5月10日(日)夜、光が丘9条の会発足1周年記念講演会が光が丘区民センターで開催された。テーマは「ストップ!貧困」、講師は、もやい事務局長・湯浅誠さんだった。湯浅さんのお話を聞くのは昨年8月以来だ。豊富な実例や卓抜なネーミングが聞く人を引き付ける。
ストップ!貧困 湯浅誠さん(反貧困ネットワーク事務局長/NPO法人もやい事務局長)
●普通なら、家庭をつくり社会を支えるはずだった30代青年の運命
先月、36歳男性の生活相談を受けた。北海道北部の酪農家庭に生まれ、高校を中退し家業を手伝っていた。ところが33歳のときに家業が破たんし、一家離散となった。職を探したが、結局派遣労働しか見つからず、派遣会社の指示で長野・三重・愛知の工場を転々として3年間働いた。昨年11月10日解雇を言い渡され、20日に仕事がなくなり30日には退寮させられてしまった。派遣労働は給与が低いうえ、寮費だけでなく家電製品や通勤用自転車までなんでも割高なレンタルになっていて、貯金のしようがない。初めは宿泊しながら職を探したが、12月中旬にはついにカネが尽きた。そこでこの人は、闇サイトに手を出した。偽造免許を渡され、成功報酬1万円で「携帯電話を買ってこい」と指示された。しかしみるからに朴訥な、いかにも田舎から出てきたばかりの青年だったので、一発で警察に逮捕され3か月勾留された末、3年間の執行猶予付き有罪となった。厳罰化とはこういうことかと思う。
警察を出たその足で、もやいに生活相談にやって来た。本人に聞くと、雇用保険のことは知っていたが離職票をもらっていないので自分は無理だと思ったという。しかし派遣会社が離職票を発行するのは離職1か月後のことだ。そのときはすでに寮を出ているので、送付しようがない。また生活保護のことも知ってはいたが「30代で受給できるとは思わなかった」という。普通なら北海道で家業を継ぎ、家族もつくっていたはずなのに、犯罪まがいのことをしてしまった。ハローワークで職探しをするのも容易ではないだろう。一生がメチャクチャになってしまった。
個人にとっても問題だが、社会にとっても大きな問題がある。それは、この人たちはこの後も社会で40年も60年も生きていくことだ。新自由主義経済の社会は、その結果どうなるか考えていなかった。
今後年金保険料を納付できなくなると60代でふたたび生活保護受給者となりそのまま20年、30年と保護を受け続け、社会は高い負担を背負うことになる。また働いても普通の暮らしができなければ、結婚できない人が増え、少子化に拍車がかかる。逆に、彼が普通に暮らしていれば仕事をし税金を納め、社会を引っ張る人材となり、次の世代をつくってくれたはずだ。総合研究開発機構
(NIRA)のレポートでは、将来、生活保護費用増加分は18兆円に達し、ライフリンクの分析では11年連続の自殺者3万人の結果、経済損失は22兆円に及ぶと言う。これでは社会はもたない。新自由主義経済は企業にとっては効率的だったかもしれないが、社会にとっては非効率だったことになる。それどころか経済合理性にも沿っていなかったことになる。
また新自由主義経済は、農業や地方経済を崩壊させ、もともと外需依存だった日本経済をますます自動車、家電に特化させた。だから外需が減り自動車、家電が悪くなると「皆こけ」てしまう。じつは欧米先進国は農業輸出国なので、4月末発表されたIMFの今年の経済成長率予測で、アメリカは△2.8%、EUは△4.2%なのに日本は△6.2%と落込みが激しい。もともといわれていたサブプライム危機から最も離れた場所にいたはずなのにもかかわらずだ。つまり新自由主義経済は経済政策として失敗だったということになる。
●いまの日本は「すべり台」社会
いまの社会はすべり台だ。本来、社会のなかにすべり落ちるのを止めてくれるセーフティネットがあるはずだ。しかしいまのネットには穴がたくさんあいていて、何かの拍子で穴に落ちるとそのまま下まで滑り落ちてしまう。そういう人が増えてきた。
たとえば貧困家庭に生まれたAさんがいたとする。日本は課税最低限度がやたらに低く児童手当が少ないため所得再分配機能が働かない。子どもがいるとますます生活が苦しくなる。貧困の世代間連鎖だ。学齢に達すると、小学生で平均10万円/年、中学は17万円/年費用がかかる。就学援助費は2005年の三位一体改革で一般財源化され、他の用途にも使えるようになった。
