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実施目前「21世紀の赤紙」裁判員制度

2009年05月19日 | 集会報告
5月14日(木)夜、劇団展望で阿佐ヶ谷市民講座が開催された。今回のテーマは実施間近の裁判員制度。5月3日の読売新聞世論調査では「参加したくない」が79%、日本テレビの調査では、指名されても「参加しない」と、さらに強硬な反対意見の人が43.5%に上る。
市民のえん罪への加担、短時間審理による死刑・無期など重罰判決、裁判員への精神的ダメージなど、裁判員制度の個々の問題点は知っていることもあったが、武内弁護士の講演で、そもそもこの制度はどういうニーズからつくられたのか、本質的な問題を聞くことができた。

裁判員制度の実態と問題点   武内更一弁護士(憲法と人権の日弁連をめざす会
裁判員制度は、殺人、強盗致死傷、放火、危険運転致死など死刑・無期懲役の可能性のある重大事件に限り、一般市民を裁判員として刑事裁判の審理に加える制度である。2004年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が制定され、附則で「この法律は、公布の日から起算して五年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」と定められているため5年後の今年5月に施行される。ただ5月21日以降に起訴された事件に適用されるので、公判準備を考えると実際に裁判が始まるのは今年7月から10月の間になるだろう。
●裁判員選任までの問題点
裁判員候補は、毎年裁判所が選挙管理委員会に、重大事件発生率から予測した必要な人数を選挙人名簿からくじで選んで報告するよう要請し、一次名簿が作成される。明らかに目的外使用である。また選挙人名簿からのくじ引きなので在日外国人は選出されない。外国人は裁かれることはあっても、裁く側には回らない民族差別の仕組みになっている。
裁判所は一次名簿から、不公正な裁判をするおそれのある人を排除する。すべて裁判所のブラックボックスのなかで行われるので理由は明らかにされることはない。そもそも理由は不要であり、公平公正とはいえない。二次名簿に登載された人に調査票が送付される。
裁判員を辞退できる理由は、70歳以上の高齢者、学生・生徒、父母の葬式などに限定されている。たんに仕事が多忙というだけでは認められず、「事業に著しい損害が生ずるおそれ」があると裁判所が判断した場合だけ認められる。大企業勤務ならまだしも中小零細業者は大きな不利益を蒙る可能性がある。思想・信条の理由で「人を裁きたくない」という人はどうなるのか。このことは裁判員法制定のときから問題になっていた。その後「政令」で定めることになっていたが、2008年1月に定められた政令第6項は「自己または第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに相当する理由があること」というものである。「精神上重大な不利益が生ずる」かどうかは裁判所の判断次第である。宗教者ですら辞退できるかどうかかわからない。
個々の事件が起訴されると、再びくじ引きで裁判員候補が選ばれる。質問票が送付され、裁判の当日、面接を受ける。正当な理由がなく行かない最高裁規則では「出頭」という用語を使用)と10万円以下の過料に処せられる。
死刑反対論者だと答えれば、おそらく裁判官は「いつからか」とか「なぜか」と、思想信条に踏み込むような質問をするだろう。最高裁の質問サンプルには「死刑という法定刑を選択できるか」「警察を信用できるか」というものまである。質問に対する黙秘権はなく、ウソをいったり回答を拒否すると30万円以下の過料が科される。一方的に呼び出しておいて思想信条に関する質問をし、黙秘権はないうえ、回答によっては要注意人物としてリストアップさせられかねない。
●裁判員裁判の問題点
裁判の大半は3日ですむといわれている。死刑や無期になる可能性がある重大事件だからこそ、ていねいな裁判が必要なはずだ。本来数十回かかるものを、3日ですませるのは一般市民の負担、すなわち裁く側の都合であり本末転倒だ。検察は組織で証拠を収集するので有利だ。冤罪もいままでより増えるだろう。もはや裁判とはいえない
裁判員のほうも、模擬裁判で「たった1日でも疲れる」という感想が聞かれた。3日耐えるのは難行苦行である。しかも凄惨な証拠写真をみせられることもあるし、死刑判決に関与すれば一生後悔し、心に傷が残るかもしれない。また評議に関することは一生他人に話すことができない。しゃべれば6か月以下の懲役または50万円以下の罰金刑である。裁判官は国家公務員法で、退職すればしゃべれるにもかかわらずだ。
たしかに現在の刑事裁判は絶望的だが、それでも刑法、刑事訴訟法、憲法で守られている。本来は適正手続きをし、被告側に弁明の機会を与え、反論権を行使できるよう実態をただすべきなのに、これでは「絶望以下」になる。改憲が実施されたようなものだ。アメリカの陪審員制度では被告が裁判の種類を選択できるが、裁判員制度では被告は拙速な裁判員裁判を受けるしかない。
●制度導入の本当の理由
なぜこんな制度が導入されるのだろうか。裁判員法1条「趣旨」に「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」とある。つまりこの制度は被告人や国民のために導入されるわけではなく、国家の司法作用(裁判)そのもののために導入されるのだ。仲間由紀恵を起用した2006年10月の新聞全面広告で、法曹3者は裁判員制度を「被告人の有罪・無罪や刑罰が決められるまでの過程を体験すること、理解すること」「安心して暮らせる社会には何が必要か、自分のこととして考える」と説明している。死刑や無期になる刑事裁判を「教材」にされたのでは、被告としてはたまらない
最高検察庁総務部長、横浜地検検事正を歴任した神垣清水氏は、2007年6月朝日のインタビューに答え、裁判員制度の意義は「司法へのコスト原理の導入だ。司法だけがなぜ,無尽蔵に時間と金と人をかけて許されるのか。これを裁判員の手を借りて,短時間でやることになる」「裁判員制度には,治安への効果もある。(略)国民が直接事件に触れ,判断をすることで,子どものしつけや,教育にも生きてくるのではないか」と述べている。裁判員制度導入のホンネは、コストダウンと治安意識の高揚なのである。
裁判員制度導入を提言した2001年6月の司法制度改革審議会意見書で、司法制度改革は政治改革、行政改革、地方分権推進、規制緩和等の経済構造改革等の一連の諸改革の「最後のかなめ」と位置づけた。つまり一連の新自由主義改革を執行、強制する役目としての司法という立場で作成されたものである。裁判員制度は「司法の国民的基盤を更に強固なものとして確立すべ」き手段と露骨に書いている。被告人のためでない刑事訴訟改革はおかしい
裁判員制度は、国民参加の美名のもとに人をだまして、人を裁き社会の治安を守り、社会を構成する側に人民を強制的に引っ張り込もうとする制度だ。思想改造し「滅私奉公」する国民をつくることが根本的なイデオロギーである。次は徴兵制の復活だ。裁判員制度と日の丸君が代教育の2つを両輪に、国家総動員体制がつくられる。
「裁判員制度を問い直す議員連盟」のように、制度を改善して始めようという運動もある。しかし、いちど始めれば必ず犠牲者が出る。その意味で改善しながらスタートすることは許せない。徴兵が戦場で人を殺させる制度であるように、裁判員制度は、人を裁かせ死刑に加担させる制度だ。この問題は、すでに始まっている改憲、事実上の改憲である。
裁判員制度は、司法への国民参加という人もいるが、立法への参加である投票には白票を投じたり、選挙に行かない自由もある。裁判員制度には行かない自由、意見を言わない自由はない。やらなければ、罰金、懲役、過料を科される「義務」であり、現代の「赤紙」だ。刑事裁判としても反憲法であり、呼び出して強制するのは人権侵害であり、何よりも侵略戦争できる国家づくりにつながる裁判員制度は中止・廃止しないといけない。

