の映画はいよいよ殺人事件、正当防衛が成立するかどうかが問題になった。
判決は、殺人及び銃砲刀剣類所持等取締法違反で懲役5年の実刑、ナイフ没収、正当防衛は認めずだった。
会場から懲役5年は妥当な判断かどうかという質問があった。最高裁の方から「殺人で5年は短い。このケースでは、被害者のほうにも落ち度があったから5年になった。検察の求刑そのものも8年と短い」との説明があった。
映画のあと裁判員制度に関するクイズと会場からの質疑応答があった。回答したのは最高裁のカンノ審議官とヨシタケ参事官。カンノさんは民事裁判中心に24年裁判官を勤めた方、ヨシタケさんは刑事裁判の裁判官とのことだった。カンノさんが総括的な回答、ヨシタケさんがその補足という役割分担だった。
4問のクイズのなかに「ある会社に1人しか給与計算の担当者がいない。3日間の裁判のうち1日が月一度の給与計算の日に当たる。これは辞退の理由になるか」という問題があった。答えは「辞退可能」。「事業場の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が発生するおそれがある」に該当するからだ。主催の商工会議所の方から「中小企業はもともと人が少ない、その人がいないとどうにもならない」仕事が多いとのコメントがあった。
この質問に関連し「辞退する場合、個人申告だけでなく会社の証明も必要かとの質問があった。回答は「必要ないが、そういうものがあればもちろん参考にする」とのこと。
また「有給休暇を取得して裁判員になったときにもらう日当は、給料との二重取りになるのではないか」という問題の正解は「日当は、二重取りというほど高額ではないのでOK)。この問題に関連し、有給休暇を裁判員制度のために消化したくないという人もいる。そういう人のために裁判所は各企業に特別な有給休暇導入をお願いしているという話があった。しかし現実には、導入した企業は大企業でも6割とのことだった。中小企業では難しそうである。その他のクイズは「携帯電話を法廷に持ち込めるか」(回答:審理中に電源を切っていれば持ち込める。休憩中は電話OK)、「法廷で被告が述べた『反省の弁』を職場の同僚に話すと守秘義務違反に問われる」(回答:評議のプロセスの話はダメだが、法廷は公開なので話してもOK)
質疑応答は時間が押しており短時間だったが、注目すべき質問が寄せられた。
Q1 裁判員になった結果、精神的なダメージを受けた場合、事後のメンタルケアはしてもらえるのか。してもらえないなら科料10万円を支払ってでも辞退を考える。
A 電話相談を考えている。また裁判員は非常勤の国家公務員という扱いなので労災扱いになる。ただし一般の労災と同様、裁判員という公務に基づくものかどうかの因果関係は当人が証明する義務を負う。なお、悲惨な犯罪写真をみる機会はできるだけ少なくし、たとえばイラストに変えるなどを検察と協議している。ただ避けられない場合もある。
Q2 鹿児島の志布志事件、富山の連続婦女暴行事件など職業裁判官が行っても冤罪判決が起こっている。一般市民は冤罪に加担したくない。また裁判員制度のため公判前整理手続きが導入されたが、証拠調べも少なくなり裁判員にとってますます冤罪判決が懸念される。裁判員制度導入に当たり冤罪を少なくするようなシステムを何か考えているか
A 裁判員制度が導入されるからといって冤罪が増えるとは思わない。
人のやることなので、たしかに冤罪をゼロにはできない。避けられないリスクである。
しかし冤罪を防ぐべく裁判官・裁判員がいっしょに努力することが重要だ。また1審だけでなく、2審、3審で救える可能性もある。
また公判前整理手続きを行うからといって、公判で証拠をゼロにするわけではない、重複している証拠を整理するというような趣旨だ。
Q3 裁判の始めの2日は参加したが、3日目のみ急病や身内に不幸があり欠席するときにはどうなるのか。
A 裁判員は6人だが、補充の裁判員を2人選任するようにしている。補充の方が勤めることになる。しかし補充の裁判員を選任する余裕がなかったときには、一からやり直しになってしまう。
裁判所は、生涯に1度でも裁判員に選任される人の割合は100人のうちたった1人、仮に選任されてもほんの3日と、懸命に負担の軽さや手軽さを強調する。