子どもの貧困が問題になっているが、貧しいために体操服や学生服が買えない子がいる。必要なものも「ウチではどうせ買えない」「どうせ、どうせ」とあきらめグセがついた人がどんどん増える。これでは社会の損失だ。
また大阪では2006年に授業料減免の基準年収を400万円から270万円に引き下げた。その結果、高校中退者は2.5倍に増えた。高校中退では、有利な仕事につきにくく派遣やアルバイト暮らしをせざるをえなくなる。かつては中卒で工場に入り、いずれは工場長というルートもあった。しかし現在の派遣は技術が身につくような仕事ではない。職業アイデンティティは形成されず、将来の展望も開けない。5年やっても10年続けても、1年目と変わらない。
91年に非正規雇用の若年層は18%だったが、いまでは48%に増加している。かつては普通にしていれば正規雇用につけたが、いまでは普通にしていてもどうなるかわからない。つまり、社会の仕組みが変わったのであり、非正規労働をするのは本人のせいではなくなったのだ。年収が低いと結婚し家庭をもつこともできない。男性の場合年収と結婚率はきれいに比例する。働けば生活できるのが普通だが、非正規労働が拡大し、派遣・期間工切りが横行する社会ではそうはいかない。
職を失った場合、雇用保険を受給したりつぎの職に就くまでつなぎ融資を受けるセーフティネットがあるはずだ。しかし今年3月末のILOの調査で、雇用保険未加入の人は77%に上る。10人中8人は雇用保険を受けられない。社会福祉協議会の緊急小口貸付制度はもっと使えない制度で、たった1%の人にしか融資が実行されない。そして最後のセーフティネットが生活保護だといわれる。最後といってもそれまでのネットは、あれもダメ、これもダメで事実上生活保護しかない。いったん落ちると、あっけないくらい近い。もともと貧困家庭が1/7あり、非正規労働が半分近い社会では、どんどん貧困が増えてしまう。
憲法9条と25条の関係について触れる。かつては「戦争が起こったらいまの平穏な暮らしが壊される」、すなわち9条が崩れると25条も崩れる、という言い方が多かった。しかしいまは逆も生じる。自衛隊のリクルーターがもやいを訪れ「食い詰めた若者がもやいにいるだろう。自衛隊なら中卒でも2―3年の任期で年収300万円稼げる。しかも除隊後に備え、介護ヘルパーの資格まで取れる」とアピールして帰った。たしかに年収300万の仕事は、将来にわたっても考えられないので、もし入隊志望の若者が出ても止められないだろう。彼らは軍隊が好きだから入隊するわけではない。9条と25条は双方向であることを認識するべきだ。
労働市場がこわれ、セーフティネットが効かない結果、貧困が増えたという、ここまでの話は、最近ずいぶん知られるようになった。しかしこの話には後半がある。
●滑り落ちた人の5つの選択
滑り落ちた人の選択肢は5つしか考えられない。
まず家族のもとへ帰るという選択肢である。ほとんどの人はまずそうする。しかし問題はある。フリーター第1世代はいま40歳で、両親は60代、70代になっている。長寿社会で、かつ年金が増えないなか住民税、医療費は上がるし民間有料ホームは高い。老後に不安を抱えていない人は少ない。そこに子どもが転がり込んでくると断るわけにはいかないものの、長期的にはストレスになる。子どものほうも親に「しっかりしろ」といわれ、24時間顔を付き合わせているとつらくなる。私的ネットはそんなに強くないので、ストレスが煮詰まると「事件」に結びつきかねない。「そんな家庭にみえなかった」という近所の人の「声」が出るのも当然で、もともと「そんな家庭」ではなかったのだ。一方「とんでもない親(あるいは子)がいる、だから道徳教育が大事だ」という声が出てくる。たとえば介護福祉士の3割は、OECDの貧困基準である年収238万円以下で、4割は経済的に自立できず実家に居住するといった現実がある。アンテナを張りキャッチしていないと、世間の話に流されてしまう。
他の選択肢は、自殺、犯罪、ホームレス、「No」といえない労働者の4つである。