●質疑応答より
講演のあと、1時間以上質疑応答が続いた。日本弁護士会の取組み、とりわけ裁判員制度を推進する自由法曹団の姿勢、報道機関の対応、戦前の日本の陪審員制度の経緯と廃止になった理由など、さまざまな面から質疑が交わされた。比較的小さい集会なのでできることだ。
わたくしの関心の深いものを3つ紹介する。
Q なぜ、裁判員裁判の対象事件は重大犯罪に限定されるのか。ホンネは「コストダウンと治安意識の高揚」なのだろうが、建前ではどう言っているのか。
A 軽微な事件は数が多すぎる。また重大犯罪は国民の関心が高いと言っている。
Q 司法への国民参加と宣伝しているが。
A 立法は多数決で決定されるが、司法は少数者でも救うという役割がある。それもあり三権分立になっている。司法に国民の意識を反映させるというが、この制度はむしろ国民を人を裁かせる側、司法に取り込もうとしている。
また裁判員が国民の義務であることについて、憲法に規定していなくても「否定」はしていないから許容しているという見解がある。しかし国民に作為義務を課すなら憲法に明確に規定しないといけないはずだ。否定していないという理由なら、徴兵の義務もOKになってしまう。
Q 今後具体的にどういうふうに反対運動に取り組めばよいか
A まず裁判員制度廃止の国民的な声を大きくすることだ。そうすれば超党派の国会議員連盟にも影響を与えることができるだろう。

☆制度は5月21日に実施されるが、裁判員裁判そのものスタートまで2~5ヵ月時間があることがわかった。反対運動のチャンスがある。20日夜には、銀座でデモが実行される。
裁判員制度を提言する意見書をつくった司法制度改革審議会のメンバーは、会長・佐藤幸治(京都大学名誉教授・近畿大学法学部教授)、 会長代理 竹下守夫(一橋大学名誉教授・駿河台大学長)、委員は11人で、中坊公平氏はじめ法曹3者はもちろん含むが、その他の人では曽野綾子(作家)、石井宏治(石井鐵工所社長)、高木剛(連合会副会長)、吉岡初子(主婦連合会事務局長)などである。

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