しかし裁判員が取り扱う対象事件は、刑事裁判97862件(2007年)のうち強姦致死傷、殺人、放火など2643件、たった2.7%しかない凶悪犯罪に限定されている。そこで死刑や無期懲役というきわめて厳しい判決も予想される。被害者にとっても犯人にとっても人生を左右することになる。また3本のPR映画ではすべて犯行を認めているが、実際には裁判員制度対象事件の被疑者2436人(2007年)のうち37%に当たる901人が否認しており、審理期間は平均11.2か月を要している。それをたった3日(2日が2割、3日が5割、5日が2割)で決定するというのはどんなものか。3本のPR映画で「疑わしきは罰せず」を裁判官が強調したのは1本目の「評議」だけだった。
死刑確定判決は2000年まで1ケタだったのが2004年14人、2005年11人、2006年21人、2007年23人に激増し、確定死刑囚は100人を超える。刑が確定しているのに執行しないのは法の正義に反すると、安倍内閣の長勢甚遠法務大臣以降、ベルトコンベアのような死刑執行が続いている。こうした日本の現状に対し国連自由権規約委員会は10月30日最終見解を発表した。そのなかで、日本は死刑の廃止を考慮すべきであり、死刑適用犯罪を減少させ再審手続きを設けること、また冤罪発生の温床である代用監獄の廃止を提言し、「日本政府の今回の審査に際しての回答が形式にとどまり、かつ前回勧告からほとんど進展がなかった点を強く懸念し」、「次回報告期限を2011年10月29日に設定」した。
この日の感想としてカンノ審議官は「この制度はだんだん大きくなる制度だ。性急に押し付けることはしない」と述べた。この言葉を守り、この日出たような質問にこたえる制度をきちんとつくり、かつ国民にPRや教育をしたうえで裁判員制度をスタートさせてほしいものだ。
☆映画「審理」の役者では、被害者の母親役・久保田民絵と加害者の妻役・乙黒えりがよかった。検事役の宮川一朗太は「家族ゲーム」(1983年、ATG) の次男坊の少年を演じ家庭教師役・松田優作に撲られ鼻血を出す役をやった俳優だ。
10月29日午後、商工会議所と最高裁判所の共催で、裁判員制度の映画上映会・説明会が開催された。
まず酒井法子主演の映画「審理」(最高裁判所企画・制作 2008年)をみた。東京都内の駅の構内でナイフによる刺殺事件が発生した。五十嵐義男・27歳(田中圭)は電車の中で見知らぬ男にからまれ、下車した駅の階段から突き落とされ撲る蹴るの暴行を受けた。さらにその男が妊娠3ヵ月の妻を突き飛ばし、「かっこつけんじゃねえ」と捨て台詞を残して立ち去ろうとしたとき、ナイフで刺し殺した。ナイフはフィッシング用に数日前に購入し、うれしかったので身につけていたものだった。
3月に見た「裁判員」は放火事件(死傷者なし)で、執行猶予を付けるかどうかが問題になった。2006年制作の「評議」は三角関係の末の殺人未遂事件(全治1か月)だった。今回の映画はいよいよ殺人事件、正当防衛が成立するかどうかが問題になった。
判決は、殺人及び銃砲刀剣類所持等取締法違反で懲役5年の実刑、ナイフ没収、正当防衛は認めずだった。
会場から懲役5年は妥当な判断かどうかという質問があった。最高裁の方から「殺人で5年は短い。このケースでは、被害者のほうにも落ち度があったから5年になった。検察の求刑そのものも8年と短い」との説明があった。
映画のあと裁判員制度に関するクイズと会場からの質疑応答があった。回答したのは最高裁のカンノ審議官とヨシタケ参事官。カンノさんは民事裁判中心に24年裁判官を勤めた方、ヨシタケさんは刑事裁判の裁判官とのことだった。カンノさんが総括的な回答、ヨシタケさんがその補足という役割分担だった。
4問のクイズのなかに「ある会社に1人しか給与計算の担当者がいない。3日間の裁判のうち1日が月一度の給与計算の日に当たる。これは辞退の理由になるか」という問題があった。答えは「辞退可能」。「事業場の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が発生するおそれがある」に該当するからだ。主催の商工会議所の方から「中小企業はもともと人が少ない、その人がいないとどうにもならない」仕事が多いとのコメントがあった。
この質問に関連し「辞退する場合、個人申告だけでなく会社の証明も必要かとの質問があった。回答は「必要ないが、そういうものがあればもちろん参考にする」とのこと。