Noといえない労働者について説明する。派遣村に来る人は、そもそもハローワークに行っても意味がない。ハローワークは月給制や日給月給の仕事が原則で、それでは翌月までの生活が成り立たない。そこでアルバイトニュースやスポーツ新聞の「寮付き日払い」の仕事を探すことになる。今日からフトンで眠れ、夕食を食べられる仕事が得られるからだ。一般的には飯場労働など、条件はよくない。普通の人がこだわる、会社の規模や業種、自宅からの通勤時間、賃金など、その他の条件を問う余裕はない。そうするとたとえ雇用保険に入らなくても賃金が安くても、人は集まるので問題がなくなる。こうして、労働条件はどんどん切り下がる。
前半で述べた労働市場が壊れて貧困が増えるというサイクルと逆方向だが、貧困が増え、「No」といえない労働者が増え、その結果労働市場がこわれる循環が生まれる。これを貧困スパイラルと呼ぶ。
●すべり台に階段を付ける
貧困スパイラルから脱却する糸口はないのだろうか。一番下まですべり落ちた人に、シェルターを与え総合相談をし、緊急小口貸付や生活保護を受けられるようにし、アパート入居の手助けをする。つまり上る階段を付けてあげることだ。これが年越し派遣村がやったことだ。小口資金と住居があるのでハローワークで普通のラインの仕事を探すことができる。「次は雇用保険が付いた職場を探したい」といえるようになる。「No」といえる労働者になったわけだ。
もちろん派遣村に来た300人だけでなく、全体としてのセーフティネットがないと解決しない。「あんな仕事には就かない」という人が増えれば、そういう仕事は淘汰され、労働条件は下げ止まる。これは社会保障の方策だ。これに労働市場での規制を強めることを合わせ、車の両輪になって、はじめて社会は強くなる。いままで自己責任論でごまかし、向き合わないようにしてきたが、社会の問題としてしっかり向き合えば、結果的に生活を尊重することになる。ひいては9条も含め憲法を生かす社会になる。
☆竹信三恵子「ルポ 雇用劣化不況」(岩波新書 2009.4)を読んだ。派遣労働や製造業派遣解禁で、労働現場がどれほど破壊されたかがていねいにルポされている。熱中症で倒れた派遣工を労災隠しのため派遣会社が箱に入れて敷地外に運び出したというすさまじい現実が紹介されている。製造業に限らず、添乗員、男女共同参画センタースタッフといった専門職市場や、中央官庁、保育士、図書館といった公的セクターでも非正規労働者の激増にともない労働条件の劣悪化が進展している。また対策として、デンマークの転職へ向けた手厚い職業訓練というセーフティネットが紹介されている。
ストップ!貧困 湯浅誠さん(反貧困ネットワーク事務局長/NPO法人もやい事務局長)
●普通なら、家庭をつくり社会を支えるはずだった30代青年の運命
先月、36歳男性の生活相談を受けた。北海道北部の酪農家庭に生まれ、高校を中退し家業を手伝っていた。ところが33歳のときに家業が破たんし、一家離散となった。職を探したが、結局派遣労働しか見つからず、派遣会社の指示で長野・三重・愛知の工場を転々として3年間働いた。昨年11月10日解雇を言い渡され、20日に仕事がなくなり30日には退寮させられてしまった。派遣労働は給与が低いうえ、寮費だけでなく家電製品や通勤用自転車までなんでも割高なレンタルになっていて、貯金のしようがない。初めは宿泊しながら職を探したが、12月中旬にはついにカネが尽きた。そこでこの人は、闇サイトに手を出した。偽造免許を渡され、成功報酬1万円で「携帯電話を買ってこい」と指示された。しかしみるからに朴訥な、いかにも田舎から出てきたばかりの青年だったので、一発で警察に逮捕され3か月勾留された末、3年間の執行猶予付き有罪となった。厳罰化とはこういうことかと思う。
警察を出たその足で、もやいに生活相談にやって来た。本人に聞くと、雇用保険のことは知っていたが離職票をもらっていないので自分は無理だと思ったという。しかし派遣会社が離職票を発行するのは離職1か月後のことだ。そのときはすでに寮を出ているので、送付しようがない。また生活保護のことも知ってはいたが「30代で受給できるとは思わなかった」という。普通なら北海道で家業を継ぎ、家族もつくっていたはずなのに、犯罪まがいのことをしてしまった。ハローワークで職探しをするのも容易ではないだろう。一生がメチャクチャになってしまった。
個人にとっても問題だが、社会にとっても大きな問題がある。それは、この人たちはこの後も社会で40年も60年も生きていくことだ。新自由主義経済の社会は、その結果どうなるか考えていなかった。
今後年金保険料を納付できなくなると60代でふたたび生活保護受給者となりそのまま20年、30年と保護を受け続け、社会は高い負担を背負うことになる。また働いても普通の暮らしができなければ、結婚できない人が増え、少子化に拍車がかかる。逆に、彼が普通に暮らしていれば仕事をし税金を納め、社会を引っ張る人材となり、次の世代をつくってくれたはずだ。総合研究開発機構
(NIRA)のレポートでは、将来、生活保護費用増加分は18兆円に達し、ライフリンクの分析では11年連続の自殺者3万人の結果、経済損失は22兆円に及ぶと言う。これでは社会はもたない。新自由主義経済は企業にとっては効率的だったかもしれないが、社会にとっては非効率だったことになる。それどころか経済合理性にも沿っていなかったことになる。
また新自由主義経済は、農業や地方経済を崩壊させ、もともと外需依存だった日本経済をますます自動車、家電に特化させた。だから外需が減り自動車、家電が悪くなると「皆こけ」てしまう。じつは欧米先進国は農業輸出国なので、4月末発表されたIMFの今年の経済成長率予測で、アメリカは△2.8%、EUは△4.2%なのに日本は△6.2%と落込みが激しい。もともといわれていたサブプライム危機から最も離れた場所にいたはずなのにもかかわらずだ。つまり新自由主義経済は経済政策として失敗だったということになる。
●いまの日本は「すべり台」社会
いまの社会はすべり台だ。本来、社会のなかにすべり落ちるのを止めてくれるセーフティネットがあるはずだ。しかしいまのネットには穴がたくさんあいていて、何かの拍子で穴に落ちるとそのまま下まで滑り落ちてしまう。そういう人が増えてきた。
たとえば貧困家庭に生まれたAさんがいたとする。日本は課税最低限度がやたらに低く児童手当が少ないため所得再分配機能が働かない。子どもがいるとますます生活が苦しくなる。貧困の世代間連鎖だ。学齢に達すると、小学生で平均10万円/年、中学は17万円/年費用がかかる。就学援助費は2005年の三位一体改革で一般財源化され、他の用途にも使えるようになった。
子どもの貧困が問題になっているが、貧しいために体操服や学生服が買えない子がいる。必要なものも「ウチではどうせ買えない」「どうせ、どうせ」とあきらめグセがついた人がどんどん増える。これでは社会の損失だ。
また大阪では2006年に授業料減免の基準年収を400万円から270万円に引き下げた。その結果、高校中退者は2.5倍に増えた。高校中退では、有利な仕事につきにくく派遣やアルバイト暮らしをせざるをえなくなる。かつては中卒で工場に入り、いずれは工場長というルートもあった。しかし現在の派遣は技術が身につくような仕事ではない。職業アイデンティティは形成されず、将来の展望も開けない。5年やっても10年続けても、1年目と変わらない。
91年に非正規雇用の若年層は18%だったが、いまでは48%に増加している。かつては普通にしていれば正規雇用につけたが、いまでは普通にしていてもどうなるかわからない。つまり、社会の仕組みが変わったのであり、非正規労働をするのは本人のせいではなくなったのだ。年収が低いと結婚し家庭をもつこともできない。男性の場合年収と結婚率はきれいに比例する。働けば生活できるのが普通だが、非正規労働が拡大し、派遣・期間工切りが横行する社会ではそうはいかない。
職を失った場合、雇用保険を受給したりつぎの職に就くまでつなぎ融資を受けるセーフティネットがあるはずだ。しかし今年3月末のILOの調査で、雇用保険未加入の人は77%に上る。10人中8人は雇用保険を受けられない。社会福祉協議会の緊急小口貸付制度はもっと使えない制度で、たった1%の人にしか融資が実行されない。そして最後のセーフティネットが生活保護だといわれる。最後といってもそれまでのネットは、あれもダメ、これもダメで事実上生活保護しかない。いったん落ちると、あっけないくらい近い。もともと貧困家庭が1/7あり、非正規労働が半分近い社会では、どんどん貧困が増えてしまう。
憲法9条と25条の関係について触れる。かつては「戦争が起こったらいまの平穏な暮らしが壊される」、すなわち9条が崩れると25条も崩れる、という言い方が多かった。しかしいまは逆も生じる。自衛隊のリクルーターがもやいを訪れ「食い詰めた若者がもやいにいるだろう。自衛隊なら中卒でも2―3年の任期で年収300万円稼げる。しかも除隊後に備え、介護ヘルパーの資格まで取れる」とアピールして帰った。たしかに年収300万の仕事は、将来にわたっても考えられないので、もし入隊志望の若者が出ても止められないだろう。彼らは軍隊が好きだから入隊するわけではない。9条と25条は双方向であることを認識するべきだ。