また「有給休暇を取得して裁判員になったときにもらう日当は、給料との二重取りになるのではないか」という問題の正解は「日当は、二重取りというほど高額ではないのでOK)。この問題に関連し、有給休暇を裁判員制度のために消化したくないという人もいる。そういう人のために裁判所は各企業に特別な有給休暇導入をお願いしているという話があった。しかし現実には、導入した企業は大企業でも6割とのことだった。中小企業では難しそうである。その他のクイズは「携帯電話を法廷に持ち込めるか」(回答:審理中に電源を切っていれば持ち込める。休憩中は電話OK)、「法廷で被告が述べた『反省の弁』を職場の同僚に話すと守秘義務違反に問われる」(回答:評議のプロセスの話はダメだが、法廷は公開なので話してもOK)
質疑応答は時間が押しており短時間だったが、注目すべき質問が寄せられた。
Q1 裁判員になった結果、精神的なダメージを受けた場合、事後のメンタルケアはしてもらえるのか。してもらえないなら科料10万円を支払ってでも辞退を考える。
A 電話相談を考えている。また裁判員は非常勤の国家公務員という扱いなので労災扱いになる。ただし一般の労災と同様、裁判員という公務に基づくものかどうかの因果関係は当人が証明する義務を負う。なお、悲惨な犯罪写真をみる機会はできるだけ少なくし、たとえばイラストに変えるなどを検察と協議している。ただ避けられない場合もある。
Q2 鹿児島の志布志事件、富山の連続婦女暴行事件など職業裁判官が行っても冤罪判決が起こっている。一般市民は冤罪に加担したくない。また裁判員制度のため公判前整理手続きが導入されたが、証拠調べも少なくなり裁判員にとってますます冤罪判決が懸念される。裁判員制度導入に当たり冤罪を少なくするようなシステムを何か考えているか
A 裁判員制度が導入されるからといって冤罪が増えるとは思わない。
人のやることなので、たしかに冤罪をゼロにはできない。避けられないリスクである。
しかし冤罪を防ぐべく裁判官・裁判員がいっしょに努力することが重要だ。また1審だけでなく、2審、3審で救える可能性もある。
また公判前整理手続きを行うからといって、公判で証拠をゼロにするわけではない、重複している証拠を整理するというような趣旨だ。
Q3 裁判の始めの2日は参加したが、3日目のみ急病や身内に不幸があり欠席するときにはどうなるのか。
A 裁判員は6人だが、補充の裁判員を2人選任するようにしている。補充の方が勤めることになる。しかし補充の裁判員を選任する余裕がなかったときには、一からやり直しになってしまう。
裁判所は、生涯に1度でも裁判員に選任される人の割合は100人のうちたった1人、仮に選任されてもほんの3日と、懸命に負担の軽さや手軽さを強調する。
しかし裁判員が取り扱う対象事件は、刑事裁判97862件(2007年)のうち強姦致死傷、殺人、放火など2643件、たった2.7%しかない凶悪犯罪に限定されている。そこで死刑や無期懲役というきわめて厳しい判決も予想される。被害者にとっても犯人にとっても人生を左右することになる。また3本のPR映画ではすべて犯行を認めているが、実際には裁判員制度対象事件の被疑者2436人(2007年)のうち37%に当たる901人が否認しており、審理期間は平均11.2か月を要している。それをたった3日(2日が2割、3日が5割、5日が2割)で決定するというのはどんなものか。3本のPR映画で「疑わしきは罰せず」を裁判官が強調したのは1本目の「評議」だけだった。
死刑確定判決は2000年まで1ケタだったのが2004年14人、2005年11人、2006年21人、2007年23人に激増し、確定死刑囚は100人を超える。刑が確定しているのに執行しないのは法の正義に反すると、安倍内閣の長勢甚遠法務大臣以降、ベルトコンベアのような死刑執行が続いている。こうした日本の現状に対し国連自由権規約委員会は10月30日最終見解を発表した。そのなかで、日本は死刑の廃止を考慮すべきであり、死刑適用犯罪を減少させ再審手続きを設けること、また冤罪発生の温床である代用監獄の廃止を提言し、「日本政府の今回の審査に際しての回答が形式にとどまり、かつ前回勧告からほとんど進展がなかった点を強く懸念し」、「次回報告期限を2011年10月29日に設定」した。
この日の感想としてカンノ審議官は「この制度はだんだん大きくなる制度だ。性急に押し付けることはしない」と述べた。この言葉を守り、この日出たような質問にこたえる制度をきちんとつくり、かつ国民にPRや教育をしたうえで裁判員制度をスタートさせてほしいものだ。
☆映画「審理」の役者では、被害者の母親役・久保田民絵と加害者の妻役・乙黒えりがよかった。検事役の宮川一朗太は「家族ゲーム」(1983年、ATG) の次男坊の少年を演じ家庭教師役・松田優作に撲られ鼻血を出す役をやった俳優だ。