労働市場がこわれ、セーフティネットが効かない結果、貧困が増えたという、ここまでの話は、最近ずいぶん知られるようになった。しかしこの話には後半がある。
●滑り落ちた人の5つの選択
滑り落ちた人の選択肢は5つしか考えられない。
まず家族のもとへ帰るという選択肢である。ほとんどの人はまずそうする。しかし問題はある。フリーター第1世代はいま40歳で、両親は60代、70代になっている。長寿社会で、かつ年金が増えないなか住民税、医療費は上がるし民間有料ホームは高い。老後に不安を抱えていない人は少ない。そこに子どもが転がり込んでくると断るわけにはいかないものの、長期的にはストレスになる。子どものほうも親に「しっかりしろ」といわれ、24時間顔を付き合わせているとつらくなる。私的ネットはそんなに強くないので、ストレスが煮詰まると「事件」に結びつきかねない。「そんな家庭にみえなかった」という近所の人の「声」が出るのも当然で、もともと「そんな家庭」ではなかったのだ。一方「とんでもない親(あるいは子)がいる、だから道徳教育が大事だ」という声が出てくる。たとえば介護福祉士の3割は、OECDの貧困基準である年収238万円以下で、4割は経済的に自立できず実家に居住するといった現実がある。アンテナを張りキャッチしていないと、世間の話に流されてしまう。
他の選択肢は、自殺、犯罪、ホームレス、「No」といえない労働者の4つである。
Noといえない労働者について説明する。派遣村に来る人は、そもそもハローワークに行っても意味がない。ハローワークは月給制や日給月給の仕事が原則で、それでは翌月までの生活が成り立たない。そこでアルバイトニュースやスポーツ新聞の「寮付き日払い」の仕事を探すことになる。今日からフトンで眠れ、夕食を食べられる仕事が得られるからだ。一般的には飯場労働など、条件はよくない。普通の人がこだわる、会社の規模や業種、自宅からの通勤時間、賃金など、その他の条件を問う余裕はない。そうするとたとえ雇用保険に入らなくても賃金が安くても、人は集まるので問題がなくなる。こうして、労働条件はどんどん切り下がる。
前半で述べた労働市場が壊れて貧困が増えるというサイクルと逆方向だが、貧困が増え、「No」といえない労働者が増え、その結果労働市場がこわれる循環が生まれる。これを貧困スパイラルと呼ぶ。
●すべり台に階段を付ける
貧困スパイラルから脱却する糸口はないのだろうか。一番下まですべり落ちた人に、シェルターを与え総合相談をし、緊急小口貸付や生活保護を受けられるようにし、アパート入居の手助けをする。つまり上る階段を付けてあげることだ。これが年越し派遣村がやったことだ。小口資金と住居があるのでハローワークで普通のラインの仕事を探すことができる。「次は雇用保険が付いた職場を探したい」といえるようになる。「No」といえる労働者になったわけだ。
もちろん派遣村に来た300人だけでなく、全体としてのセーフティネットがないと解決しない。「あんな仕事には就かない」という人が増えれば、そういう仕事は淘汰され、労働条件は下げ止まる。これは社会保障の方策だ。これに労働市場での規制を強めることを合わせ、車の両輪になって、はじめて社会は強くなる。いままで自己責任論でごまかし、向き合わないようにしてきたが、社会の問題としてしっかり向き合えば、結果的に生活を尊重することになる。ひいては9条も含め憲法を生かす社会になる。
☆竹信三恵子「ルポ 雇用劣化不況」(岩波新書 2009.4)を読んだ。派遣労働や製造業派遣解禁で、労働現場がどれほど破壊されたかがていねいにルポされている。熱中症で倒れた派遣工を労災隠しのため派遣会社が箱に入れて敷地外に運び出したというすさまじい現実が紹介されている。製造業に限らず、添乗員、男女共同参画センタースタッフといった専門職市場や、中央官庁、保育士、図書館といった公的セクターでも非正規労働者の激増にともない労働条件の劣悪化が進展している。また対策として、デンマークの転職へ向けた手厚い職業訓練というセーフティネットが紹介されている。